第37話
「エリン師匠、おはようございます」
「おはよう。リアム。少し目が腫れてる?」
「昨日はあまり眠れなかったので・・・・・・」
「ところで、ルナちゃんの様子はどう?」
「現実を受け入れるにはもう少し時間がかかると思います。みんなで相談してルナちゃんをうちで引き取ることに決めました」
「そう、なの」
「師匠が師匠らしくしてくれないと、こっちも調子が狂っちゃうじゃないですか」
「ああ、うん。っていうか、弟子のくせに偉そうに言うな」
「ところで、何か新しい情報入ってますか?」
「ええと、拉致被害者については、馬車の轍を追ったそうだけど、途中で消えていたらしいわ。昨日、犠牲者749名の合同葬儀が行われて、村全体を共同墓地にすることが決まったって。国防省の第1部隊がエルドラン国境に布陣していて、いつ戦争になるかわからない状況で、今、宰相府の外交部と、国防省幹部が対策を練ってる」
「そうですか。公安省は動くんですか?」
「公安省は国内の犯罪案件のみが担当だからね。国防省からの協力要請がなければ動けないわね」
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国防省第一会議室。
「なぜエルドランが我が国に宣戦布告もなく攻めてきたのか。その狙いがわからなければ根本的な対策を立てようがない。そもそも、本当にエルドランの仕業なのか。証拠なしでは外交ルートを通じて何も言うことはできまい。エルドランに放った諜報員からは何の報告もないのか?」
国防省のナリス長官の声が会議室全体に響き渡った。
「はい。今のところ、何も情報は上がってきていません。彼らはこの事件について何も知らないようです」
情報部長のルーカスが答えた。
「とにかく、エルドランの現在の政治状況、他国との外交状況、軍隊の動きを調べて逐次報告するように。また、第一部隊の増援として、国境伝いに第二部隊、第三部隊も展開させる。今日のところは以上だ」
ナリスは正直なところ混乱していた。これまであらゆる事態をシミュレーションをしてきたつもりだった。しかし、相手がわからない状況で戦うことなど想定していなかった。
今後エルドランが仕掛けてくるなら、正面から戦うだけだが、もしそうでないとしたら、打つ手がない。これだけの犠牲者を出して何もできないのか。国民の生命と財産を守る。それを使命に今日までやってきた。新たな犠牲者を出さぬように万全の防衛体制を作らねばならない。
作戦参謀の要であったラーク軍師はもうここにはいない。病気で余命少ない彼を引き留めることはできなかった。
今だ彼に代わる者を見つけられないまま、自分が作戦参謀部長を兼務をしてきたが、この状況下では一刻も早く後任を見つけなければなるまい。
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「ただいま」
「お帰りなさい、リアムお兄ちゃん」
「ただいま、ルナちゃん」
「あのね、ルナちゃんじゃなくて、ルナでいいよ」
「ただいま、ルナ」
「お帰りなさい。リアムお兄ちゃん」
「カリンお姉ちゃん、フレアお姉ちゃん、ちゃんと言えたよ」
ルナがカリンとフレアのもとに走っていく。まだ少しぎこちないけれど、ルナに笑顔が戻ってきてよかった。
「ノアお兄ちゃん、ルカお兄ちゃん、ボンお兄ちゃん、ちゃんと言えたよ」
「あのね、ルナ、ボンじゃなくて、ベンだよ。何度言ったらわかるのかな?」
ベンがルナの脇をくすぐり始めた。
「わかったよ、ごめんなさい。お願いだから。ビンお兄ちゃん」
「ルナっ。本当に悪い子だな。お兄ちゃんは怒ってるんだぞ」
その言葉とは裏腹にベンの顔はだらしなくにやけていた。その場にいるみんながその様子を微笑ましく見ていた。
その夜、リアムはなかなか寝付けなかった。ベッドから起き上がって食卓に行き、コップの水を一気に飲み干すと、そのまま食卓の椅子に腰かけた。
キール村の惨劇で、749人が殺され、50人が拉致され、1人が両親を失った。このまま何もせず、手をこまねいていれば、さらに犠牲者が増え、国の存亡にさえ関わるかもしれない。
国が攻め滅ぼされるということは、国民の多くが虐殺され、財産を奪われ、辱められ、奴隷に貶められることを意味する。それが現実であり、これまでの歴史が証明している。
フレアもノアもルカもベンもカリンもルナ、家族はもちろんのことすべての国民を守りたい。
クヌム神様、どうか我らを守り、お救いください。
誰一人漏れることなくすべての人々を守り、お救いください。
ふいにルナの両親の顔が脳裏に浮かんだ。悲しそうで苦しそうな表情が徐々にぎこちない笑顔に変わり、ルナをよろしくお願いしますと言っているかのようにお辞儀をしていた。
クヌム神様、どうか、敵の正体、悪事をあばき、アドリアを攻めるどころではない状況に追い込み自滅させ、戦争になることなく、アドリア国民を守り、幸せにしてください。
クヌム神様、自分ができることは何でもいたします。キール村での惨劇が繰り返されませんように。どうか、我らを守り、お救いください。
リアムはこれまで出会った大切な人たちの幸せそうな笑顔を思い浮かべながら、その人たちの幸せを情感込めて心中深くお祈りした。
そして、リアムはいつしか眠りに落ちていった。
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エルドランの国章を着けた軍服姿の男が窓際に立って外を眺めながら話をしていた。
「アドリアに潜入させている諜報員から何か連絡はないか」
「今のところ、アドリアは我が国との国境線のみに軍隊を展開しており、フェンネル国境付近は全くの無防備ということです。今後派兵する計画もないとのことです」
「やはり、アドリアにはあほうしかおらんな」
「作戦どおり、偽情報を流せ。ガルディアが攻めてくるとな」
「了解いたしました」
「拉致した女たちは、もうしばらくバイロン収容所に監禁しておく。フェンネルに引き渡す前に、我らでしっかり味見をせんとな」
「はい。心得ております」
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リアムは食卓に突っ伏したまま眠っていた。額と脇にびっしょり汗をかいていた。
また夢を見た。エルドランが攻めてくる。今度こそ必ず食い止めなければならない。キール村の惨劇を絶対に繰り返してはならない。
でも、この情報を自分が国防省に伝えたとしても、誰も取り合ってくれないだろう。18歳の若造が何を言っているのか、ということになる。
夢の話なんて誰も信じてくれない。国防省に動いてもらうために大事なことは・・・・・・。まずはこの情報入手ルートの信憑性。そして、誰が報告するかだ。
リアムは頭の中をよく整理した状態で朝食のテーブルに着いた。
「みんな、申し訳ないんだけど、朝食の後、大事な話、いや、この国の未来に関わる重大な話がある。また夢を見ました」




