第27話
まだ宿には誰も戻っていなかった。リアムは持ち帰った書籍を早速読み始めることにした。
まずは道学からだ。
道学とは、人としてのあり方を学ぶこと。
志を立て、学問に励み、自らの人格と能力を磨き、人として進化・向上し続ける。
精進と努力を楽しみ、そうやって得たものを活用して周りの人々や社会全体の幸せに役立てる。
学びとは体験である。そして、挑戦なくして体験はなく学びもない。苦難は自らの成長の糧であり、挫折とは自らを脱皮させるための転機となる。ゆえに、常に新しいことに挑戦し続けることが肝要である。
たとえ失敗、孤独、困窮、災い、悩み、苦しみ、悲しみに遭遇したとしても、また、周りから誤解や中傷を受けたり、理不尽な目に遭わされることがあったとしても、そうした艱難辛苦から逃げずに向き合う。
自らを磨き成長させるための糧であると自分に言い聞かせ、耐えたり嫌がったりする心ではなく、自分自身が進化していく喜びと感謝の心で乗り越えて行く。そうすれば自分の心を幸せにすることができる。
道に生きる者は、生死や世の毀誉褒貶を越えて、不運にあっても動ずることなく、幸運にあっても怠り奢ってはならない。
これは、確か以前に、前世のバルカさんが言っていたことと似ている。
道学を学んでいるかいないかで、人生がまるで違うものになってしまう。
学ぶことの大切さを再認識させられた。
リアムは道学の本をざっと斜め読みした後、法律学、犯罪学、行政学の書籍についてもざっくりと内容を確認していった。
初見では手に負えないという印象はなく、いかに効率よく理解して覚えていくかがポイントのように思えた。
行政手続きについては、以前ヘルペス一味を捕まえた後のベルクさんとのやり取りが頭にあったのでイメージがわきやすかった。
これならなんとかやっていけそうだ。
夕方になってみんなが宿に戻ってきた。リアムの入学祝いと引っ越し祝いを兼ねて、街で評判の食堂に行くことになった。
食堂で案内された丸テーブルに腰を下ろすと、間髪置かずにベンが周りのテーブル上にある食べ物を指さして、興奮気味に口から唾を飛ばしながらぶつぶつ言っている。
「あれとあれがうまそうだぞ」
それをルカが確認して手際よく注文している。
注文したビールと果実水がテーブルに運ばれると、ノアは素早くビールを右手で掲げた。
「それでは我々6人の王都ペレスでの新生活、そして、リアムの専門学院入学を祝って、カンパーイ」
「カンパーイ」
まずは食欲を満たそうということで、みんな目の前のご馳走に集中している。
「うまい」
「おいしーい」
「うまっ」
「最高」
みんなのうれしそうな顔を見ていると自分もうれしくなる。
新しい家族か・・・・・・。本当に幸せだなぁ。
何かあたたかいものがゆっくりと全身に広がっていくのを感じる。
「ところで、ノアさん、家は見つかったんですか?」
「あのな、リアム、もう敬語は止めにしないか。俺たち家族みたいなもんなんだからさ。これからお互い名前は呼び捨てにする。いいよな。みんな」
「もちろん」
「わかりました。お言葉に甘えてそうさせていただきます」
「なんか、まだ堅苦しいな」
口の中に目いっぱいの食べ物を詰め込みながらしゃべっている器用なベン。
「でね、家はいいところが見つかったよ。ペレスには以前1か月ほど滞在したことがあってさ。そのときの伝手で紹介してもらった。場所は街の中心からは少し離れるけど、家賃はその分お値打ちでさ。リビングダイニングキッチンがあって、他に部屋が2つで・・・・・・」
フレアが割って入ってきた。
「それでね、部屋割りをどうするかっていうのを相談しなきゃいけないんだけど・・・・・・」
リアムはフレアが真っ赤な顔をして恥ずかしそうに目を合わせてきたことに気づくと、
「そ、そ、それは、やっぱり、男部屋と女部屋じゃないかな」
「そ、そ、そうだよねえ・・・・・・」
フレアが頬を赤くしてうつむいた。
結婚は母の喪が明けてからだから、まだ1年近く先になる。今はしっかりけじめをつけないと。
「まあ、今のところはそういうことにしておこうか。明日は大掃除して、明後日は家具を探して、その翌日引っ越しだ」
ルカは少し落ち込んでいるフレアを気遣いながら話をまとめた。
