第26話
アドリア国の王都ペレスには城壁が一切ない。
王都の北はレタリア湖に面しており、西と南は王都を囲い込むように屹立するピエル山脈が要害の役割を果たしていた。
一方で、王都の東は広く開けており、増え続ける人口を収容するための開発が行われていた。王都の規模は今もなお拡大し続けているのだ。
巨大な街の中心に王城を構え、その周囲に、宰相府、国防省、公安省、産業省、国民省、国土省などの行政府の建物が立ち並んでいる。
宰相府の役割は、目指すべき国家像を描き、その実現に向けた基本方針、ならびに、外交・安全保障方針、経済・財政方針を立案することである。そして、各行政部門はこれらの方針に沿って具体的な政策を立案・実行していくことになる。
国防省は外敵から国民の生命と財産を守り、公安省は犯罪者から国民の生命と財産を守ることを役割としている。
産業省は、農業、工業、商業の発展を促進し、国民の生活をより豊かにしていくこと、国民省は、国民の教育、医療、福祉を充実させていくこと、国土省は産業を発展させ国民生活を豊かにするために必要となる社会インフラ整備を行う役割を担っている。
昨日の夕方に王都ペレスに到着し、今はみんな揃って宿の食堂で朝食中だ。
「このあと私は公安省に挨拶に行く予定ですが、みなさんはどうされますか?」
リアムが会話の口火を切った。
「俺たちはみんなで住む家を探しに行こうかな。どう思う?」
ノアが食卓を囲む一人ひとりの顔を見ながら問いかけた。
「賛成」
フレアが満面の笑みで答えると、みんなもつられてうれしそうに頷いている。
リアムは宿で公安省までの道順を教えてもらい、ベルクさんから預かった推薦状を持って宿を出た。
行き交う人たちの身なりや街並みを観察しながらゆっくりと歩を進め、30分ほどで公安省の受付に到着した。
「あの、すいません。私はリアムと申します。トポスのベルク司令官からの推薦状を預かっています。担当の方にお会いしたいので、取次ぎをお願いいたします」
リアムは鞄から推薦状を取り出し、受付の女性に手渡した。
「少々お待ちください」
受付の女性はそう言って席を外し、ほどなくして戻ってくるとリアムを部屋まで案内してくれた。
「こちらの部屋になります」
女性はドアをノックして開くとリアムを中へと促した。
「失礼いたします」
中を見渡すと、執務用の机と椅子、そして、大きな楕円のテーブルと豪奢なひじ掛け椅子が目に入った。テーブルには2人の紳士が着席している。
「座り給え」
「はい。リアムと申します」
そう挨拶するとリアムは席に腰を下ろした。
「公安省長官のカーネルだ。話はベルク司令官から聞いている。長官として改めて御礼の言葉を言わせてほしい。リアム君、ありがとう」
カーネルは立ち上がると頭を深々と下げた。
「カーネル長官、どうか頭をお上げください」
「君の勇気と行動力はたいしたものだとベルクが賞賛していたよ。たとえ公安職員であってもなかなかできることではないとね」
「恐縮です」
「さて、君の今後についてなんだが、通常の場合、公安省で働くためには専門学院で3年間勉強し、卒業試験に合格する必要がある。君の場合は特別推薦というかたちで入省してもらうことになるわけだが、特別推薦であっても実務に就いてもらう前に、卒業試験合格レベルの能力を身に着けてもらうことが条件となる。とは言っても、公安省での仕事に最低限必要なものに絞るつもりだ。ここまではいいかね?」
「はい」
「具体的には、道学、法律学、犯罪学、行政学、武術の5科目だ。商学、政治学、医学、歴史学、地学などは入省後に必要に応じて学べばいい。早速今日から個別授業を受けてもらう。なお、卒業試験は君の実力がつき次第実施することにする。合格には最低でも1年はかかるだろう。現3年生の卒業試験が3か月後に実施されるので、練習のつもりで君も受けるといい。今後勉強していく上で参考になるはずだ。詳細については後ほど君の担当官となるマークから説明してもらう。以上だ」
