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第31話

 公安特務室への着任日。


「おはようございます。本日からお世話になるリアムと申します。よろしくお願いいたします」


 リアムは入室すると同時に元気よく挨拶し、公安特務室長のプレートがある席に向かった。


「リアム君だね。長官から話は聞いている。私は公安特務室を統括しているブレナンだ。よろしく」


「はい。こちらこそよろしくお願いいたします」


「みんな。ちょっといいかな。本日付けで着任するリアム君だ。よろしく頼む」


 案内された席に着くやいなや、右隣席の女性が話しかけてきた。


「君ってさ、特別推薦ってほんと?」


「ええ、まぁ、そうですけど」


「特別推薦の人、初めて見たよ。制度があるだけで使われることなんてないと思っていたけど。あるんだね。そんなことが」


「はぁ」


「どうしたら特別推薦なんてされるの?興味あるんだけど」


「その話は長くなるので別の機会にできればと」


「まあ、そうね。ところで私はエリン。君の教育係よ。これからよろしくね」


「あ、はい、こちらこそよろしくお願いいたします」


「それでさ、もう一人の新人とはもう会った?」


「はい。挨拶だけですが」


「そっ。じゃあ、お互い自己紹介したほうがいいわね」


「グース」


「はい」


「こちらがグース。学年次席の秀才よ。で、こっちがリアム。特別推薦なんだって」


「よろしく、グース」


「よろしく、リアム」


「はい。挨拶終了。グースはトマスから今後の指示をもらいなさい」


 グースの表情は険しく、目も合わせてくれなかった。何か僕に含むところがあるのだろうか。学年次席の立場からすれば、特別推薦の僕が同じ公安特務室に配属されること自体、気に食わないのだろうな。きっと。



 ******

 こいつ特別推薦のくせになんでここにいる?


 公安特務室は公安省志望者の中で成績トップだけが配属されるはずだ。


 そもそも特別推薦なんて卑怯だ。


 俺は3年間、ひたすら努力してきた。


 たいして努力もしていない奴がどうして俺と同じなんだ。


 こんなやつ、ここから叩きだしてやる。


 グースはリアムに対する嫌悪感が急激に膨張していくのを自覚した。

 ******



「それじゃ、リアム、これからあなたの業務内容と当面の訓練内容を説明するから一緒に来て」


「はい」


 隣の会議室に入って席に着くと、エリンからの説明が始まった。

 公安特務室の仕事は大きく分けると2つ。

 ひとつは役人による犯罪を未然に防ぐこと。もうひとつは役人による犯罪を見つけ出し捕まえること。


 犯罪の未然防止のために今やっていることは、内部通報制度、上司による定期監査制度、観察者制度の3つ。


 観察者制度とは、同じ職場か隣接する職場に自分の行動を常に見張っている者がいる状態をつくって牽制する仕組み。


 誰が観察者なのかは観察者本人と観察者制度の担当者しか知らない。要するに、公安特務室に報告する諜報員があちこちにいるということである。


 その観察者は、仮に自分の観察対象者が罪を犯したにも関わらず適切な報告を怠っていた場合は、処罰の対象になるため、いい加減な対応はできない。給料が20%ほど上乗せされるという見返りもある。


 このように誰かに見られているという状況をつくることで、犯罪を起こさないようにするのだ。


 一方で、役人による犯罪を見つけ出して捕まえるためにやっていることは、内部通報や観察者から得られた情報、あるいは捕まえた犯罪者から得られた情報をもとに捜査を行うことである。


 先日のリアムとフレアを排除しようとして捕まった産業省の役人のケースは後者に該当する。


 エリンさんの説明を聞きながら、ふと、自分の父親が同僚の不正を告発しようとして殺されてしまったことを思い出した。


「エリンさん、質問があります。観察者はどうやって選抜されるのでしょうか。また、観察のための訓練は行われているのでしょうか」


「観察者は定期的に各省の長官官房からの推薦によって選抜されるわ。誰でもなれるわけではないのよ。訓練は1年に1回、観察者の休暇中に個別で行うようにしているの。訓練していることが周囲にわかってしまったら意味がなくなってしまうでしょ」


「もうひとつ質問があります」


「どうぞ」


「内部通報者や観察者が守られる仕組みはあるのでしょうか」


「いい質問ね。過去には内部通報者が自殺に見せかけて殺されたり、家族が犠牲になったりしたことがあったわ」


「やはり、そうですか」


「やはり?」


「実は、父が観察者だったかどうかはわからないのですが、同僚の不正を告発しようとして、逆に罪を着せられて事故に見せかけて殺されたんです。証明されているわけではないのですが少なくとも私はそう思っています」


「そうだったのね・・・・・・」


「す、すいません。余計な事を言いました」


「それが理由で公安省で働くことにしたの?」


「いえ、それはたまたま偶然でして」


 リアムは特別推薦を受けるまでの経緯をかいつまんで説明した。


「大変だったのね」


 エリンは驚きの表情とリアムを慰め気遣うような表情をない交ぜにしていた。


「あっという間の出来事だったので、あまり自覚はないのですが」


「気に入ったわ。あなたはこれから私の弟子よ。今日から私を師匠と呼びなさい」


「し、師匠ですか。気に入っていただいたのはうれしいですけど」


「命令よ。わかった?」


「はい・・・・・・。エリン師匠」


「よろしい。さて、あなたの仕事内容についてなんだけどね、あなたが自分で調べて自分がやるべきと思ったことをやりなさいってさ。長官直々の命令」


「そ、そうなんですか」


「こんなこと前代未聞なんだけどね。でも、あなたの話を聞いて少しわかったような気がするわ。そういうわけだから、1週間で何をやりたいか決めて報告しなさい」


「はい。師匠、承知いたしました」


「よろしい。わかってるじゃない」


「はぁ」


 なんだかエリンさんとは初めて会った気がしなかった。でも、これまで付き合ってきた人たちとはまるで違う。世の中にはいろんな人がいるんだな。


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