第35話
キール村に到着すると、先遣部隊からカーネル長官に現状報告が行われた。
キール村はその東側と南側をべネスの森に接し、西側をスーク川に囲まれている小さな村で、その人口はおよそ800人。
その住人のほとんどが犠牲になったようで、現時点では生存者を確認できていない。誰がやったかの証拠は今のところ見つかっていない。
半ば茫然としながらカーネル長官の背後で聞いていたリアムは、長官の了解を得てキール村の様子を見に行くことにした。
リアムの目に映ったものは想像以上に酷い光景だった。村のあちらこちらで、大人子供によらず多くの者が背中から切り付けられてうつ伏せの状態で倒れていた。剣の傷跡がぱっくりと開いており痛々しく目を背けてしまうほどだ。
槍で突かれたと思われる者や弓矢で射られている者も多くいた。リアムがふと視線を左に向けると、あまりにも無慈悲で凄惨な光景が目に入ってきた。赤ちゃんとその母親と思われる二人が弓矢で串刺しにされていたのだ。
リアムは自分の顔からすべての表情が消えていくのがわかった。そして、がくりと膝を折って滂沱の涙とともに嗚咽を漏らした。そして、胃の中あるものをすべて吐き出した。
どうしてこんな酷いことを・・・・・・。人の命をなんだと思っているのか。
やり場のない怒りが腹の底からこみ上げてくる。そして、形容しがたい悲しみの感情が鋭い塊となって心の深部に突き刺さった。
リアムのまわりを覆っている空気の塊がとても重く淀んだものに変わっていった。思いもよらず無惨に生命を奪われた人たちが、言い知れぬ悲しみと悔しさをリアムに訴えかけている気がした。そして彼らの魂はどこに行く当てもなく、ただそこに静かに留まっているかのようだった。
リアムは片膝を立てて起き上がると、ふらふらと近くの建物に入っていった。30代くらいの男性と女性が殺されていた。女性はうつ伏せで倒れていた。女性の下に何か扉のようなものが見える。リアムは丁寧に女性の体を動かすと扉を開けた。
5歳くらいの女の子が中にいた。眠っているようだった。リアムは男性と女性の死体を家具の影に移動させると、扉の下から女の子を引き上げた。
女の子はまだ眠ったままだ。この子にこの惨状を見せてはいけない。そっと抱いたまま、リアムは村を出た。そして、救護テントに連れていき、女の子が目を覚ますのを待った。しばらくすると女の子は薄目を開けた。
「ここはどこ?お母さんとお父さんは?」
女の子は起き上がって周りを見回した。
「僕はリアム。お嬢ちゃんのお名前とお歳は?」
「ルナ。5歳だよ」
「ルナちゃん。かわいい名前だね。お母さんとお父さんは今ちょっと出かけているからお兄ちゃんと一緒に待ってようね」
「どこに行ったの?ルナ、お家でお母さんと一緒に本を読んでたら、なんだか眠くなって寝ちゃったんだよね」
「そうだったんだね」
リアムは嗚咽を抑えながら、なんとか言葉を絞り出した。
「お母さんたち、いつ帰ってくるのかな?」
「たぶん、明日には帰ってくると思うよ」
「えー。どうして?どこにいっちゃったの?ルナお家に帰りたい」
「ごめんね。ルナちゃん。今はお家には行けないんだ。お兄ちゃん、ちょっと飲み物持ってくるからここで待っててね」
リアムはテントを出て、裏にまわると手のひらと膝をついて号泣した。しばらくして涙を拭くと、長官のところに報告に行った。
「そうか、生存者がいたか。その子は何か見ていなかったか?」
「いえ、床下の保管庫で眠っていたようです」
「そうか、申し訳ないがしばらくその子の面倒をみてくれるか」
「はい。そのつもりです」
リアムはもう一度女の子の母親と父親がいる家に行くと、女の子の持ち物と両親の形見になりそうなものを持って、救護テントに戻った。
「お兄ちゃん、遅かったね。ルナ待ちくたびれたよ」
「ごめん、ごめん。ルナちゃんのお母さんとお父さんから預かってたものを持ってきたよ。はい、これ」
リアムはかわいらしい女の子の人形、母親が使っていたであろう手鏡、父親が作ったと思われる木彫りの犬をルナに手渡した。
「あ、ありがとう。エルちゃん、ポンタ会いたかったよ」
人形がエルちゃん。犬がポンタらしい。ルナちゃんはエルちゃんとポンタとお話することで不安な気持ちをまぎわらそうとしているようだった。
リアムは長官にルナちゃんを連れて、マルタに戻ることを伝えた。今から出発すれば日没までに着けるだろう。もう一度ルナちゃんの家に戻って、ルナちゃんの着替えや必要な持ち物を鞄に詰め込んだ。
「ルナちゃん、これからお母さんとお父さんが待っているところに行くからね。少し遠いけどがまんできるかな?」
「うん。ルナ、がんばる」
「ルナちゃんはえらいな」
リアムは顔を上に向けて涙が流れ落ちるのを隠した。
マルタに着くと公安所に向かった。公安所は公安省の出先機関だ。公安所に入ると、エリン師匠がいた。
「リアム、お帰りなさい。大丈夫?」
エリン師匠はいつもとはまったく違う雰囲気で、こころなしか心配そうな表情でリアムを見つめている。
「はい。私は大丈夫です。実は少々事情がありまして。申し訳ないのですがこの女の子をちょっとだけ預かってもらえますか。キール村で唯一生き残ったルナちゃんです。私はトレイド司令官に報告してきます」
リアムはルナちゃんを起こさないようにそっとエリン師匠に手渡した。リアムはトレイド司令官への報告を終えると、エリン師匠のもとに戻り、一連の事情を説明した。
「そうだったのね。リアムが無事で本当によかった」
エリン師匠の目元に涙の雫が光っていた。
「ルナちゃんにはペレスに着くまで両親のことは内緒にしておくつもりです。今日は宿に泊まって、明日ペレスに向けて出発予定です。長官にも了解をいただいております」




