↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/60

第28話

 卒業試験合格までの生活パターンを定めることにした。朝食と夕食はみんなと一緒にとる。朝8時に家を出て、夜18時に帰宅する。


 学院では2時間の授業と1時間の武術、昼食と昼寝に30分、それ以外の時間をすべて勉強にあてる。帰宅後は最低5時間は勉強し、1時までには就寝する。


 法律の勉強に本格的に取り組む前に、まずは犯罪学を勉強することにした。犯罪を知り、その犯罪をどのような法律で裁くのかという興味・関心を持って、法律学を勉強したいと思ったからだった。


 犯罪は、ある程度の類型化はされていたが、どういう人たちがどのような状況でどういった犯罪に巻き込まれているのか、犯罪が多発している場所とそれほどでもない場所における犯罪対策の差異、犯罪内容の違いによって犯罪者にどのような特徴の違いが見られるかなどを調べながら、自分なりの詳細な類型化と事例研究に取り組んだ。


 そうこうするうちに一月が過ぎ、新しい生活パターンにも慣れてきた。しかし、思った以上に孤独な日々だった。


 もちろん、家に帰ればみんなと夕食をともにして、その日あった出来事を聞いたりもできるが、みんなとの共通体験が全くないこともあって、どうしても盛り上がりに欠けてしまう。


 学校ではいつも独り。先生以外とは誰ともしゃべらない毎日。学舎のときとはまるで違った。休日もずっと勉強漬けで、みんなと出掛けることもない。


 みんな僕の勉強のことを第一に考えてくれている。フレアともほんの少し言葉を交わすだけの日々が続いた。


 フレアの伏し目がちの表情から伝わる寂しさと、その気持ちに応えられない苦しさが、リアムの胸をじわじわと締め付けていた。


 本当に公安省で働くことが自分にとってもみんなにとっても良いことなのだろうか?

 いや、だめだ。こんなこと考えちゃ。


 クヌム神様との約束は、己を磨き、一人でも多くの人を幸せにすること。

 勉強に集中し己を磨くには、孤独はむしろ好都合じゃないか。



 専門学院に通い始めて3か月が過ぎた。学舎の頃とは比較にならないほど勉強に没頭した。その日やるべきことを決めて必ずやり終えるようにした。


 毎日がその繰り返しで、その単調さに負けそうになったこともある。ともに学ぶ仲間がいない孤独な日々は思った以上に辛くて苦しかった。


 でも、フレアのために、みんなのために、1日も早く合格するんだという思いで自分を奮い立たせた。


 その甲斐あって、道学、法律学、犯罪学、行政学はほぼ全て理解・記憶することができた。


 加えて、犯罪学については、自分なりの犯罪類型化を行い、被害者分析に基づく被害回避のための啓発活動、エリア別犯罪分析に基づく防犯対策のあり方についての論文を作成した。マーク先生はすぐに論文を読んでくれて、長官に提言すると言ってくれた。


 行政学については、マーク先生にお願いして、実際の行政手続きを見学・体験させてもらった。そこでの体験を通じて、より具体的なイメージを持ちながら習得することができた。


 来月行われる卒業試験の受験許可はすでにもらっている。

 武術の実技試験は一足先に先日行われ、文句なしの合格ということだった。


 これまでは体が無意識に動いているという感覚だったが、武術の講義と実践訓練を通じて、体をどう動かすべきかの理屈がわかるようになったことで、自分の意志で動かしている感覚が生まれた。


 筆記試験当日は、珍しく雪が降った。試験に落ちれば将来の夢をあきらめなければならない者も出てくるだろう。試験を受ける者たちの様々な思いが空気を凝結させ、雪を降らせたのかもしれない。


 リアムの心は落ち着いていた。結果がどうであれ、最善を尽くし、やるだけやったという思いがある。



 3日後の試験結果発表。

 フレアもみんなも一緒に行きたいとうことだったが、みんなには自分から報告するからと言い伏せて一人でやって来た。


 リアムは、マーク先生の部屋の前に立つと、軽く深呼吸してドアをノックした。


「入り給え」


「失礼いたします」


「リアム君。おめでとう。合格だ」


「合格、ですか・・・・・・」


 合格という言葉を告げられた瞬間、張り詰めていた緊張の糸が切れ、心の重荷が解き放たれた安堵感が、波のように全身をめぐり始めた。


「ああ、合格だ。まさかたった3か月で合格するとはね。しかも4科目ともトップの成績だ。本当によくがんばったな。君には本当に驚かされるよ」


「自分なりではありますが出来ることをすべてやり切りました」


「しばらくはゆっくりするといい」


「はい。マーク先生、これまで大変お世話になりました。ありがとうございました」


 リアムは深々と頭をさげると部屋から退出した。


 帰路につくと、徐々に実感がわいてきた。張り詰めていた心身が一気に弛緩していくのがわかる。体がいつもより軽くなったように感じる。


 これまでに経験したことがない達成感。心躍るような喜びと形容しがたい幸福感が全身から湧き上がってきた。


「ただいま」


 そう言って玄関のドアを勢いよく開けると、食卓に座っていたみんなの視線が一斉に自分に向けられた。


「みなさんのおかげで合格しました!」


 フレアの表情がみるみると変わっていくのがはっきりと見えた。

 ぱっと見開かれた愛らしい瞳と、やさしく上がった口角。艶やかな唇がほんの少しほころんだかと思うと、満面の笑みとともに声が響いた。


「やったー」


「リアムやったな」


「おめでとう」


「よかったー」


 みんなの言葉から温かい思いや喜びがじんわりと伝わってくる。何か熱いものが込み上げてきて、目頭が熱くなってきた。心が震えるような感覚だった。


 何かに挑戦し、必死の思いでやりぬいて、その結果を仲間が喜んでくれている。とても幸せな瞬間だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。