第29話
試験勉強中は、学院と家を往復するだけでどこにも出掛けたことがなかったので、フレアを誘って初めての王都見物に出かけることにした。
「リアムとお出掛けなんてほんと久しぶりだね」
「長い間寂しい思いをさせてしまってごめんね」
「ううん。でもこれからはずっと一緒だよ」
フレアが恥ずかしそうに手をつなごうともぞもぞしている。リアムがやさしく手を握るとフレアがとびきりの笑顔を返してくれた。
フレアのうしれそうな横顔を見ているだけで本当に幸せな気持ちになる。やりきった達成感、解放感もあって、今もまだ幸福の感覚がリアムの全身を駆け巡っていた。
最初に向かったのは王都の目抜き通りにあるアルゼ市場だ。王都随一の規模を誇り、野菜、果物、肉、魚、惣菜などの食べ物はもちろん、日用雑貨、衣服、アクセサリー、土産など、ありとあらゆるものが揃っていた。
また、随所に、串焼き、スープ、サンドウィッチなどの飲食店も多く、どれもおいしそうで目移りしてしまう。さすがにトポスとはレベルが違う。
「ねえ、リアム、お腹すいてない?」
「うん。そうだね。何か食べようか」
2人は牛肉ステーキサンドウィッチとクリーム野菜スープを注文した。
サンドウィッチは、炭火でこんがりと焼いた牛肉の塊を薄くスライスしたものに塩胡椒を振りかけて薄切りチーズを乗せ、トマトときゅうりとレタスと一緒に、炙った山切り食パンで挟んだものだった。パンにはたっぷりのガーリックバターとカラシマヨネーズが塗りつけられている。
これでもかと口を大きく開いて豪快にかぶりついた。
チーズ、ニンニク、バター、カラシ、マヨネーズが見事なハーモニーとなって肉のうまみを引き出している。そこにシャキシャキのレタスとみずみずしいきゅうりとトマトがとてもよいアクセントになっていた。そして何よりもパン自体がうまい。
スープには、キャベツ、玉ねぎ、にんじん、じゃがいも、とうもろこし、ひよこ豆、鶏肉が入っていた。飴色になるまで炒めた玉ねぎに、炒めた鶏肉から出た油を加え、ミルクと鶏ガラスープで煮込んだものらしい。ニンニクが効いている。
サンドウィッチを頬張り、スープを一口飲む。いや飲むというよりは食べるといった感じだ。鶏のうまみと野菜のうまみのバランスがなんとも言えないおいしさだった。うっ、うますぎる。おいしいものを食べると幸せだなぁ。
ふと、フレアに目を向けると、うれしそうに僕を見つめていた。
「リアム、マヨネーズがついてるよ」
フレアが僕の口元を指で拭ってペロッと舐めた。恥ずかしがり屋だったフレアがこんなに大胆になってしまって・・・・・・。
食事が終わって市場を一通り見た後、王城の一般開放エリアを見学するため移動することにした。
人通りが少ない道に入ってしばらくすると、突然後方からやってきた目出し覆面を被った4人がリアムとフレアを前後から取り囲んだ。
「リアムだな?」
リアムの真正面にいた者が一歩詰めよってきた。
「・・・・・・」
リアムは言葉を発することなく、咄嗟にフレアの手を引き寄せて相手を注意深く観察した。
「今日は警告だ。公安省を辞めてペレスから出ていけ。従わなければその女を殺す。そして次はお前を殺す。わかったな」
4人はそれぞれバラバラの方向に走り去った。
「わたしたち殺されるの?」
「大丈夫だよ。フレア。僕が必ず守る」
フレアの肩はぶるぶると小刻みに震えていた。震える肩をやさしく引き寄せると、フレアはまるで行き場のない不安を振り払うかのように強くしがみついてきた。
あんなに楽しそうだったフレアの笑顔が一瞬で消えてしまった。見ているだけで痛々しかった。
楽しかったはずの思い出は、一瞬の凶事に無残に引き裂かれ、茫然と立ち尽くす二人の隙間を吹き抜けていく風にとともに跡形もなく消え去ってしまった。
どうして僕たちばかりが何度も何度も・・・・・・。
やり場のない怒りがふつふつと込み上げてきたが、リアムはその感情を一旦しまい込み、どうやったらフレアを守れるか、思考を巡らした。
しかし、次の瞬間、フレアの目尻から大粒の涙がこぼれ落ちるのを見て現実に引き戻された。何か言おうと適当な言葉を探したが、結局無言のままフレアをやさしく抱きしめた。
頭の中は混乱したままだ。まずは相手が誰で目的は何か、それを調べなければならない。自分たちがペレスから出ていかなければ再び接触してくるだろう。
とにかくノアたちに相談してみよう。リアムはそう決めると、フレアの手をやさしく握って歩き始めた。




