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第42話

挿絵(By みてみん) 

              エトピア大陸地図



 葬儀の翌々日、リアムは初めて国防省に登庁した。ナリス長官に挨拶を終えると作戦参謀部に向かうと、ローラさんが待ってくれていた。


「ローラさん、おはようございます」


「リアムさん、おはようございます。祖父の葬儀の際はありがとうございました」


「いえいえ」


「ところで、ナリス長官からのご指示で、リアムさんには今日から当面の間、私の補佐をしていただくことになりました。よろしくお願いしますね」


「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」


 作戦参謀部の皆さんへの挨拶を済ませると、ローラさんが担当している業務概要の説明を受けた。


「ローラさん、情報部と作戦参謀部って、何が違うんですか?」


「情報部は諜報員の確保、教育、配置、指示、情報収集、救護。つまり、諜報員候補を見つけてきて、訓練して、潜入させて、指示を出し情報収集する。そして、危険になった場合は救助するということ。作戦参謀部は情報部にどんな情報が必要かを伝えて、収集された情報を整理分析して、作戦を立案すること、かな」


「なるほど。よくわかりました。今、最も重要なのは、エルドラン、フェンネル、デカント、ガルディアの軍事・外交関連の情報を収集して、彼らの次の一手を読み、対抗手段を考える。それが僕たちの仕事ということですね」


「そういうことね」


「情報の質をどう高めるかがとても重要だと思うんですが、誰をどこに潜入させるかはどうやって決めてるんですか?」


「それは情報部の判断で決めてるの。私たちはどんな情報が必要かを伝えるだけ。でもそれってとても抽象的でしょ。だからほとんど情報部任せになっているのが現実ね」


「そうなんですね。でも結局のところ、組織図と人物相関図を作って、軍事・外交のキーマンの周りに潜入させて情報収集するってことですよね? 逆に考えると、我が国の国防省と外交部のキーマンの周りにも相手側の諜報員がうじゃうじゃいるかもしないってことですね」


「リアムさん、ちょっと怖いこと言わないでくださいよ。誰を信じていいかわからなくなってしまうわ」


「ははは、そうですよね」


 この国に潜入している敵国の諜報員をどうやって割り出すか、そして、こちら側の極秘情報をどうやって彼らに知られずに周知徹底して相手を欺くか。かなり難しいそうだな。


 エルドランから送り込まれている諜報員は確か情報部所属のダノンだったか。エルドラン以外の国からの諜報員もたくさんいるんだろうな。このあたりは一度カリンに話を聞いてみよっと。


「リアムさん、どうかしたの?」


「いや、すいません。ちょっと考え事してました」


「では、これから今集まっている情報をリアムさんにも共有するわね。2時間後にディスカッションするからそれまでにこの資料に目を通しておいてくださいね」


「はい。承知しました」


 2時間後、ローラさんとともに会議室に入ると、そこには1人の男性がすでに着席していた。先ほど挨拶を済ませた同じ部署のボルトさんだ。


 初めてとは思えないほど愛想がいいというか、慣れ慣れしいというか、距離感ゼロというか、ちょっとこれまでいなかったタイプだった。


「よう、リアム。これからよろしくな」


「ボルトさん、よろしくお願いします」


「ボルトでいいよ。俺、堅苦しいの苦手だから」


「でも先輩ですし」


「そんなの関係ないよ」


 いきなり呼び捨てって。ちょっとハードル高いんだけど。


「リアムさん、これからやることを話すわね。簡単に言うと、今ある情報を整理分析して、考えられる未来のシナリオを議論して、より可能性が高そうなものをリストアップすることかな。ただ、今日はリアムさんに概要を知ってもらうために情報の整理分析に重点を置こうかなと思ってます」


「まずは、私とボルトで進めるから、好きなところで入ってきてね」


「あの、僕たち3人だけでやるんですか?」


「今日はリアムさんへの概要説明も兼ねているので人数を絞ってます。情報分析して作戦を立案するチームは全部で5つあってね。私はそのうちの1つのチームリーダーを兼務しているの」


「わかりました。すいません、話の腰を折ってしまって」


「エストニア峡谷で敗走した将軍のブスカって奴の性格、最悪だね。キール村の虐殺も奴が側近のジュノスに命令したっていう話だし。拉致した女性を暴行したのも許せない。人としての良心のかけらもない。こんな奴がどうして将軍なんだよ。もう一人の将軍と比べて明らかに残酷な性格だよな。まずは、こいつをつぶすのが最優先かな」


