第18話
布を深くかぶって顔を隠したリアムとフレアは、周囲を警戒しながら足早に副司令官宅を目指した。
リアムはドアの前に立つと力強く3度ノックした。
音もなく開いたドアの向こうには、副司令官のベルクが驚愕の表情で立ち尽くしていた。これまでの調査で何度も外見を確認しているので間違いはない。
リアムとフレアは頭を覆い隠していた布を取り払った。
「本当に君たちだったんだね。よくぞ無事だった。さあ、入りなさい」
「ベルク副司令官は、僕たちを信じてくれるんですか?」
「正直、手紙を読んだときは半信半疑だった。だけど、こうして2人の顔を見たら信じないわけにはいかないさ。君たちのことは行方不明者リストの似顔絵を見て知っているからね。しかし、司令官が内通しているというのは今でも信じがたいがね」
「ベルクさん、ついさっき、ヘルペスの手下たちが、取引のため東門から出発しました。奴らは馬車なので、今すぐ出発すれば追いつけると思います。私の仲間が尾行しています。すぐに部下を連れて出発していただけないでしょうか。もしできれば私とフレアが乗る馬を1頭お貸しいただけないでしょうか」
「わかった。司令官に知られないように動く必要があったので、大勢の部下を動かすことはできないが、なんとか5人は確保している。すぐに出発しよう」
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ルカはベンとともに東門を抜け、馬に鞭を入れた。まもなくノアに追いつき横に並んだ。
「どうなってる?」
「特に動きはないよ。この先に道が分岐するところが何か所かある。例のものは持ってきているか?」
「もちろん。抜かりはないさ」
ベンの馬の背には小枝で作った矢印らしきものがたくさん括りつけられていた。
「公安が来るまではこの距離を保ってついていくぞ」
ノアは遥か前方に見える馬車から視線を逸らさずに静かに言った。
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リアムはフレアの体温を背中に感じながら、ベルクさんの部隊後方について道を急いだ。言葉を交わす者はなく、乾いた蹄の音だけが響いていた。
出発前、道の分岐があるところでは仲間が目印でわかるようにしているので、それに従って進むようにベルクさんに伝えていた。
目印に従って2時間ほど馬を走らせると、ようやくノアたちの姿が視界に入った。
ノアたちに合流すると、ベルクさんは馬を止めて、口を開いた。
「馬車に何人いるか知っているかい?」
「おそらく、御者が1人、荷台に2人だと思います」
ノアの声に緊張は感じられない。
「そういうことなら我々で馬車の前を塞いで停車させる。そして荷物を確認したうえで、奴らを捕まえる。君たちは少し離れたところで待機だ」
「わかりました」
リアムはそう返答したが、もし何かあれば参戦するつもりだった。ベルクさんが貸してくれた馬の背に短剣が装備されている。
リアムは剣術については全くの素人だ。訓練したことさえない。短剣で何ができるかわからないが、自分だけ安全なところで見物しているわけにはいかない。
ベンは剣術が得意で、2つの剣を両手で持って戦うスタイルらしい。ノアとルカは野盗を追い払える程度の腕前だと言っていた。ルカは背中に弓と矢を背負っているが、実際に弓を射っている姿を見たことはなかった。
リアムたちは少し距離をとってベルクたちの右斜め後方についていた。
いよいよ公安が馬車の前に飛び出し、まさにその進路を塞ごうとしたとき、馬車を先導するように馬を走らせている男たちの姿がリアムの視界に入ってきた。
ベルクさんたちは予定が狂って少しまごついているようだったが、なんとか馬車の前に入り込み、馬車の進行を止めた。
そして、公安であることを名乗ると、馬車にいる者には馬車から降りること、騎乗している3人には下馬するように要求した。
すると、騎乗していた者たちは言葉を発することなく鞘から剣を抜くと躊躇なく切りかかってきた。ベルクさんの部下3人がそれぞれ剣を交えた。剣と剣がぶつかり合う金属音が鳴り響く。
他の部下2人は下馬して御者を馬車から引きずり下ろした。その刹那、荷台から2人の男が現れた。少女の首にナイフがあてられていた。
「剣を捨てろ。捨てなければこの女を殺す。早くしろ」
リアムにもはっきりと聞こえた。ライアンの声だった。
ベルクさんは無言のまま馬上で硬直しているようだった。
「どうした、剣を捨てろと言っている」
リアムは考える前に行動を起こしていた。自馬を馬車の真後ろにつけると、短剣を右手に握った。
「ぐうぇ」
ライアンが声にならない声を発した。右手に持っていたナイフがその手から滑り落ちた。
リアムはライアンの右肩から抜いた短剣で、状況を飲み込めず唖然としているジェイクの太ももを突き刺した。そして、間髪入れず、引き抜いた短剣の平らな面をライアンとジェイクの頭にしたたかに打ち下ろした。
二人とも両ひざをついて突っ伏した。気を失ったようだった。リアムはすぐに少女を抱えて、馬車後方から飛び降りた。ルカが少女を受取り、馬に乗せて、その場から素早く離脱した。
「リアム、ケガはない?」
フレアが心配そうな顔でリアムを見つめている。
「ああ、大丈夫。後は公安に任せて、少し後方に下がろう」
リアムは馬の背に跨った。
しばらくすると、ベルクさんがこちらに馬を走らせてきた。
「全員捕まえて縄で縛りあげた。もう大丈夫だ」
「ありがとうございます。ベルクさん」
リアムは心から御礼を言った。
「いやいや、君のおかげだ。しかし、すごい動きだったね。何か武術でもやっているのかね?」
「いえ。特に。あの少女がフレアと重なって見えて、無我夢中でした」
「本当によくやってくれた。ありがとう」
リアムたちと公安の一行は、縛り上げた6人を馬車に乗せ、馬車を囲むように隊列を組んでトポスの街に向かった。
「なあ、リアム、この前のクマのことと言い、今回の件と言い、君はいったい何者なんだ?」
ノアはなんとも不思議そうな顔をしている。
「いや本当に自分でもわからないんです。体が勝手に動くというか、なんというか・・・・・・」
「だとすれば、リアムは生まれながらの武人だな。俺と同じにおいがする」
ベンは自分のにおいを嗅いでいた。
「そういうことじゃないだろ。ベン。まあ、今回も全員無事でよかった」
ルカは同乗している少女に目をやった。
「ああ。あとはヘルペスを牢屋にぶちこむだけだ」
ノアの言葉にみんな頷いた。
フレアが汗ばんだ背中に顔を埋め、腰のまわりに巻き付けた腕にぎゅっと力を込めている。
「もし、リアムに何かあったら私は生きていけないから。約束して。もう絶対に無茶しないって」
小さな声だったが、強い思いを感じる口調だった。
「うん。わかった。約束するよ」
「本当に約束だからね。もし破ったらこうするんだから」
フレアはそう言うと、リアムの腰と脇をくすぐり始めた。
「ちょっと待って。約束するから。降参」
周りのみんなもそれを見て笑い出した。フレアもいつの間にか笑顔になっていた。




