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第24話

 ******

 今度こそカリンに会えるかもしれない。ルカの脳裏に2年前の情景が再生された。カリンは仕事からの帰宅中に忽然と姿を消した。


 ルカは父と母とともに、心当たりがあるところをすべて探し回ったが、失意に打ちのめされて泣きじゃくる母を背におぶって、カリンのいない家へと帰る他なかった。


 ほどなくして父と母は流行り病でこの世を去った。そして、ノアとベンが一緒に街を出てカリンを探してくれることになった。


 あれから2年、数えきれないほどの街を訪れた。何の手がかりもないまま、奴隷身分の女性を片っ端から探し続けた。


 何度も期待を裏切られ、ルカの中で膨らむあきらめの気持ちと必死に戦った。しかし、今度こそカリンに会えるのではないか。そんな気がする。


 バルトの時計台に到着したのは翌々日の15時頃だった。川沿いの道を先導するリアムに目をやると、リアムがオレンジ色の屋根の家を指さしていた。

 ******



 ******

「マリー、また明日ね」


「うん、じゃあね、ミリア」


 ミリアに別れを告げるとカリンは監視役の男とともに馬車に乗った。カリンはこの国ではマリーと名乗っている。新しい名前を自分で決めるように言われたのだ。フェンネルに来てもうすぐ2年になる。


 仕事の帰り道で突然馬車の荷台に連れ込まれた。そのままエルドランに連れていかれ、奴隷として売られた。


 若い女性が奴隷として売られるとどうなるのか、カリンは理解していた。実際に自分がそうなることを想像し、恐怖で震えが止まらなかったことを今でもよく覚えている。


 しかし、これまでの2年間は幸運にもそういう状況になっていなかった。カリンの買主がフェンネルの諜報員養成組織だったからだ。


 諜報員として養成された後、アドリア王都ペレスに送り込まれることになる。そして、フェンネルの命令通りに従う諜報員になるために。


 そうしなければ自分だけでなく家族も殺されてしまう。だから逃げることは出来ず、言われるがまま訓練を受けてきた。


「明日からいよいよ最終課程だ。女を武器にして男を操り情報を得るための訓練だ。これに合格すればすべての訓練はすべて終了だ」


 教官の声が頭から離れない。受け入れがたい自分のみじめな姿を想像し、これまでの決意が揺らぎ始めた。


 目じりから大粒の涙がこぼれ落ちているのが自分でもわかった。自分が犠牲になれば、お父さん、お母さん、ルカ兄さんは助かる、そう思ってきた。


 でも、家族と一緒にどこかに逃げることが出来たら・・・・・・。

 逃げるとすれば今夜しかない。

 ******



 ******

 二手に分かれて屋敷の周囲を探索していると、屋敷の敷地に入っていく馬車と遭遇した。木陰に隠れて様子をうかがう。最初に大男が馬車から降り、そのあとに若い女性が姿を現した。


 ルカの心臓の鼓動が一気に高まった。まぎれもなくカリンだった。ルカは驚きとうれしさで頬が紅潮するのを感じた。右肩に手が触れるのを感じて振り向いた。


「カリンですか?」


「ああ。うん。まさか、本当に・・・・・・」


「無事でよかったです」


「ノアたちに知らせてきてくれないか」


「わかりました。戻ってくるまで絶対に動かないでくださいね」


「ああ、わかってる」


 リアムがノアとベンを連れてルカのもとに戻ってきた。


「カリンが見つかって本当によかった」


 ノアの言葉にベンも涙ぐんでいる。


「ああ、みんな本当にありがとう」


「問題はどうやってカリンを救い出すかだけど・・・・・・」


 ノアが右手で顎をさすっている。


「ひとつ気になることがあります。夢の中ではカリンは大男に腕を掴まれていました。この大男をなんとかする必要があります」


「俺が倒す。任せろ」


 ベンの頼もしい言葉にルカが頷いた。


 4人はもう一度二手に別れ、一組は家の中の様子を伺い、もう一組は馬の番をしながら、あわただしく食事を済ませた。


 夜10時を過ぎたころ、屋敷から出てくる人影が見えた。幸運にも月明りに照らされてカリンの姿を確認できた。何人かの人影が平屋の建物の中に吸い込まれていく。間もなくしてほの白い光が窓から漏れてきた。


 おおよそ1時間経つと、ひとつ、またひとつと、窓から放たれていた淡い光が消えていった。そこからさらに2時間待って建物の前に移動した。


 ルカは肩からぶら下げた鞄から細い針金を取り出すと、布で覆ったランプの淡い灯りを頼りに瞬く間に開錠し、中へと入っていく。ノアもそれに続いた。ベンとリアムはドアを閉めて外で待機している。


 ルカは布で覆ったランプで周囲を確認し、すぐさま一番近くの部屋のドアの前に立った。ランプの光でドアと床がぼうっと浮かび上がってきた。ドア上部に質素なネームプレートが掛けてある。順番に見ていくと、リサ、マリー、マルシアと書かれていた。