「ボルト、まあ、わかるけど、批判はそのくらいにして、エルドランの侵攻の目的・目標はどう考えてるの?」


「エルドランの隣接国はうちとフェンネルだけで、フェンネルがエルドランとつながっているなら、領地も含めて略奪できるのはアドリアだけとなる。自分の持っているもので満足せずに人から奪おうなんて、ほんと人間のクズだね。道学を知らねえのかよ」


 ボルトの話はどうしてもそっち方向にいっちゃうんだね。


「エルドラン国王とブスカ将軍との関係はどうかしら?」


「エルドランは前王が去年死んで、バカ息子が王になってから、ブスカのやりたい放題。前王の側近は宰相を除いてすべて排除されて、忠言・諫言できる者がいなくなり、バカ王は傀儡になりさがっている。国としてもう終わりが近いな。ブスカはさらってきた女の子をバカ王に献上して覚えめでたいらしい。もう一人の将軍のゲルドは比較的まともなようだが、忠誠心もやる気もなくなってんじゃないの」


「私もエルドランの不安要因はブスカだと思う。ブスカを排除すれば外交も復活できるかもしれないわね。ガルディアについてはどう?」


「ガルディアはエトピア大陸最大の領地を持っているけど、半分以上は山岳で気候も厳しく人が住めるのは一部の地域だけ。農地も潤沢とは言えず、食料に不安をかかえている。鉄などの鉱物が主要な稼ぎで、より豊かになるために領土拡大を切望している。国王のベルカスは合理的で沈着冷静。頭がかなり切れるらしい。2人いる将軍の性格は真逆で、ユリナス将軍は信義に厚く騎士道精神の実践者。バカラ将軍は勝つためには手段を選ばない残酷な性格。どちらの将軍が相手かによって戦略・戦術はまるで違ってくる」


「エルドランとガルディアの状況を踏まえると、デカントの立ち位置はどうなるのかしら?」


「デカントは正直このままガルディアに吸収されてしまうかもしれない。単独でガルディアに立ち向かう戦力はないし、フェンネルを味方につけられる材料もなさそうに見える。デカントのラメール国王は凡庸という評価で、唯一の将軍であるフライドにも大きな戦績はない」


「フェンネルはどうかしら?」


「フェンネルについてはまだわからないことが多いね。今回エルドランはフェンネル領土内を通過してエストニア峡谷からアドリアを攻めてきた。フェンネルが明確にエルドランに与しているということだ。でも、フェンネルは、エルドラン、ガルディア、デカントとは違って、アドリアとはこれまで外交上比較的うまくやってきたんだ。少なくとも敵対はしてこなかった。フェンネルについて今後考えられるシナリオは3つ。1つめは、エルドランがアドリアを侵略するのに手を貸すかわりに、エルドランの支援を受けてデカントを吸収しようとしている。2つめは、ガルディアがデカントを侵略した場合はガルディアとエルドランとで三国同盟を目指す。3つめは、デカントを吸収したガルディアとエルドランに挟み撃ちされて、領土を削り取られていく。実際にどうなるかはクーネ国王とイワン将軍とカロン将軍の才覚次第だろう。フェンネル自身もこの状況に危機感があって、軍備の増強と諜報員の育成に国を挙げて取り組んでいるらしい。ちなみに、キシリスとバンドラは我が国とは長年の友好国で、3国間で外交・軍事情報を共有している。少なくとも当面は背後から刺されるようことはないはず」


「ボルトさん、4つめのシナリオとして、エルドランがアドリアへの侵略に失敗したことにより、代わりにフェンネルがアドリアを攻めてくるということは考えられないでしょうか?」


「確かにその可能性もあるね。ただし、フェンネルがデカントを侵略し、エルドランがアドリアを侵略するという前提でお互い協力しているとしたら、そこでの軋轢覚悟ということになるんじゃないかな」


「そうですね。フェンネルにとってデカントとアドリアのどちらがより魅力的で、かつ、手に入れやすいか、すなわち、ガルディアとエルドランのどちらがやりやすい相手か、という判断次第ということですね」


「そういうことだね」


さきほど読んでいた報告書の内容とこれまでのやりとりで、各国の状況がかなり立体的に見えてきた。


敵国の正しい情報を手に入れ、逆に、敵国には間違った判断を誘導するような偽情報を掴ませる。実際の戦闘の前の情報戦こそが勝敗を大きく左右するということだ。


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