第22話
フレアが順調に快復したのを見届けて、一度家に帰ることにした。外に出ようとドアを開けると、ノアとルカとベンが不安げな表情で立っていた。
「やあ、リアム。あの、フレアの具合はどうかな、と思ってさ」
「連絡できずすいませんでした。フレアはもう大丈夫だと思います」
「よかった~」
3人の安堵の声がじんわりと心に染み込んできた。
「リアム、もしよかったらこれから一緒に食事でもどうかな?いろいろ話したいことがあってね」
ノアの提案にノアもベンも深く頷いている。
「もちろんです。実は僕も腹ペコで」
市場の近くにある食堂で、それぞれの注文を終えると、ノアがおもむろに話し出した。
「例の3人組を公安に引き渡したんだけど、最初は誰も何もしゃべらなかった。でも、ベルクさんが最初にしゃべった奴だけ罪を軽くしてやると言ったら、すぐに我先にと白状したよ」
「結局のところ、奴らはカルベスという商人の手下だった。そして驚いたことに、公安職員のドルクという男がカルベスとヘルペスと繋がっていてね。今回の件はヘルペスがドルクを通じてカルベスにやらせたらしいんだ」
ルカが簡潔に説明してくれた。
「ベルクさんが手際よくドルクとカルベス一党を一網打尽にしてくれた。これでトポスが少しでも安全な街になることを願うよ」
ベンの願いにみんな深く頷いていた。
自分の顔がほころんでいるのがわかった。フレアがさらわれてからずっと気が休まらない日々が続いていた。母のことはまだ心の整理がつかないけど、フレアが元気になってリアムの心は久しぶりに晴れやかだった。
リアムは居住まいを正すと頭を下げた。
「みなさんには心から感謝しています。フレアを助けてくれて本当にありがとうございました」
「頭をあげてくれよ。俺たちだってリアムに助けられたんだから、お互いさまだよ」
ノアがリアムの肩にそっと手を置いた。
「そうだよ。それになんだかんだいって楽しかったしな」
ベンが照れくさそうに言う。
「ヘルペスの逮捕に協力したことで報奨金ももらえたしね。みんなで乾杯しよう」
ルカが葡萄酒のグラスを高く掲げた。
「乾杯」
張り詰めていた心がふっと解き放たれて、旺盛な食欲のままおいしいものを心ゆくまで頬張った。一段落つくと、フレアが全快したらみんなで豪華なお祝いの会をすることを約束して家路に着いた。
翌日、リアムは公安から呼び出しを受けた。
「ベルクさん、この度は大変お世話になりました。ヘルペス、カルベスともに捕まえていただき、これで安心して暮らすことができます」
「今回の件は君たちのおかげだよ。司令官がヘルペスに加担していたことは非常に残念だったし、街の人たちの信頼を失ってしまったけど、これから少しずつ信頼を取り戻していくつもりだ」
「はい。ベルクさんなら必ずできると思います」
「ありがとう。ところで、今日の用件なんだが、君に1つ提案があってね」
「提案?ですか」
「今回の件で、私は君の能力を高く評価しているんだ。もしよければ王都ペレスの公安省で働いてみないか。通常は王都の専門学院を卒業しないと公安省では働けないんだが、司令官の特別推薦があれば可能になるんだ。どうだろう?」
リアムは予想外の提案に一瞬言葉を失った。
「ええと、僕が公安省で働くということですか?」
「ああ、そうだよ。君なら公安省をより良い方向に変えてくれるんじゃないかとなと思ってね」
「ベルクさん、私のことをそこまでご評価いただきありがとうございます。でも、お返事は少し待っていただけますか」
「わかった。君も母上を亡くしたばかりだし、時間が必要なのは理解している」
「ありがとうございます」
「もうひとつ話があってね。報奨金のことは聞いているかい?」
「はい。昨日ルカから聞きました」
「報奨金はすでに準備が出来ているからいつでも持っていくといい。今日持っていくかね?」
