第30話
リアムは家に戻るとすぐさまノアたちに事の顛末を話した。
「かわいそうなフレア・・・・・・」
カリンがフレアをやさしく抱きしめた。
「いったい誰が何の目的でやっているのか。まずはそれを明らかにする必要があるな」
ノアの言葉にルカが頷いた。
「おそらく奴らは俺たちのことも調べているはずだ。この家のことも知っているだろう。そして、このままペレスを離れなければ最初にフレアが狙われることになる。これからは24時間体制でフレアを守る。そして、相手が仕掛けてきたとき、捕まえて直接聞き出すか、尾行して正体をつかむ」
仲間がいるということはなんとも頼もしい。自分ひとりだったらこうはいかない。リアムは感謝の気持ちを言葉にして、深々と頭を下げた。
「ありがとう。みんな」
「俺たち、仲間だろ。仲間で助け合うのは当たり前さ」
ルカの声は優しかった。
ベッドに入ってもリアムの頭は冴えたままだった。フレアの怯えた表情が脳裏に蘇る。あんなに楽しそうだったのに。なぜ、フレアばかりこんなに苦しまなければならないのか。理不尽すぎる。
クヌム神様、どうかフレアをお救いください。そしてフレアが幸せになりますように。私も必ずクヌム神様との約束を守ります。
リアムはそう祈りながら、いつのまにか眠りに落ちていった。
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フレアの背中に向けて鋭い眼光を放ちながら、ゆっくりとした足取りであとを追う男がいた。
中肉中背。茶色の帽子のつばで顔を隠している。黒いブーツのデザインが特徴的だった。
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リアムはすくっと起き上がると、夢の中で見た相手の特徴を忘れないうちにメモに残した。
朝食の食卓で、リアムは夢で見たことをみんなに伝えた。
「もしそれが予知夢なら、そいつを尾行して正体をつかめるかもしれない」
ルカはカリンのこともあって予知夢のことを信じ切っているようだ。
「そうだな。リアムが夢で見た男を俺たちに教えてくれれば、あとは俺たちがやる」
ベンの鼻息が荒い。
「私も協力するわ。尾行は得意なの」
そういえばカリンはフェンネル王国の諜報員養成所で訓練を受けていたと言っていた。
「カリン、ありがとう。そういうことであれば、尾行はノア、カリンと俺の3人で、ベンはリアムとともにフレアの護衛だ」
「おう。任せろ」
ベンはここぞとばかりに張り切っているようだ。
鏡を器用に使って窓の外の様子をうかがっていると、ちょうど昼の12時ころにその男が現れた。そのことをノアたちに伝えると、ノアたちは変装して裏口から出ていった。
日が暮れる直前にノアたちが帰ってきた。
「男の住処はわかったよ。明日から残りの仲間についても調べていく」
翌日、相手の素性が明らかになった。犯罪まがいの依頼を請け負っている組織の一味だった。であるならば依頼者がいるはずだ。
依頼者との接触現場を押さえるか、奴らから直接聞き出すか。リアムはしばらくの間、思考の沼へと沈んでいった。そして覚悟を決めると、ノアたちにフレアのことを頼んで、ひとりで出掛けた。
翌朝、リアムは、フレアとベンとともに、公安省へと向かった。ベンは腰に二本の剣を携えている。
公安省に到着し、直接マーク先生の部屋を訪れるとフレアとベンを紹介した。
「フレアさんとベンさんはこちらの部屋で少々お待ちください。リアム君は私と一緒に」
「はい」
マーク先生がノックしたのは、公安省に初めて来た時に通された部屋だった。
「失礼いたします」
マーク先生はそう言って入室した。リアムもそれに続く。カーネル長官がテーブルの向こうで着席していた。
「ひさしぶりだね。リアム君。そこに掛け給え」
「はい」
「まさか、たった3か月間で合格するとは思わなかったよ。論文も素晴らしい出来だった」
「恐縮です」
「君にはおおいに期待をしている。正式辞令の前ではあるが、君には私直轄の公安特務室で働いてもらう。公安特務室は役人による犯罪加担を防止・撲滅することを役割としている。まさに君がトポスで成し遂げたことだ。そして、毎年公安特務室には公安省志望者の中で成績トップの者が配属される。今回はその成績トップの者と君の2名が配属となる。どうかね」
「はい。謹んで拝命いたします」
