第12話
赤イモパンはますます評判になり、用意した300個はいつも午前中には売れ切れてしまう。
ノア、ルカ、ベンが協力してくれたおかげで、赤イモは今のところ必要量を十分に確保できているけど、今の働き手だけではこれが限界だった。
ノア、ルカ、ベンたちも、時間借りした石窯で赤イモを焼いて、それを昼時に市場の一角で売り出した。
最初は全く見向きもされなかったようだけど、試食を始めてからは行列ができるほどになったらしい。
今では店頭に並べるそばからどんどん売れていき、用意した赤イモはあっという間になくなってしまったということだった。
リアムは赤イモ用の保管庫を手配して備蓄を進めた。これで2,3カ月間は困らないだろう。
しかし、その後どうするかを考えておかないと。やはり栽培してもらえる農家を早いところ探す必要がありそうだ。
リアムとフレアがパン屋で働き始めて半年が過ぎようとしていた。赤イモパンのおかげで店は大繁盛して、リアムとフレアの給金も増えた。
公衆浴場に行って食事を済ませた後、リアムはランプの明かりで、アルベルトさんに借りてきてもらった本を読んでいた。
「リアム、今話かけてもいい?」
「うん。いいよ」
「私ね、今、毎日がとても幸せ。おいしいパンを作って、こうして毎日リアムと一緒にいられて。でもこの幸せはこれからもずっと続くのかな?」
「あの男たちに見つかるかもしれないってこと?」
「うん。またさらわれてこの幸せを失うかもしれないって思うと、とても怖いの」
これまでは運が味方してくれていたけど、これからもそうだとは限らない。知らず知らずのうちに現実から目を背けていたのかもしれない。
「フレアは必ず僕が守る。これからもいつも一緒だよ」
そう言うとリアムはフレアを抱きしめた。
「これからもずっと逃げ続けないといけないんだね。わたしたち」
「今はそうするしかないけど・・・・・・。必ず家に帰れるようにするからね」
「うん。でも私はリアムと一緒ならどこにいても幸せだよ」
無言の抱擁がしばらく続いた。
「今日はもう寝よう」
「うん。お休みなさい」
フレアの不安な気持ちは痛いほどわかる。もしフレアと引き離されたら、もしフレアが奴隷として売られてしまったら、そう想像するだけで頭がどうにかなりそうだった。
クヌム神様、どうかフレアをお守りください。そしてフレアを幸せにしていただけますように。リアムは何度も何度もそう祈りながら眠りに落ちていった。
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「兄貴、あの女、このパン屋で働いていました」
「間違いないのか?」
「評判の美人がいるって聞いたんで、何人かの客にも話を聞いてみたんですが、あの女の特徴にぴったりでした」
「そうか。よくやった。奴らの仕事が終わるのを待って、店からの帰り道でやるぞ」
「わかりました。店は15時くらいには終わるそうです」
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リアムははっと目を見開いた。額にびっしょりと汗をかいていた。
夢か? 現実でなくてよかった。
そう一瞬思ったが、すぐにこれが現実を予知した夢であることを直感した。
ここに来たばかりのとき、自分の前世の魂であるバルカさんと”対話”したことがあった。そのときに、予知夢について聞いたことを思い出した。
とうとうこの日がやってきてしまった。やはり、あの男たちは諦めていなかったのだ。もしかしたら諦めてくれるのではないかと淡い期待をしていたのに。
もうここにいられない。絶対にフレアを守る。そのためにどうすべきか?
