第45話
ナリス長官はすぐさまキース隊長と自分を引き合わせてくれたので、キース隊長にはその場で訓練の詳細について伝えた。
今回の訓練は、エルドランのエストニア峡谷からの侵攻を教訓として、ルクセン山からの侵攻を想定した訓練であること。
そのため、リアムも現地の実態を把握する目的でキース隊に同行させてもらうこと。
そして、ルクセン山はフェンネル領土内にあるため、軍服など正体がわかるようなものは着用せずに訓練を行うこと。
キース隊長は訓練の目的に納得していたようで不信を感じているような素振りは見せなかった。キースの歩兵部隊はグレンの騎馬隊に先行して明日出発する。ノア、ルカ、ベンも同行することになっている。
グレンの騎馬隊の遠征は前回同様秘匿扱いのため、いくつもの分隊に分かれて夜更けの時間帯に出発することになっている。前回と異なるのは事前に国王の承諾を得ていることだ。
キース隊がアドリア側のルクセン山の麓に到着すると、リアムはキース隊長に訓練計画の詳細について説明した。
「エルドランが歩兵5000でルクセン山の尾根を伝って侵攻してくるという想定で訓練を行います。キース隊の訓練目標は、敵後方の補給部隊の殲滅です。ですから、尾根からは見えないルートで5日ほど行軍し、補給部隊を見つけて戦闘に入るという想定で訓練を行います」
「了解した。リアム君は私と同行するということでいいかね?」
「はい。よろしくお願いいたします」
ノア、ルカ、ベンには別の任務をお願いしており、しばらくは別行動となる。
******
ルクセン山に入って尾根伝いに進み、すでに5日が過ぎた。天候にも恵まれ行軍は計画どおり順調だ。
だが、食料物資を背負っている奴隷たちの歩みは遅く、日暮れまでには宿営地で合流することができているものの、日中は先行するジュノス部隊、ベゼル部隊に大きな後れをとっていた。
「ベゼル、補給部隊が遅れているようだが問題はないか?」
「ブスカ将軍。敵が周りにいるなら別ですが、この状況下であれば、日暮れまでに合流できればなんら問題ないと考えます。我々がペースを落とせば、ルチア到着が予定より遅れることになります。奴らが背負っている食料物資も毎日減り続けていますので、このペースでも大丈夫でしょう」
「そうだな」
ブスカはエストニア峡谷のことがあってから、かなり慎重になっていた。何か得体の知れないものに首根っこをつかまれているような感覚に陥ることがたびたびあったのだ。
******
リアムはキース隊長とともに部隊を先導していた。すでに4日目の昼を過ぎた。明日くらいには遭遇できるはずだが。そんなことを思いながら尾根を見ると、蟻のように隊列を組んで歩く人の姿が見えた。
「キース隊長、あれを見てください」
キース隊長はリアムの指さす方向に目を向けると、顔色を変えた。
「キース隊長、あれはおそらくエルドランの軍隊だと思われます。これから訓練を実戦に切り替えます。やることは同じで後続の補給部隊を見つけて殲滅することです。部隊全体への指示をお願いします」
キースの部隊はそのまま前進し続けた。すると、大きな荷物を背負い、肩幅ほどの長さの鎖で足をつながれた人の群れに遭遇した。軍服を着ている兵士とはまるで違ういでたちだった。
リアムはキース隊長に軍服を着ている者たちだけを狙い、荷物を運んでいる者たちには手を出さず逃がすように指示を出した。
キース隊長は今一つ納得いかないような顔をしていたが、部下にそのまま下命してくれた。
何人かの敵兵は剣を交えることもなく本隊のいる方角に一目散に逃げ出した。奴隷たちは食料を担いだまま、まだこんなに体力があったかと思うほどの勢いでアドリア側とは反対方向に四散した。
敵の数は100人程度であり、一瞬のうちに決着がついた。これでやつらの食料は尽きた。
******
「なんだと?ゲイル隊が襲われた?誰に?」
ブスカの声はかすかに震えていた。
「おそらく山賊か何かだと思われます。軍服は着ていませんでした」
「それで食料物資はどうした?」