カーネル長官は右隣に着席していた30代前半くらいの若者をちらりと一瞥して会話を終えた。
マークさんとともに部屋を退出すると、別の部屋に案内された。
「マークだ。よろしく」
「はい。よろしくお願いいたします」
「それでは、早速5科目の概要と今後のスケジュールについて説明しよう」
「はい」
「まず、道学とは何かということだが、これは国家として大切にしている理念のことだ。国としてのあり方、国民としてのあり方についての基本的な考え方となる。我が国の法律はこの考え方に沿って作られている。我々公安省の主な役割は、この道学と法律に基づき、国民の生命と財産を犯罪者から守ることだ。その役割を果たすために、過去の犯罪事例を学び、自分と国民を守るための武術を習得し、犯罪者を行政手続きにのっとって処分していく必要がある。こういった理由で、道学、法律学、犯罪学、武術、行政学の5科目を勉強してもらう。ここまではいいかな?」
「はい」
「君には通常の専門学院生とは別の特別なカリキュラムをつくってある。具体的には、これから渡す書籍をすべて読んでもらう。読んだ箇所でわからないところについて、私に質問できる時間を毎日2時間つくることにする。質問がない場合は勉強したことを私に説明してもらう。卒業試験合格の実力がつくまではその繰り返しだ。武術の稽古は毎日1時間。従って、君が拘束されるのは1日あたり3時間で、残りの時間は君の裁量で自由に勉強してもらえばいい。見方を変えると君の学校生活はきわめて孤独なものとなるということだ。脅すわけではないが、孤独に負けて自己管理できなくなれば、いつまでも卒業できないという可能性もある。やり遂げるには相応の覚悟が必要ということだ。私からは以上だ。何か質問は?」
「はい。武術はどのようなことを学ぶのでしょうか」
「剣術、創術、弓術、柔術の4つだ。武術の講師はこの後紹介する」
リアムはマークさんとともに、武道場に向かった。武道場では同年代と思われる若者たち数十名が2人一組で対戦練習をしていた。
「今日の練習はここまで。各自ストレッチ後に解散」
学生たちに指示を出していた20代後半くらいの男がこちらを一瞥すると、小走りでやってきた。
「ダレン先生。こちらが例のリアム君です」
「リアムと申します。よろしくお願いいたします」
「ダレンだ。よろしく。ところで君は武術の経験はあるかい?」
「いえ、ありません」
リアムがそう返答した刹那、ダレンさんは素早くリアムの後方にまわり右腕でリアムの首を締め上げてきた。リアムは咄嗟に両手でその腕をつかむと、自らの両足を浮かせ、全体重をかけてぶら下がり、勢いをつけて、足の甲を踏みつけた。そして、左ひじを脇腹に打ち込んだ。
「いてててっ」
「すっ、すいません」
リアムはダレンさんの体からすっと離れた。
「油断していたとは言え、一本取られたよ」
マークさんは何が起こったのか理解できてないようで唖然とした様子だ。
「かなりの腕前だね。本当は何かやってたんだろ?」
「いや、すいません。体が勝手に動いてしまって。本当にやったことないんです。ときどき、こんな感じで体が勝手に動いてしまうことはあるのですが・・・・・・」
「・・・・・・」
2人とも黙り込んでしまった。
「まぁ、ともかく、明日から稽古をつけるので、稽古用の服を準備しておくように。剣や槍や弓などの武具はこちらで準備する。以上だ」
「はい。よろしくお願いいたします」
リアムは頭を深く下げて、公安省を後にした。
宿への道すがら、リアムは先ほどのことを思い起こしていた。
またしても体が勝手に動いてしまった。何か前世と関係あるんだろうか?まぁ、考えたところで仕方ないけど。
それよりもこれから毎日ひとりで勉強か・・・・・・。いやいや、そんな覚悟じゃ何も得られない。リアムは気持ちを切り替えると、帰路を急いだ。




