第39話
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国防省ナリス長官執務室。
「ラーク殿から話があるとはめずらしいですね。何かありましたか?」
「この老いぼれの最後のご奉公と思ってな。お前さんに重要な情報を持ってきた」
ラークは事の顛末を理路整然かつ事実と推測と意見を分けて説明をした。
「信じがたい話ですね」
ナリスはしばし沈黙した。
「わしもそう思ったよ。だが、この情報の真偽を早急に確かめたほうがよかろう。仮に偽情報だったとしても、確認するだけの価値はある情報だ」
「これはラーク殿自身のご判断ということでよいのですか?」
「そうだ」
ラークははっきりと自信たっぷりに答えた。
「わかりました。情報の真偽を確認します。国防省内に諜報員がいる可能性があるのであれば軍議に諮ることはせずに動くことにします」
「頼みましたぞ。この国を救えるかどうかはお前さんの双肩にかかっている」
ナリスはただちに情報部長を呼び寄せ、バイロン収容所の件を極秘で調べさせた。そして、フェンネル国境付近に偵察隊を送らせた。
問題は、迎撃部隊をどうするかだな。ナリスはどれくらいの規模での派兵にすべきか迷っていた。
アドリアはエトピア大陸の北部側の中央に位置する国である。アドリアの左に隣接するエルドラン、エルドランの下に続くのがフェンネル。
アドリアの右に隣接するのが友好国であるキシリス。その下に同じく友好国のバンドラがある。そして、アドリアの下に隣接するのがガルディアであり、エルドランと同様に我が国との外交関係は決して良好とは言えない。
最後の7つ目の国がフェンネルの下とガルディアの左に隣接するデカントである。フェンネルとデカントとは国交はあるものの、深い付き合いはなく、お互い腹の探り合いをしている関係だ。
アドリアの軍隊は、第一から第六までの6つの分隊に組織化されている。各分隊にはそれぞれおよそ10000名の兵が所属している。
通常の場合、外交上最も不安があるエルドランの国境付近は第一部隊と第二部隊が交代で詰めているが、現在はフェンネル国境とデカント国境を守備していた第三部隊を移動させて、合計三隊がエルドラン国境付近に布陣している。
フェンネルとデカントと接する国境付近は高い山脈によって隔てられており、大軍が一挙に押し寄せてくる危険が少ないと判断しての対応だった。
そのため今はフェンネル国境とデカント国境は手薄な状態となっており、軍議ではフェンネル国境からも比較的近い場所に配置されているガルディア国境警備の第四部隊の一部をフェンネル国境に移動させるかどうかを検討していた。
第五部隊は友好国であるキシリスとバンドラの国境を背ににしてガルディア国境を臨む場所に展開されている。そして、第六部隊は王都ペレスを守っていた。
もし本当にガルディアが攻めてくるということであれば、フェンネル国境警備の重要性は相対的に低くなる。このような状況下でフェンネル国境に兵を送るべきか否か。
しかも派兵する場合はエルドランにその動きを知られないようにしなければならい。しばらく瞑目したのち、ナリスは腹を決めた。
第六部隊長のグレンを呼び出した。ナリスはグレンに、極秘扱いで、第六部隊のうち3000の騎馬隊で出撃し、フェンネルとの国境付近にあるエストニア峡谷の崖上に待機し、エルドラン兵が現れたら迎撃するように命じた。
第六部隊は王都警備隊であり、通常、兵を動かすには王の許可が必要となる。しかし、許可をとっていては諜報員に気取られてしまう。
3000の騎馬隊であれば、各100騎の分隊にして闇夜にまぎれさせることができるだろう。グレンには敵国諜報員のことも伝え、秘匿の重要性を理解させた上で任にあたらせた。
独断で派兵した責任は自分がとる覚悟だった。
翌日の軍議で、情報部長からガルディアに不穏な動きがあり警備を強化すべきという提言がなされた。ラークの言う通りになった。
エルドランから目を逸らせ戦力を分散させる謀略。ナリスがその情報源を確認すると、情報部所属のダノンからという話だった。ダノンはこのまましばらく泳がせて、逆にエルドランに毒を食らわせてやる。
2日後、バイロン収容所を探った諜報員から報告があった。情報は本物だった。ただちに、救出のため秘密裏に特殊工作部隊を派兵した。
こうなってくると、エルドランはフェンネル国境を越えてくる可能性が高い。第三部隊をフェンネル国境に戻すべきか。いや今動けば相手に気取られてしまう。
何かあればすぐ援軍が出せるように準備だけさせておくか。ナリスは命令書をしたため封蝋し、秘匿情報として、第三部隊長に届くように手配した。この件は情報部を関与させないように念押しをして。
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グレンはナリス長官の命令に戸惑っていた。これまで王都守護隊が派兵されることなど前代未聞のことだ。そもそも王都守護隊の派兵には国王の許可がいるはずだ。
ナリス長官とはこれまで何度も生死をともにしてきた。上官であるが、親友でもあった。
グレンはナリス長官からの言葉を反芻した。
「これはお前にしか頼めない。国の命運がかかっている」
疑問は多いが今はその言葉を信じるだけだ。エストニア峡谷の入口が見えてきた。先行していた偵察隊が駆け寄ってくる。
「グレン隊長、報告致します」
報告内容は次のようなものだった。
峡谷岸壁の頂上に配置していた偵察隊からの情報によれば、峡谷自体は約20キロほどのものだが、30分前の時点で、およそ半分の10キロ地点までエルドランが行軍していること。
まさに間一髪のタイミングだったな。グレンは素早く分隊長に伝令を送った。
2時間足らずで決着がついた。エルドランの兵士たちは逃げ場のない峡谷内で崖上から落とされた岩石に押しつぶされ、弓矢で射られた。
おおよそ半分の兵士が負傷を負いつつ敗走したようだが、5000人を越える死体が幾重にも折り重なっていた。峡谷はまさに地獄の谷と化した。
グレンはナリス長官に伝令を走らせ、自身は事後処理の指揮にあたった。
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ナリスはグレンからの報告を聞き、全身にイナズマが走った。もし、この情報がなかったらキール村の惨劇が繰り返されたかもしれない。
時を置かずして特殊工作部隊からの伝令があり、バイロン収容所への救出作戦が成功したとのことだった。
ラーク、そして、ラークに情報を持ってきたリアムとかいう者がこの国を救ってくれたのだ。ナリスはすぐさま国王への報告に向かった。
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エルドラン第一将軍ブスカは茫然と立ち尽くしていた。
目の前で起こっていることが信じられなかった。どうしてやつらがここにいる?第一、第二、第三はエルドラン国境付近に布陣したままのはず。
ガルディア国境警備の第四部隊も動かせるはずがない。なのにどうして。もしかして第六部隊か?そんなことはあるはずはないが・・・・・・。
「ブスカ将軍、ここは一旦退却しましょう」
側近のジュノスが混乱という名の思念の沼に沈んでいたブスカを呼び覚ました。
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