「山賊に奪われたか、奴隷たちが持ち逃げしたか・・・・・・」
「他にお前が知っていることは?」
「ゲイル隊はほぼ全滅しました」
「お前たちの任務は食料物資を守ることだろうが。なぜ、お前はここにいる?」
ブスカはそう言うや否やその者の首をはねた。
「山賊と奴隷を追いますか?」
隣で一緒に報告を聞いていたジュノスが問うた。
「今、この山中で兵をばらばらにするのは愚の骨頂だ。だが、もし山賊がこちらを攻めてくるなら、一人残らず惨殺してやる」
ブスカは煮えたぎる怒りをなんとか抑え込もうとしていた。食料をほぼすべて失ってしまった今、この山中で食料を調達してこのまま進軍し続けるのか、それとも、退却するのか、判断しなければならない。ルチアまでは残り4日ほどの距離だ。元来た道を戻るならば6日。行くも地獄、帰るも地獄だ。
「日暮れまでの間、全部隊に半径3キロ内で食料探索をさせろ」
ブスカは怒りを殺して静かに下命した。
******
******
ノアは、ルカとベンとともに、リアムに言われた通り、以前自分たちが見間違えて食べてしまったツキノタケという毒キノコを一心不乱に探し続けていた。
今となっては酷似しているホシノタケとの違いがはっかりわかる。だが、素人が判断するのは難しいだろう。
罠でつかまえた10頭の猪はすでに血抜きをすませている。もう十分な量だろう。
次の作業にうつるとするか。
******
******
「むこうに煙が見えないか?」
「ああ、確かに見えるな」
「逃げ出した奴隷かもしれん」
食料探索は4人一組で行われていた。煙の出所に着くと、石組みされた簡素なかまどに薪がくべられていた。
かまどの周りには大きな猪10頭とたくさんのキノコや山菜が山積みにされていた。
兵士たちはこの光景を見て狂喜した。大声で周囲の仲間を呼び、協力して獲物を宿営地に運び入れた。
******
補給部隊を一撃離脱した後、リアムたちは本隊の居場所を探るための偵察を出した。そして、幸運なことに日没間際でエルドラン本隊の位置を確認できた。
奴らは罠に引っかかってくれただろうか?うまくいけば、日の出とともにキノコの毒で苦しみもがいているブスカとジュノスに一撃をくらわせ、あの世に行ってもらう。
リアムは、今後の作戦内容をキース隊長に伝えた。
「ここまで先を読んで準備されていたということですか?」
キース隊長の声色と表情から、いかに驚嘆しているのかが伝わってきた。
「念には念を入れてと思いまして」
リアムはさらっと答えた。まぁ、うまくいくかどうかは半々だ。もしだめでも遅かれ早かれ、麓で待機しているグレンの騎馬隊が蹴散らしてくれるだろう。その場合、敵兵は全滅し、兵士の家族は悲しむだろうが。
リアムは最近の自分の変わりように驚いていた。仲間や国民のためとは言え、敵を躊躇なく殺そうとしている自分に。
深夜過ぎからあちらこちらからうめき声が聞こえてきた。どうやらうまくいったようだ。
日の出とともに様子をうかがうと、見張りの兵士たちはみな腹をかかえて倒れ込んでいた。キース隊はブスカがいるだろうと思われる場所に対して、まずは弓矢で一斉射撃を行い、その後200人の全兵隊がその場所目掛けて一気に走り出し、目に入る敵をすべて切り倒した。そして、立ち止まることなく、そのまま駆け抜けていく。まさに一撃離脱の奇襲だった。
リアムはブスカとジュノスが切り倒されるのを確認すると、流れに身を任せてその場を後にした。
キール村の人たちの怒りと悲しみもこれで少しは癒されるだろう。自分はやるべきことをやったのだ。そう自分に言い聞かせながらも、人を殺したという事実がずしんと重く胸にのしかかってくる。これから先、この十字架を背負っていかなければならないのだ。
リアムは少数の偵察隊のみ残し、グレンの騎馬隊と合流すべく、ルチアに向けて先を急いだ。しばらくすると偵察隊の1人が報告のため追いかけてきた。エルドラン本隊はフェンネルに向かって退却したということだった。




