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第47話

 リアムの人事で騒然となっていた国防省は、さらに驚愕するような出来事が重なり、混乱を極めた。エルドランからの使者が来訪したのだ。


 使者から国王に伝えられたことは、以下のとおり。


 キール村、エストニア峡谷、ルクセン山の件は、すべてブスカ将軍の独断によるもので、国王は一切関知していないこと。


 ブスカ将軍が行ったことに対して相応の金品をもって謝罪・賠償し、アドリアに対して今後一切敵対的な行動をとらないこと。


 国王、エドガー宰相、ユリナス外交部代表、ナリス国防省長官の4名が対応について協議した。結果、エルドランの謝罪を受け入れることにした。


 一方、ブスカ将軍に協力したと思われるフェンネルからは音沙汰がなく、フェンネルへの対応についてはしばらく保留することになった。



 ******

 突然の辞令。まさに青天の霹靂だった。


 ラーク前軍師に仕えて20年。献身的にお支えしてきた。それなりにお役に立てたと自負している。その見返りがこれか。マリノスの怒りは収まるどころか、ますます膨れ上がっていった。


 ちょっと手柄を立てた若造がいきなりナリス長官の副官なんて正気の沙汰ではない。この国を滅ぼす所業に等しい。


 このまま放置しておくわけにはいかない。国を守るためにもなんとかしなければならない。マリノスはそんなことを考えながら、いつもの食堂でひとり酒を飲んでいた。


「あら、今日はひとりなんですか。めずらしいですね」


 いつもの女性給仕、確かアンナだったか、が話しかけてきた。


「ああ、ちょっとひとりで飲みたくてね」


「私、もうすぐあがるので、もしよかったら、別の店で一緒に飲みませんか」


「いいね。よし、今夜は飲み明かそう」


 マリノスはそれほど親しいわけでもないアンナから誘われたことに驚きはしたが、今夜は職場の同僚ではない誰かと飲みたい気分だったので、気安く受けてしまった。


 アンナと一緒に食堂を出て、いいお店があるとアンナに案内されてついて行った。


「だいたい、入省したばかりの若造がなんでいきなり副官なんだよ。おかしいだろ」


「それ誰なんですか?」


「リアムという若造だ。そいつに副官なんて任せておいたら国が滅ぶぞ」


 マリノスはこれまでずっと酒の席では飲み過ぎず、仕事の話も一切してこなかった。しかし、今日ばかりは抑えることができなかった。マリノスはすべて愚痴を吐き出した。


 アリスに勧められるままに杯を重ねていくうちに、急に強い眠気に襲われて意識が遠のいていった。


「起きてください。マリノスさん、マリノスさん」


 耳元から若い女の甘えた声が聞こえてきた。



「う~ん。ここはどこだ?」


「私の家です」


 マリノスはアンナに渡された水をゴクゴクと飲む。


「じゃ、帰るよ」


「マリノスさん、私にしたこと覚えてないんですか?」


 アンナは半裸だった。


「いあ、何も覚えてないし、俺は酔っぱらっていたから何もしてないはずだが・・・・・・」


「マリノスさん、実は私、他国の諜報員なんです。国防省の人間が他国の諜報員とこんな関係になって、情報を流したなんてこと国防省が知ったらどうなるかしら」


「お前、俺を脅迫する気か?」


「そんなつもりはありません。リアムという男をこの世から消し去る見返りに、ほんのちょっとだけ情報をもらえればいいんです。そうすればこれまで通り国防省で働いていただけます」


 こういったことが起こったときの対処方法についてマリノスは訓練を受けていた。でも、もうどうでもよくなってきた。自分はもう国防省からは必要とされていない人間なのだ。


 この国に破滅をもたらそうとしているリアムを消し去ることはまさに正義であり、そのうえ、金をもらって楽しく暮らしていけるなら、それもいいかもしれない。


「わかった。協力してやる。ただし、リアムがこの世から消えるのを確認してからだ。情報は金次第でくれてやる」


「それでいいわ。でも、もし裏切れば、私の仲間があなたとあなたの家族を探し出して必ず報復するからそのつもりで」


 マリノスは足元がふらついていたが、なんとか自力で歩いて部屋を出た。しばらく歩くと冷静さを取り戻した。俺はいったいなんてことをしてしまったんだ。酒に酔っていたとはいえ、国を裏切るなんて。


