第4話
森の中を行くよりも川沿いの方がずっと歩きやすい。リアムとフレアは手をつないだままどんどん進んでいく。薬草採取のため野山に頻繁に出かけていたこともあって手慣れたものだ。
しばらくして、手ごろな大きさの岩の上に並んで座り、休憩をとった。フレアは気持ちよさそうに鼻歌を歌っている。昨日あったことなど、まるでうそのようだ。肝が据わっているというか、楽観的というか、いずれにしてもたいしたものだ。
リアムは今朝の夢のことを思い出した。川沿いに来て正解だったかどうかはまだわからない。右に行くか左に行くか迷ったが、夢で見た男が言っていたことを思い出してルートを決めた。
短い休憩を終えると、また手をとって歩き出した。
「リアム、あとどれくらいで森から出られるの?」
「あと1時間くらいかな」
「森を出たらどうするの?」
「うーん。正直まだわからない。状況次第、かな」
「ふーん。私ね、これからどんなことがあっても、ずーっとリアムと一緒にいる」
どさくさまぎれに重大なことをさらりと言ってる?
「大丈夫。フレアは必ず僕が守るよ」
「リアムが私を一生守ってくれるっていうこと?」
フレアはにっこりと笑ってリアムを見つめてきた。リアムも微笑み返すが3秒で耐えられなくなって目を逸らした。手を強く握られ、ぎこちなくフレアに視線を戻した。
「うん」
「あっ、道が見えるよ」
「本当だ」
心地よい風、せせらぎの音、かわいらしい鼻歌、幸せそうな笑顔。
悲壮感いっぱいで走っていた昨日とはまるで違う世界。
リアムは幸せをかみしめながら、フレアとともに駆けだした。
道の手前で、リアムとフレアは身をかがめてまわりの様子を窺った。男たちの姿はなかった。見えたのは、ぬかるみにはまった馬車と2人の男だった。ひとりは御車台で手綱を握り、もうひとりは馬車の車輪をぬかるみから押し出そうとしているようだった。
リアムは腰に巻いていた赤いもをフレアに渡すと、御車台にいる年配の男に声をかけた。おそらくこちらの人の立場が上に違いない。
「こんにちは。お手伝いしましょうか」
「あっ、どうも、こんにちは。そうしていただけると大変助かります。お願いしてよろしいですか?服がよごれてしまうかもしれませんが」
「大丈夫です。気になさらないでください」
リアムはぬかるみにはまっている車輪のところに行くと、
「こんにちは。お手伝いします」
と挨拶してさっそく手を貸した。
「せーの。せーの。せーの」
2人で息を合わせる。勢いよく車輪が動き、泥が跳ねて服に飛び散ったが、なんとかぬかるみから押し上げることができた。
「やったぁ!」
フレアが歓声をあげている。
御車台の男が降りてきた。
「私はジョバンヌ、連れの者はアルベルトと申します。手を貸していただきありがとうございました。大変助かりました」
ジョバンヌとアルベルトはリアムに向かって頭をさげた。
「私はリアム、連れはフレアと申します。困ったときはお互い様ですから、気になさらないでください」
「靴と服を汚してしまい申し訳ないです。私どもの街までお越しいただければ、新しいものをご用意させていただきます」
「いえ、お気持ちだけで結構です。代わりと言ってはなんですが、街までご一緒させていただけると助かります」
「もちろんです。是非ご一緒しましょう」
ジョバンヌとリアムとフレアは荷台に乗り込んだ。荷台にはたくさんの荷物が積まれており、3人が座るには少し手狭だったが、なんとか場所をつくって腰を下ろした。
荷台には幌がかけられており、馬車の近くで真後ろから覗かない限り、中の様子はわからない。アルベルトは御車台に座るとジョバンヌに一声掛けて馬に鞭を入れた。
「それにしても、こんなところで何をしていたんですか?いや失礼。個人的なことでしたね」
リアムはどこまで話すべきか迷った。正直にすべて話すか? 適当にごまかすか?
