第41話
ラーク師匠の特訓が始まった。まずは過去の戦争を学ぶことからだった。
まずは、戦争が始まった背景、戦争当事国の政治状況、経済状況、財政状況、外交状況、軍備状況、軍事指導リーダーの性格、局地戦の勝敗要因などに関する歴史知識、ならびに、外交の手法、戦争の戦略・戦術に関わる専門知識を片っ端から頭に詰め込み、そのうえで、様々な前提条件をおいて戦争シミュレーションを繰り返した。
ラーク師匠からは、こういう前提だとしら何を考える?何を調べる?どんな行動をする?誰に何を指示する?など、質問責めにされた。そして、その返答に対して明確な根拠を求められた。
質問しているときのラーク師匠の表情はいかにも楽しそうで、体の調子もそんなに悪くなさそうだった。よくここまで細かく突っ込むことができるなと正直感心してしまう。
「ただいま。おじいさま、まだやってるの?リアムさんも大変ね。おじいさまに付き合わされて」
声の主はラーク師匠の孫娘のローラさんである。ローラさんは国防省で働いている。つまり、僕の先輩にあたる。
とはいえ、僕はまだ国防省に登庁したことは一度もない。ずっとラーク師匠にしごかれ続けている。いつ終わるんだろ、これ。
「リアムさん、今晩も晩御飯ご一緒されますよね?」
「あ、はい。いつもすいません」
「いいのよ。3人で食べたほうが楽しいし。ね、おじいさま」
ローラさんの言葉遣いはいたって丁寧で、しかもいつもやさしい口調で話してくれる。話す内容から高い知性が感じられ、さすが前軍師の家系だなと納得してしまう。
「さあ、出来たわよ。リアムさん。いつも簡単なもので申し訳ないけど、どうぞ召し上がって」
「ありがとうございます。ローラさんの手料理、お世辞抜きで本当においしいです」
「もう、リアムさんたら。うれしくなって調子乗っちゃうじゃない」
ラーク師匠がうれしそうにローラさんを見ている。愛おしい孫娘へのあたたかいまなざしだった。
「ローラさん、ところで今どんな仕事やってるですか?」
「ええと、リアムさんになら話してもいいかな。私は作戦参謀長の補佐官なんだけど、以前はおじいさまが作戦参謀長でね、そのときは孫の私が補佐官をしてるということで、周りの目が少し冷たくてね。今はナリス長官が作戦参謀長を兼務してるから長官の補佐官として作戦立案に関わってるの」
「わしが言うのもなんだが、決して孫だから補佐官にしたわけじゃないぞ。ローラは能力、センスが他の者よりも抜群に優れていたのだからな。自慢の孫じゃ」
「おじいさま、ありがと」
「その、まあ、お世辞ではなく事実じゃからな」
ラーク師匠が照れている。
「それでね。 今はエルドランの動向分析に苦労していてね」
とローラは話題を戻す。
「エルドランが次にどんな手を打ってくるかですよね。ところで、エルドランがキール村を襲撃したことや、エストニア峡谷から攻めてきたことが明白になったのに、なぜナリス長官は動かないのでしょうか?」
「エルドラン国内にいる諜報員によると、今回の一連の件はどうやらブスカ将軍の独断だったらしいの。それで、エルドラン国王に対して公式説明を要求してね、今はその返答を待っている状態なの」
「そうなんですか」
「では、リアム君、明日はそのシミュレーションをすることにしよう。この3か月間みっちりやったからもうそろそろいいだろう」
「師匠、いよいよ卒業試験ですか?」
「まだ、一次試験だ。最終試験は実戦だ」
実戦という言葉を聞いて、キール村の残酷な光景が脳裏に甦った。
実際の戦場ではたくさんの人が死ぬ。そして、軍師は国民の生死に最大の責任を負う。そう思うと正直怖くなってしまう。
一人でも多くの仲間を救うため一人でも多くの敵を効率よく殺すことが役目だと思うと、リアムの胸中は複雑だ。
敵にだって家族がいて、恋人がいて、友人がいる。でも、相手が攻めてくる以上、戦うしかない。大切な仲間を守るために。
ラーク師匠からなんとか一次試験の合格をもぎとった翌朝、リアムはいつものように師匠の家に向かっていた。
前軍師の住居としてはかなり質素な部類に入るであろう建物が視界に入ってくると、明らかにいつもと様子が違っていた。建物の前が人だかりで、なんだか慌ただしい様子だった。
リアムは予感めいたものを感じて無意識に走り出していた。
「おじいさま、昨日まであんなに元気だったのに・・・・・・」
ラーク師匠の部屋に入ると、師匠に覆いかぶさって泣きじゃくるローラさんの姿があった。師匠の顔は眠っているように見えた。穏やかな表情だった。
まるで全身から一切の生気が失われていくような感覚に捉われ、その場で膝から崩れ落ちた。
「ラーク師匠・・・・・・。最後の時間を僕のために使ってくれて、ありがとうございました」
リアムは両手両膝を床についてなんとか言葉を絞り出した。
ローラさんへのやさしいまなざし、厳しいながら愛情たっぷりのしごきが脳裏に浮かぶ。きっと、師匠は僕たちに心配をかけまいとひとり痛みに耐えて苦しんでいたのかもしれない。
師匠の胸の上で泣きじゃくるローラさんの肩に手をかけると、ローラさんはゆっくりとこちらを向いて僕の胸に顔をうずめた。リアムはローラさんの背中に右手をそっとおいた。
翌日、親しい身内だけで葬儀が行われた。いつ戦争になるかわからない状況を鑑みて国防省主催の葬儀は執り行われないことになった。