「できれば、後日みんなと一緒に受取りたいです」
「わかった。それじゃあ返事を楽しみにしているよ」
リアムは頭を深々と下げると公安所を辞した。その足でフレアの家に向かう。少しづつ小走りになり、家に着くころにはほぼ全力で走っていた。フレアに早く会いたかった。
リアムがドアをたたくと、すぐにマチルダさんが開けてくれた。
「いらっしゃい、リアム」
「マチルダさん、こんにちは。フレアの具合はどうですか?」
「もうベッドから抜け出して、何でもやってるわよ」
「お邪魔します」
すぐにフレアが小走りでやってきた。
「リアム」
フレアはいきなり抱きつくと、そのままリアムの胸に顔を埋めた。
「フレアが元気になって本当によかった」
左手をフレアの背中にまわし、右手で頭をやさしくなでた。
「うん。これからもずっと一緒だよ、リアム」
マチルダさんは少し顔を赤くしてそそくさとその場を離れた。
「お茶を入れたわよ」
永遠に続くかと思われた抱擁も、マチルダの声によってようやく終わりを告げた。
「フレアの体調が元に戻ったら、ノアたちとお祝いの会をやろうと思っているんだけど、どうかな?」
「うん。とってもうれしい。私は明日でもいいよ」
「それはちょっと早いかな。来週にしよう」
「えー」
フレアは頬を膨らませてしぶしぶ承知した。
お祝いの会の当日、久しぶりに、リアム、フレア、ノア、ルカ、ベンの5人が揃った。まずは5人で公安に行って報奨金を受取り5等分した。最初、リアムとフレアは受取るのを辞退したが、ノアたちは承知しなかった。
「さあ、今日は飲んで食べて楽しみましょう!」
リアムがグラスを高く掲げるとみんなで唱和した。
「かんぱ~い」
この平和な日を取り戻すのにずいぶんと長い月日がかかったが、あっという間だった気もする。これまでの数多のシーンが走馬灯のように蘇ってきた。
フレアも最高の笑顔をしている。もちろんノア、ルカ、ベンも同じだった。その笑顔を見てリアムも最高に幸せな気分だった。
酒が入ったせいかベンが流暢に話をしている。これまでの旅での武勇伝だ。
「それはちょっと盛りすぎじゃないか?」
ノアが合いの手をいれたが、いつの間にかベンはいびきをかいて眠ってしまっていた。
「必ずカリンを取り戻す」
酔いが回っているせいかうつろな目をしたルカが独り言のように言った。
「カリンさんの居場所がわかるような情報はあるんですか?」
リアムはさらわれてからすでに2年が経っていたことを思い出すと、バカな質問をしたと後悔した。
「奴隷の売買が禁止されている国のデカント、キシリス、バンドラにいる可能性は低いと思う。奴隷が合法的に売買されている専制君主国のエルドラン、フェンネル、ガルディアのいずれかだと思う。自分が住んでいたサマルという街の商人が最も頻繁に交易していたのはエルドランとガルディアだった。だからこれまでその2国を中心に探してきた」
ルカは淡々と自分に言い聞かせるように話した。ルカは鞄から一枚の紙を取り出して開いて見せた。目鼻立ちが整っていて強い意志と凛々しさを感じる女性が描かれていた。
「これが妹のカリン。もう2年経つから今はもう少し大人っぽくなっていると思う。今年で19歳になる」
カリンの似顔絵を見ていると、胸の奥が締め付けられるように苦しくなった。フレアがさらわれたときのことが思い出されて、ルカの気持ちが痛いほどわかった。
カリンを取りも出すために自分にできることはないだろうか。
「リアム、フレア。実は、俺たち、また旅に出ることにした。今度こそカリンを必ず見つけ出すつもりだ」
ノアの決意がその表情に現われていた。
「せっかく仲良くなれたのに・・・・・・」
フレアが半泣き顔になっている。お祝い会の最後は少ししんみりとした雰囲気となってしまった。