「実は、私たちは人さらいにあって、逃げている途中なんです」
「えっ。そうなんですか。それじゃすぐに街の公安に行きましょう」
「そうしたいところなのですが、人さらいの正体がトポスの街の有力者なのです。私たちが何を言っても、とりあってもらえないばかりか、再びさらわれることになるかもしれません」
「そんなことが・・・・・・。それでこれからどうするつもりなんですか?」
「わかりません」
リアムはうつむいて力なく答えた。
「それではこうしましょう。実はうちはパン屋をやっていましてね。ちょうど使用人が独立するため辞めたばかりなので、もしよければうちで働きませんか?」
「えっ。よろしいのですか? とてもありがたい話ですが、ご迷惑にならないでしょうか?」
「これも何かの縁です。困ったときはお互い様ですから。ところで何か仕事の経験はありますか?」
「惣菜屋で惣菜づくりの手伝いをやっていました」
「それならなんとかなるでしょう」
「確か、フレアさんでしたね? あなたは何か仕事の経験はありますか?」
「はい。私もリアムと同じ店で働いていました」
ジョバンヌさんはやさし気な笑顔で頷いてくれた。
「ところで、うちには使用人用の部屋があるんですが、1つしか空きがないのですよ。若い男女が同じ部屋に同居するわけにもいきませんから、どちらか1人であれば使っていただいて構いません」
「リアム兄さん、私たち兄妹だから大丈夫だよね」
「あー、うん。そうだね」
「ジョバンヌさん、兄妹で1つの部屋を使いたいのですがよろしいですか?」
「そういうことなら問題ありませんよ」
リアムは心底安堵した。気がかりだった住むところと働くところがあっという間に決まった。これでなんとか生きていける。
昨日は最悪な日だったが、今日は最高の日だ。人生とは本当にわからないものだ。今日逃げきれたのはあの夢のおかげであることは間違いない。あの夢は一体何だったのだろう?
******
時間は少々遡る。
いつものようにソフィアとアンナは15時から惣菜の仕込みを始めていた。
「アンナ、リアムはまだ来てないようだけど、何か聞いてるかい?」
「息子は何も言ってなかったから予定どおり来るはずだけど・・・・・・」
「そうかい」
アンナはリアムのことが心配で仕事に身が入らなかったが、ソフィアに迷惑をかけるわけにもいかず、探しに行きたい衝動をなんとか抑えて、手だけはテキパキと終始動かし続け、なんとか仕込みを終わらせた。
仕事を終えると、これまで蓋をして閉じ込めていた不安の塊が、どっと溢れ出した。夫のエリスが8年前に事故で死んだときのことがふと頭をよぎる。
エリスがいつもの時間になっても帰ってこないと心配していると、同じ役所で働く同僚から事故で死んだとの知らせがあった。アンナはあのときと同じ嫌な予感に襲われた。
「アンナ、リアムは体の具合が悪くて家で休んでいるかもしれないよ。早く帰ってやんな」
ソフィアはアンナを気遣ってか、いつもよりいくらかやさしい口調で言った。そのとき、フレアの叔母のマチルダが店に入って来た。
「こんばんは。あのー、フレアはいますか?」
「フレアなら今日は休みをとると聞いてたけど。いないのかい?」
「ええ、今日は一緒に食事をするはずだったのに、買い物に行ってそのまま帰って来なくて。今まであちこち探していたんだけど・・・・・・」
マチルダは仕込み用の作業台の脇で膝から崩れ落ちて声を出して泣き始めた。
もしかしたら、フレアとリアムは一緒にいるかもしれないという一縷の望みを持って、3人でアンナの家に向かったが誰もいなかった。
ソフィアが狼狽しているアンナとマチルダを励ましながら、街の公安に連れてきてくれた。ソフィアが2人に代わって事情を説明した。公安は最近頻発している人さらいと失踪の両面で捜査するとのことだった。
翌日、アンナは兄夫婦のもとに行き、リアムの行方について心当たりがないか尋ねた。
「リアムは昨日の昼頃には帰ったよ。それからずっと連絡がとれないのかい?いったいどこに・・・・・・」
パウルの消え入りそうな声がアンナの心の灯を吹き消した。
******
******
ライアンたちは、トポスの街の東門を通ってボスの邸宅に向かっていた。道中、誰もが口を閉ざし、俯きがちに肩を落としていた。
ライアンは重苦しい足取りでボスの家の門を押し開け、弱々しくドアをたたいた。
「おう。ライアンか。早いじゃないか」
ヘルペスは4人を家の中に迎え入れた。ライアンはドアが閉まるのと同時に土下座をした。他の3人も追従する。
「申し訳ございません。女に逃げられました。ただ、俺たちの正体はばれていません。女が街に戻ってきたら今度こそ必ず成功させます」
「女はどうやって逃げたんだ?」
ヘルペスは少しいらだった口調ではあったが、激高しているわけではなかった。ライアンは事の次第を順に説明した。
「そうか。正体がばれていないのなら、今回の件は大目にみよう。この町に戻ってきたときにまたやればいいだけだ。客にはもう少し時間がかかると伝えておけ」
「はい。次は必ず成功させます」
「その言葉、忘れるなよ。今日はもう帰れ」
「はい。わかりました」
4人は外に出ると生き返ったような顔つきになって洋々と酒場に足を向けた。
******




