第36話
「お兄ちゃん、おはよう。もう朝だよ」
翌朝、ルナちゃんにほっぺをつんつんされて目を覚ました。
「ルナちゃん、おはよう。早いね」
「だって、ルナたくさん寝たから。お兄ちゃん、お腹すいた」
「じゃあ、これどうぞ」
リアムは昨日買っておいたサンドウィッチと水を手渡した。
「ありがとう。いただきます」
「それでね、ルナちゃん、お母さんとお父さんがいるところには、今日出発すれば明後日には着くからね。ルナちゃん、頑張れるかな?」
「うん。わかった。ルナがんばるよ」
「ルナちゃんはほんとにいい子だね」
出発の支度を済ませると、ロビーでエリン師匠と合流した。エリン師匠をルナちゃんに紹介する。
「おはよう。ルナちゃん。私はエリンと言います。リアムお兄ちゃんの友達だよ。これからよろしくね」
「はい。よろしくお願いします、エリンお姉ちゃん」
エリン師匠の笑顔が少しぎこちないように見えた。
出発前に公安所で最新情報を確認した。武器の遺留物などから証拠を探したが、エルドランがやったとは断定できないとのことだった。
結局、生存者はルナちゃん一人。亡くなった人は749人。街の人口は約800人だったので、50人が連れ去られた可能性があるとのことだった。
住民リストとの照合ではいずれも10代後半から20代前半の女性ばかりとのことだった。フレアのようにさらわれた人が50人もいる。想像しただけで怒りがこみ上げてくる。
もし、相手がエルドランならば、公安省ではなく国防省の担当になるが、何か自分にできることは・・・・・。
ふいにルナちゃんのきょとんとした顔が視界に入ってきた。
「さあ、ルナちゃん、出発するぞ」
今はルナちゃんのことだけを考えよう。
マルタを出発して3日目の昼頃、ペレスに到着した。公安省への報告はエリン師匠に任せて、リアムはルナを自宅に連れていくことにした。今日はみんな仕事が休みで家にいるはずだ。
「ただいま」
「おかえりなさい。リアム」
フレアが玄関に文字通り飛んできた。そのあとからノアたちもぞろぞろと現れた。
「ただいま、フレア、みんな。今日はお客さんを連れてきたよ」
「あら、かわいいお客様ね」
「こんにちは。ルナと言います」
「ルナちゃんはえらいわね、ちゃんと挨拶できて」
「うん、お母さんが挨拶はちゃんとしなさいって。あの、お兄ちゃん、お母さんとお父さんは?」
「ああ、ルナちゃん、ごめんね。ここはお兄ちゃんのお家なんだけど、ちょっとみんなとお話してから出かけようと思ってるんだけど、いいかな」
「うん。わかった」
元気な声に反して、その表情はがっかりしていた。リアムはルナちゃんを抱き寄せた。
「ごめんね、ルナちゃん、果実水でも飲みながらちょっとだけ待っててね」
「ルナちゃん、こちらへどうぞ」
フレアが食卓にルナちゃんを案内した。
ルナちゃんは果実水を一口飲むと、すぐにうとうとし始めた。これまで3日もの間、文句も言わず馬に揺られてついて来てくれた。まだ5歳にもかかわらず、本当に忍耐強い子だ。リアムはルナちゃんを抱え上げると自分のベッドに横たえて毛布をかけた。
食卓に戻ると、キール村で起きた惨劇についてみんなに事情を説明し始めた。
「かわいそうなルナちゃん」
フレアの目尻からとめどなく涙が流れている。自分の両親を亡くしたことと重ねているのだろう。カリンも肩を震わせながらしくしく泣いている。カリンも両親を失っている。ルカも僕も同様だった。ノアとベンの両親はまだ健在なのだろうか。
リアムは道中考えてきたことをみんなに提案した。
「ルナちゃんを僕たちの妹として育てていくことはできないだろうか。もしみんなが同意してくれないなら僕ひとりでもそうしたいと思っている」
「俺たちが反対するわけないじゃないか。むしろ大賛成だよ。なあ、みんな」
ルカの目に光るものがあった。
「ああ、もちろん」
「私、妹が欲しかったの。ねえ、カリン姉さん。これで3姉妹だね」
「またにぎやかになるな」
「みんな、ありがとう」
1時間くらい経って、ルナちゃんがベッドから起き上がって食卓のところにやってきた。
「お兄ちゃん、もうそろそろお母さんとお父さんのところに行こうよ」
「ルナちゃん、そこに座ってくれる」
「うん」
ルナちゃんは素直に座ると何か重大な話があるのではないかという表情でリアムの目をじっと見つめ返してくる。
「実はね、ルナちゃんとお母さんとお父さんはもういないんだ」
「えっ、いないって、どういうことなの?」
ルナちゃんの目からすうっーとひと筋の涙がこぼれ落ちた。なんとなくわかっていたのかもしれない。
「ルナちゃんの住んでいたキール村で大勢の人が殺されてしまったんだ。お母さんとお父さんだけではく、大勢の人が。ルナちゃんがいつも遊んでいた友達もみんな」
「お母さんと、お父さんは、どこにいるの?」
ルナちゃんの声は震えていた。
「お母さんとお父さんはね。まだキール村にいるよ」
「じゃあ、どうしてここまで来たの?」
「・・・・・・」
ルナちゃんへの言葉が見つからない。
「ごめんね、ルナちゃん、でもお母さんとお父さんはもうこの世にはいないんだ。もう、会うことは出来ないんだ」
リアムは嗚咽を抑えることが出来なかった。顔は涙でくしゃくしゃだった。
「お母さんとお父さんに会えないの?」
ルナちゃんはエルちゃんとポンタをぎゅっと抱きしめていた。
「うん。でもね、こころの中で会いたいと思ったら、お母さんとお父さんの顔を見ることできるよ」
周りからすすり泣く声が聞こえてくる。フレアもカリンも肩を震わせていた。
「おかぁさーん、おとぉーさん、会いたいよぉ」
ルナちゃんは食卓に突っ伏して声をあげて泣いた。1時間近く泣き続けて、涙と鼻水でくしゃくしゃになった顔をあげた。フレアがそっとタオルを差し出した。
ルナちゃんは目元を拭き、勢いよく鼻をかむと、
「ありがと。お姉ちゃん。ルナ、ひとりぼっちになっちゃった」
寂しそうな小さな声だった。
「ルナちゃんはひとりじゃないよ。今日から僕たちがルナちゃんのお兄ちゃんとお姉ちゃんになるから。ずっとここに居ていいんだよ」
「いいの?ここにいても」
「もちろん。ルナちゃんは今日から私の妹よ」
フレアは涙をぬぐって渾身の笑みを作った。ルナちゃんも今にも泣きそうな表情を必死に笑顔にしようとしていた。
翌朝。
リアムはいつもより早く目が覚めた。食卓に行くと、ルナちゃんがひとりぽつんと座っていた。その小さな背中は小刻みに震え、泣き声を必死に抑えているようだった。
「ルナちゃん、お兄ちゃんがずっと一緒にいるからね・・・・・・」
リアムはその小さな体をぎゅっと抱きしめると声を詰まらせた。
「お兄ちゃん、ルナは大丈夫だよ」
ルナちゃんの涙声が痛々しかった。リアムはルナちゃんが落ち着くまでずっと抱きしめていた。
しばらくすると、フレアとカリンが食卓に来たので、ルナちゃんのことを任せて、リアムは公安省に向かった。