今すぐ決断しなければならない。リアムは頭をフル回転させた。
フレアを守る策を必死で考えていると、ふいに見たことがない光景が明瞭な映像となって頭の中に浮かんできた。おそらくは自分の前世の記憶なのだろう。
前世の自分を強く意識したせいだろうか。頭の中に突然、言葉の塊が飛び込んできた。
「思い出したのか?」
「はい。まだ断片的ではありますが・・・・・・」
「前世の記憶は、今世で魂を磨いていく上で邪魔となる。しかし、思い出したのであれば、それを吉に変えていくほかあるまい」
「私は前世のことより今の自分とフレアを大切にしたいです。だから前世の記憶はできるだけ意識しないようにするつもりです」
「そうか。しかし、前世のことを思い出したのならば、前世で得た知識、能力は自ずと出てきてしまう。例えば、私が得意としていた武術などは少し練習すれば、前世の勘がすぐに戻ってくるはずだ」
思い当たることがあった。竹でクマを倒したり、赤イモが食べられることを知っていたり。
「でも、今を生きているのは私ですので、前世については極力考えないようにしたいです」
「それでよい」
フレアがさらわれた日から、リアムはずっと考えていたことがあった。もしかしたらバルクさんならわかるかもしれない。
「お聞きしたいことがあります。フレアは9歳のとき、両親を病気でなくしました。それでも前向きに明るく生きてきました。周りの人にいつも優しく親切にしていました。
それなのに人さらいにあって、奴隷として売られてしまうところでした。そして今も追われています。なぜ、こんなに辛く苦しいことばかり起こるのでしょうか?」
「人が生まれ変わり死に変わりすることの目的は、魂を磨き、自分自身を成長・進化させること。以前そう話したことは覚えているか?」
「はい。覚えています」
「生まれ変わり死に変わりする中で、人は必ず神が作った理に従わなければならない。
そのひとつが因果の理である。簡単に言うと、自分の身に起こることの原因はすべて自分が作っているということ。過去の自分の行いの結果が、現在と未来の自分に返ってくるということだ。
この過去の自分の行いとは、今世はもちろん前世の自分の行いも含まれている。人は誰でも思いかけず過ちを犯すことがある。罪を犯したものはいつか必ずその報いを受けることになる。それは今世かもしれないし来世かもしれない。
私自身も多くの人を救ったが、そのために苦しめてしまった人も多い。だから、今世のそなたからすれば理不尽かもしれないが、前世の自分が犯した罪の報いを受けることもあるのだ。
しかし大事なことはその辛くて苦しいことや葛藤を自分の成長・進化の糧にしていけるかどうかなのだ。それらを試練として受け取り乗り越えることで、人はよりいっそう磨かれていくのだ」
生まれ変わり死に変わりしながら、何千年、何万年と生きていくということが本当ならば、辻褄が合う話のように思えた。
「つまり、フレアや自分が前世で原因を作ったということですね。今のフレアを見ている限り、前世でそんなにひどいことをしたようには思えないのですが・・・・・・」
「誰かを救い善をなすために、誰かを苦しめ傷つけてしまうようなことがあったかもしれん。
何かを改革して世の中を良くしていこうとしたり、戦で仲間を守ろうとしたり、社会や人の役に立とうと思えば、同時に誰かを苦しめ傷つけてしまうことだってある。
フレアが実際に何をやったかは私にもわからない。ただ、重要なことは過去のことを嘆き後悔するのではなく、今直面していることを自分の成長・進化のための糧とすることだ」
「わかりました。今の状況を嘆くのではなく、自分を成長・進化させていくために前向きに乗り越えていきたいと思います。どうもありがとうございました」
リアムはフレアを守るため、逃げずに戦うことを決意した。
いままでは、自分たちの居場所が知られるかもしれない、母を危険にさらすかもしれない、そう思って母にさえ何の連絡もしなかった。
このまま一生隠れて暮らすことはできないし、母を独りにしておくことはできない。それに、人さらいの犠牲者をこれ以上増やしてはならない。必ずヘルペスとその手下を公安に捕まえてもらう。
リアムは当面の行動についてある程度考えをまとめると、フレアを起こした。
「フレア、起きて」
「う~ん。リアム、おはよう。もう朝?」
「まだ起きる時間にはちょっと早いけど、大事な話があるんだ」
リアムは前世の話はせずに、予知夢のことだけを話した。デントスの森で見た夢のこと、そして、今日の夢のこと。フレアは素直にリアムのいうことを信じたようだった。
「それでこれからどうするの?」
「奴らが今日やってくるのか、明日やってくるのか、わからない。これからジョバンヌさんとみんなに事情を話そうと思う。昨日の夕方、男たちをこの近辺で見たことにして、すぐに荷物を持ってノアたちの家に行くことにする。すぐに出発の準備をしよう」
「うん。わかった」
これまで買いそろえた生活品や服を大きな布でくるんで縛った。
仕事が始まる時間になると、アルベルトさんと一緒にジョバンヌさんのところに行き、事情を説明し、これまでのお礼とお別れを伝えた。
「リアム、フレア、君たちがいなくなるのはとても辛くて悲しい。これまで本当によくやってくれた。ありがとう。ちょっと待っててくれるかい」
ジョバンヌさんは目に涙を浮かべながらそう言って席を外し、まもなく、エリサさんとアリサさんを伴って戻ってきた。
「リアム、フレア・・・・・・」
アリサさんは泣き崩れて言葉を続けることができなかった。
「今はどこかに隠れたほうがいいかもしれないけど、またいつでも戻ってらっしゃい」
エリサさんはリアムとフレアの手を握って言った。
「本当にお世話になりました。僕たちもみなさんと一緒にいたかったです。でも、フレアを守ることが一番大切なことなんです。ごめんなさい」
「いいのよ。リアム。また会える日がくるわ」
「必ずまた会いに来ます」
「これを持っていきなさい」
ジョバンヌさんは布袋に入ったお金をリアムに渡した。
「こんなにたくさんいいんですか?」
「いいから持っていきなさい。これまでのお礼の気持ちだから」
「ジョバンヌさん、みなさん、この御恩は一生忘れません。みなさんお元気で」
リアムとフレアは深々とお辞儀をした。
玄関を出て周囲を注意深く確認すると、フレアの手を握り、わき目も振らず先を急いだ。