「ところでさ、リアムはどうだったの?」
ノアが話題を変えてくれた。リアムは今日あったことを時系列に説明していった。
「なんか大変そうだね。当面の生活費は俺たちに任せてリアムは勉強に集中してくれよ」
ノアがそう言うと、
「申し訳ないです。家を売った蓄えがありますので、それを生活費の足しにしてください」
「まあ、みんなで助け合えばなんとでもなるよ。心配すんな」
ベンが口から食べ物をまき散らしながら男気を見せている。
「みなさんはどこで働こうと思ってるんですか?」
「そのことなんだけどさ、俺たち3人はこれまでいろいろな国で大道芸をやってきたし、例の赤いもの商売もある。カリンとフレアにも手伝ってもらってしばらくはそれでしのごうと思っている。落ち着いたらその先の仕事を考えるよ」
「なるほど。当面は生活基盤づくりということですね。みんなで力を合わせてがんばっていきましょう」
翌朝、リアムは、昨日学んだことを思い起こし、それを口に出してぶつぶつ言いながら、専門学院に向かった。
「マーク先生、おはようございます。今日もどうぞよろしくお願いいたします」
「おはよう。早速だが、何か質問はあるかな。昨日の今日だからあまり勉強する時間もなかったと思うけど」
「書籍にざっと目を通して、どうやって勉強するのが効果的かつ効率的かを考えてみました。まずは詳細の理解や暗記に入る前に、各科目の概要や重要ポイントを理解するところから始めようと思っています。今日は、先生に過去の卒業試験問題の概要とそれぞれの勉強のポイントをご教示いただければと考えています」
「おう、わかった」
マーク先生はリアムの発言に驚嘆しているような表情だった。
「ありがとうございます」
「それじゃあ、今日は道学、明日は法律学、明後日は犯罪学、その翌日は行政学についてやることにする」
「はい。よろしくお願いいたします」
リアムは午前中の2時間の授業を終えると、昼食を腹八分目で済ませ、午後の武術稽古に備えてストレッチを始めた。ストレッチをしながら、今日の授業を振り返った。
試験をパスするためには約8割正解が必要だった。過去の試験問題を見る限り、道学は大丈夫そうだ。
しかし、法律学、犯罪学、行政学は、記憶しなければならない情報量が相当多いとマーク先生が言っていた。
まあ、あまり先のことを心配しても仕方がない。今は武術稽古に集中しよう。
「ダレン先生、よろしくお願い致します」
「今日からしばらくは剣術の稽古だ。これまで剣術を学んだことはあるか?」
ダレン先生は練習用の木刀を手渡しながら聞いてきた。
「ありません。剣は1、2度使ったことはありますけど」
ダレン先生は信用ならないなとでもいうような表情で
「わかった。それではまず構えてみろ」
そう言うと同時に剣を右上から左下へと打ち下ろしてきた。リアムは反射的に剣先を動かし、その一撃を受け流した。
「よくかわしたな。君は本当に未経験者か?どうも信用できん」
「はぁ、そう言われましても・・・・・・。体が勝手に動いてしまって」
「今日からしばらくは、剣術の基本動作と間合いのとり方について講義と実践を交互に繰り返していくからそのつもりで」
「はい」
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ダレンは稽古を終えるとその足でマーク先生のところに向かった。
「マーク先生。リアムという生徒は一体何者なんですか。武術のセンスが只者ではないですよ。本人は未経験と言い張っていますが、ほとんど熟練のレベルですね。あれは・・・・・・」
「そうなんですか。実は勉強の方のセンスもありそうです。学舎での5年間以外勉強したことがないと言っていますが、論理力、理解力はかなりあるように思います」
「特別推薦に値する実力を持っているということでしょうか」
「まあ、そういうことなんでしょうが、この逸材を磨いて育てる責任が我々にあるということでもありますね」
「そうですね。人は、良き師との出会いでさらに大きく成長していくことができますから」
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