第34話
マルタへの出張当日。
公安省のエントランスが集合場所だ。カーネル長官と秘書官のマロン、6名の警護隊、それにエリン師匠とリアムの合計10名だ。マルタまでは2日の旅程となる。
「エリン君、リアム君。改革案については話を聞いている。今回の視察でより良い仕組みに改善できることを期待している」
「はい。カーネル長官」
「あと、君たちにひとつ伝えておきたいことがある。今回の出張のマルタからの帰路では、親友のラーク前軍師も同行することになっている。まあ、軍師といっても国防省独特の敬称であって、正式な役職名は作戦参謀長なんだがね。最近退任したばかりなんだが、たまたま故郷のマルタに里帰りしていてね。それで現地で合流することになっている」
「はい。承知いたしました」
エリン師匠とリアムは一糸乱れぬ敬礼で挨拶した。
マルタに入ってすぐ、長官たちとは別行動となった。
「さあ、行くわよ」
長官がいなくなると猫をかぶっていた師匠がいつもの調子に戻る。
「どこに行くんですか?」
「決まってるじゃない。まずは宿に行って荷物を置いて公衆浴場に行くのよ。そのあとはマルタの名物料理を食べるわよ」
師匠のテンションがいつもより高い。
予約していた食堂の席に着くと、師匠は手をあげて、
「はーい。こっちこっち」
女性としての恥じらいは全く感じられない。
「私はビール、あなたは果実水ね。これとこれとこれも」
慣れた様子でテキパキと注文している。
「さぁて、今日は飲むわよ」
「あの、明日から仕事もありますし、そんなには・・・・・・」
「何言ってるのよ。仕事があるのはあなただけでしょ」
「えっ。師匠も仕事で来てるんですよね?」
「それはその方便というやつで。観察者との面談には私は行かないわよ。私はいろいろと忙しいし」
「はぁ、そうなんですね」
もう好きにして。
「ぷはぁー。やっぱりまずはビールね」
この人、年頃の女性だよね?
「はい。お待ちどうさま」
料理がつぎからつぎへとテーブルに並べられた。
「これは何ですか?」
「ええと、これはね、マルタの名物料理で、白身魚に塩胡椒をふって小麦粉をつけて油で揚げたものを、細切りした玉ねぎ、にんじん、きゅうりと一緒に、オリーブオイル、ビネガー、魚介だし、砂糖、にんにく、香草で作ったたれに漬け込んだものよ」
おいしそうだな。説明を聞いているだけで食欲が刺激される。マルタは海が近く、新鮮な魚介料理が売りだ。
「あと、これは何ですか?」
「これは、昆布だしでゆでたタコを薄切りにして、薄切りのジャガイモと香草、にんにく、オリーブオイル、バター、とうがらしで炒めたものよ」
これもうまそうだ。リアムは薄切りパンの上に、タコとジャガイモの炒め物を乗せて一口頬張った。
「うっ、うまっ」
思わず声に出てしまった。
「それ、私もやろっと」
「師匠が弟子の真似をしてもいいんですか?」
「弟子のものは師匠のもの、師匠のものは師匠のものだ。うまっ」
案の定、師匠は泥酔して千鳥足状態。宿までおんぶすることになった。
「リアムー。お前はずっと弟子だからなー。逃げんじゃねーぞ。むにゃむにゃ」
はぁ。この人の弟子やり続けるのはちょっとしんどいかも・・・・・・。
リアムは翌日から3日間、マルタ在住の観察者12名から話を聞いた。
3人一組のチーム制の提案にはみな賛同してくれた。やはり一人では心細かったようだ。まずはエリアを絞って3人一組のチーム制を試験導入して一定の成果が出た時点で、全体に広めることがいいだろう。
最初から広げ過ぎてしまうとうまくいくものもうまくいかなくなってしまう。ヒアリング内容も含めてレポートにして、室長に報告しよう。
マルタ出発の朝。
3日間、晩御飯のときだけ一緒だった師匠。昼間はいったい何をしていたのかなぁ。
「師匠、おはようございます」
「おお、弟子よ。ご苦労ご苦労。首尾はどうか?」
「上々です。抜かりはありません」
ほんとこの人と付き合うの疲れる。
「よしよし。では出発だな」
「あの、長官たちをお待ちしませんと」
「そうだった。そうだった」
もうそろそろキャラを戻したほうがよいと思うんですけど。
「長官、秘書官、おはようございます」
「おはよう。仕事の首尾はどうだったかね」
「首尾は上々。抜かりはありません」
しまった。師匠のせいで。
「君は変わった表現をするんだね。さて、ラークもここに来るはずなんだが。ああ、ラーク、おはよう。元気そうだな」
「おお、お主も相変わらずだな。今回は世話をかけるがよろしく頼む。こちらは?」
「部下のマロン君、エリン君、リアム君だ」
「ラーク前軍師、ご一緒させていただきます。よろしくお願いいたします」
3人は揃って敬礼した。
「前軍師は勘弁してくれ。もうただの老いぼれ爺さんだ。ラークでいいよ」
「長官、申し訳ございません。急ぎお耳に入れたいことが・・・・・・」
マルタ市を管轄しているトライド司令官が長官に耳打ちしている。
「何だね?」
「ここではちょっと・・・・・・。出来ればあちらの会議室でお願いいたします」
「わかった。君たち申し訳ないが少しここで待っていてもらえるかな」
10分後、長官は青ざめた顔で戻ってきた。
「隣国エルドランとの国境近くの村の住民が虐殺されたという報告が入った。これから私はそちらに向かう」
「長官、私もご一緒させていただけないでしょうか」
「君は自分の仕事をしなさい」
「失礼を承知で申し上げます。長官は私に自分で調べてやるべきことを決めなさいとおっしゃってくださいました。だからこそ、私も長官とご一緒させてください」
「わかった。好きにしたまえ」
「カーネル、わしも一緒に行くぞ。ダメと言われてもついていくからな」
「ラーク、君の見解は役立つはずだ。頼む」
結果、エリン一人が残るかたちになった。
「エリン師匠、行ってきます」
「ああ、うん。気を付けて」
目的地は、エルドランの国境近くのキールという村だ。ここからだとは早馬でも3時間ほどかかるとのことだった。
一行は無言で走り続けた。現地からの報告では周辺に敵影なしとのことだった。何者かが一瞬のうちに襲来し、惨殺し、忽然と消えてしまったということだろうか。