「よろしい。マーク君、例の件は手配してある。あとはよろしく頼む」
「はっ」
長官室を退出すると、マーク先生とともにフレアたちの待つ部屋に向かった。
「フレア、ベン。公安省にも関係があるかもしれないと思ってマーク先生に相談してたんだけど、今日から警護隊に護衛してもらえることになったよ」
フレアの表情から安堵が伝わってきた。
「マーク先生、お力添えいただきありがとうございました」
「君はすでに我々の仲間だからね。仲間を守るのは当然さ。警護隊は隣の部屋で待機している。挨拶を済ませてから出発するといい」
「はい」
警護隊との顔合わせを終えると公安省を出て指定のルートで家路についた。
人通りが比較的少ない通りに入ると、予想した通り、武器を手にした覆面の4人組が現れた。リアムはフレアをベンに任せると相手が何か言葉を発する前にすばやく動き、4人をあっという間に柔術で片づけていった。
4人は警護隊たちに手足を縛られ連行された。リアムはフレアの表情を見て問題ないのを確認してようやく緊張を解いた。
視界の端からノアたちが駆け寄ってくるのが見えた。どうやらノアたちも距離を置いて見守ってくれていたようだ。
「おいおい、俺たちの出番はなしかよ」
「すいません。必死で余裕がありませんでした」
「逆に余裕ありすぎじゃない?」
ノアもルカも緊張から解放されて表情が少し緩んでいた。
「公安省が奴らを尋問して背後関係を調べてくれるでしょう」
「ところで、リアム、なんかまた強くなってないか?すごく動きが早くなったような」
「そ、そうですかね。必死だったので自分ではよくわからないんですけど」
「リアム、ありがとう」
フレアが人目を気にせず抱きついてきた。そして、上目遣いでリアムの顔を覗き込む。フレアの表情がこころなしか明るくなっていた。
「どういたしまして。フレアが無事で本当によかったよ」
3日後、マーク先生から呼び出しがあった。
「リアム君、奴らの依頼人がわかったよ。産業省の役人だった。そして、その役人は以前ヘルペスとつながっていた者たちで、自分たちの悪事も君に暴かれると思ったらしい。それで今回のことに及んだようだ」
「もうそんなことまでわかったんですか。さすがですね」
「まあ、我々もプロだからね」
「しかし、ヘルペスは産業省ともつながりを持っていたんですね」
「着任前なのに、公安特務室としての初仕事になってしまったね。まあ、これからも君の活躍を期待してるよ」
「はい。精一杯がんばります」
リアムは、フレアとベンを伴って公安省を後にすると、アルゼ市場に向かった。ノアたちと食堂で合流することになっている。
「遅くなりました」
「ずるいぞ。もう飲んでいるのか」
ベンの口がへの字に曲がっている。
「よし。みんな揃ったな。飲み物は何にする?」
注文した飲み物が揃ったところで、リアムはテーブルを囲む仲間たちに向かって頭を下げた。
「みなさん、ありがとうございました」
「何を言っているんだよ。当たり前のことじゃないか。これからもお互い助け合っていこうぜ」
ベンが思いっきり肩を叩いてきた。ほんとに痛いんだけど。
「そうだな。とにかくよかったということで、カンパーイ」
ルカの発声でグラスを掲げた。
「カンパーイ」
カリンが戻ってきて以来、ルカは本当に明るくなった。心の重荷がなくなったからかな。カリンもルカを見て微笑んでいる。
リアムは辛くて苦しかった思いがうそのように溶けてなくなり、軽やかで清々しい気持ちで満たされていた。フレアもずっとにこにこしている。こころから楽しそうだ。
「さぁ、食うぞ」
ベンが気合を入れている。
目の前に配膳された料理は羊肉の骨付きローストだった。香草、胡椒、にんにく、バターの匂いが食欲を刺激する。塊肉をナイフで切り分ける。切断された肉の表面はほのかにピンク色をしていた。
骨の部分を持って一口かぶりつくと、臭みはなく、肉のうまみと脂身の甘味が感じられ、思いのほか柔らかい。マスタードがぴりっと肉の味を際立たせている。
「何これ。うまっ」
リアムは続けざまに肉にかぶりついた。自然と笑顔がこぼれる。
ベンが食べ終わった骨を鼻の両穴に入れて、ガオーと唸り声を上げている。ノアは手をたたいて笑い、ルカはお腹をかかえて笑っていた。カリンとフレアは笑いすぎて涙を流している。
張り詰めた緊張から一気に解き放たれ、みんなこころから食事を楽しんでいるようだった。