 もう一つの部屋には何もなかった。カリンの名前はない。頭の中が一瞬真っ白になる。ルカは冷静さを取り戻すために大きく深呼吸をした。もしかしたら、カリンはこの国では違う名前を使っているのかもしれない。


 ルカは目をつぶり、カリンの姿を思い描こうとした。だけど、どうしても目元の部分が思い出せない。まるで霞がかっているかのようにぼんやりしている。ルカはカリンの記憶が薄れて消滅しつつあることに動揺したが、気を取り直して今度はカリンの声を思い出そうとした。


 カリンが誰かを呼んでいる。ルカははっと息を呑むと、マリーというネームプレートの部屋に向かった。マリーはカリンの親友の名前だった。


 ルカはそっとドアノブを開いて中に入り、灯りをベッドのほうに向けた。


「誰?」


 その声は震えていた。


「カリン。僕だよ。ルカだよ」


「ルカ兄さん?」


 ルカはベッドの脇に膝間づき、カリンの顔を覗き込んだ。記憶の奥底に沈みかけていたカリンの姿がほのかな灯りで照らし出された。


「本当にルカ兄さんなの?」


「ああ、そうだよ。カリンを助けに来た。さあ、すぐにここを出るよ」


「うん」


 カリンはベッドから起き上がると、急いで服を着た。鞄を肩から掛けると、右手でルカの手を握った。ノアが先頭を進み、そのあとをルカ、カリンが続く。


 玄関のドアをゆっくりと押し開いて外に出ようとした刹那。


「誰だ?」


 威圧感のある男の声だった。ドタドタと走る音が近づいてくる。男がまさに家の外へと一歩踏み出したとき、ベンは剣の平の面を男の頭を目掛けて振り下ろした。ところが、男はすばやい動きでよけてしまった。


 しかし、勢い余ってバランスを崩した男の脇腹にリアムの右こぶしがめり込んだ。その場に崩れ落ちた男の頭にベンは今度こそ剣をたたきこんだ。男は言葉にならない声を漏らして膝から崩れ落ちた。


 男を家の中に運び入れると、馬を隠してある場所に向かった。ルカはカリンを自分の馬に同乗させると、静かに走り出した。


 街の中心を貫く大街道にはところどころに街灯があるが、それ以外の道は月明りだけが頼りとなる。大街道に入るとすぐに馬に鞭を入れ、先を急ぐ。ほどなく城門に着いた。


 深夜・早朝の時間帯であってもこの城門だけは開いているのを事前に調べていた。


「通行証を見せろ」


 眠そうな顔をした門番はぶっきらぼうに言った。ルカ、ノア、ベン、リアムは首からぶら下げていた通行証を出して見せた。門番はカリンに近づいていく。カリンの緊張がルカの背中から伝わってきた。


「そういえば俺が預かっていたっけ」


 ルカはそう言って右ポケットから取り出して見せた。


「行っていいぞ」


 カリンの通行証は以前から準備しておいたものだった。


 城門を出ると、街道が月明りで照らされていた。これならなんとか走ることができる。あの男が目を覚ます頃には、フェンネル国外に出られるだろう。


 アドリアのトポスへは遠回りになるが、安全のためまずはデカント領内に最短ルートで入ることにしていた。デカントには半日もあれば着ける。2時間ほど馬を走らせた後、ルカは小川のほとりで馬を休ませることにした。


「カリン。ここまで来ればもう大丈夫だ」


 ルカはそう言いながら、カリンをやさしく抱擁した。カリンも両腕をルカの背中に回し、ルカの胸に顔をうずめている。


 ルカにとっては、カリンとの失われた時間を取り戻すための儀式のようなものだった。肩を震わせながらすすり泣くカリンをルカはやさしく受け止めた。


 カリンは落ち着きを取り戻すと顔を上げてルカの瞳の中を覗き込んだ。カリンの目元の雫が月明りを反射して美しい宝石のように輝いている。


 カリンは2年前の面影は残しつつも、身体的な成長や変化が著しかった。美しい大人の女性になっていた。ルカの体中に喜びの感情が満たされていく。


「ルカ兄さん、私を見つけてくれてありがとう」


「2年も待たせてごめんな」


「でも、どうして私の居場所がわかったの?」


「その話は長くなるから、後でゆっくり話すよ」


 ルカはそう言った後、カリンに、ノア、ベン、リアムを紹介した。



 トポスに戻る道中、ルカとカリンとの話は尽きなかった。この2年間でカリンに起こったことやルカがどう生きてきて、今回なぜカリンの場所がわかったのかについて、お互いむさぼるように相手の話に聞き入った。


 何度か休憩を挟みながら、デカントの国境に到着し、無事に入国すると、デカントを横断して最短距離でアドリアに向かった。途中で疲労の限界が来たため宿で休み、2日後の夕方にトポスの街に戻った。

 ******


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