 マリノスは家に帰ると、家族には何も言わずそのままひとり寝室に籠り、3日ほど休みをとった。

 ******



 ******

 アンナから報告を受けた工作部隊ベントのトムス班長は速やかに実行計画の策定を開始した。ターゲットは国防省長官の副官リアム。国防省から自宅への帰宅ルートを調べて実行場所を決めた。


 このクラスの幹部は通常警備兵が付き添っているためガードが固いが、今回のケースは警備兵なしで警戒色ゼロだった。やりやすい相手だ。


 トムスは仲間とともに国防省周辺に待機した。国防省から出てくるリアムとその横に女がいるのを確認すると、計画通り、実行場所まで距離をとって後をつけた。

 ******



「あれっ、どうしてフレアがここにいるの?先に帰ったんじゃなかったの?」


「えへへ。みんなは先に帰ったよ。たまには2人だけでいたいから」


 フレアは目を伏せ、はにかみながら体を寄せてきた。


「そっか。待たせてしまってごめんね」


 少し声が上ずってしまった。


「ううん、私が勝手に待ってただけだから。ちょっと噴水公園に寄り道しない?」


「うん」


 フレアは遠慮がちに腕を組み寄りかかるように歩き始めた。息遣いをかすかに感じる距離だ。



 噴水公園に着くとベンチに腰かけた。


「ずっと話が出来なくて寂しかった」


「ごめんね。フレア。僕も寂しかったよ」


「たくさん我慢したからご褒美が欲しい」


「何がいい?」


「ええとね、あのね、リアムのお母さんの喪が明けて、そろそろね・・・・・・」


「そうだね。ペレスでの生活基盤も整ったし、いいタイミングだね」


「うん」


 フレアの目をまっすぐに見つめていると、その美しく輝く瞳の中に吸い込まれそうになる。リアムは深呼吸をすると、勇気を振り絞り、想いを言葉にした。


「フレア、愛してる。結婚しよう」


「は、はい」


 フレアの潤んだ瞳がろうそくの炎のように揺れている。恥じらいながらも両腕を背中にまわしてぎゅっと抱きついてきた。それにこたえるかのようにフレアの腰をやさしく引き寄せた。


 フレアの艶やかな唇が上を向くと、すい寄せられるかのようにふたりの唇はめぐり逢い、重なった。ふたりの気持ちがひとつになった気がした。


「もうそろそろ帰ろうか」


「うん」


 フレアの幸せそうな笑顔を見ていると、このうえなく幸せな気持ちになる。この世のすべての幸せを凝縮したような歓喜が体中にめぐっているようだ。


 そんな気持ちに水を差すように、前後から走ってくる硬質な靴音が聞こえた。殺気を感じたリアムは咄嗟に建物を背にしてフレアをかばい、身構えた。


 相手は4人。リアムはすばやく剣を抜く。同時に2人が切りかかってきた。リアムは一瞬動きが早かった右の男の攻撃を受け流し、続いて左の男から繰り出された一撃をひらりとかわすと、流れるような動きでその男の脇腹に一撃を加え、立て続けに、バランスを崩したもうひとりの男の脛を思い切り蹴とばした。


 新たな気配を感じて剣を構えなおすと、水平に剣が撃ち込まれた。咄嗟に剣を立てて受け止めたものの、その勢いと重量感はすさまじく吹き飛ばされてしまった。


 フレアが後ろから支えてくれたおかげでリアムはすばやく立ち上がり、男が上から振り下ろしている剣を押し返すと、相手の懐にすばやく踏み込み、みぞおちあたりに剣を突き刺した。


「おい、誰か、公安、公安を呼べ」


 腹を刺しぬかれた仲間をすばやく背負うと、その男は静かに「退却」と口にした。


 相当の手練れだ。命の危険を感じるほどだった。そんなことを思いながら後ろを振り返ると、フレアが頭部から血を流して倒れていた。


「フレアっ、フレアっ」


 呼びかけをしても反応はない。震える手で流血しているところにやさしくハンカチをあてる。おそらく、突き飛ばされた自分のせいで壁に頭をぶつけてしまったのだろう。リアムは膨らむ自責の念を振り払って、注意深くフレアを背負うと、家へと急いだ。


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