第十六話 新しい弟
「連れてきました!」
侍女の一人が侍医を呼んできてくれたみたい。なんか侍医が息切れしてるみたいだけど、どんだけ走らせたの……。あー、まともに喋れなくてお水飲んでるじゃん。
うちの侍女がすみませんねーほんと、意味不明の事態が起きてるから許してください。
あ、やっと復活した侍医があたしを見て固まってしまったわ……。
「先生! しっかりしてください!」
ニーナに呼びかけられてハッと再起動した侍医は自身のほっぺをつまんだ。「痛い……夢じゃなかった」と言って、いつものしっかりとした顔つきに戻った。
ちなみにこの侍医はコアラ獣人だ。耳が特徴的で、可愛いなと密かに思っている。
「姫さま、失礼しますよ」
侍医がいつものように脈をとったり、熱を測ったり、目や舌を確認している。
「異常はないですね。この翼と額の紋様以外は……姫さま、翼に触りますよ」
翼を広げたり、根本を確認したり、動かしてみたりする。一通り確認したあと、侍医は難しい顔をして黙り込んでしまった。
ニーナが我慢できずに話しかける。
「先生、やはり姫さまの身に何か」
「いえ、立派な翼です。特に違和感もないし、正常に動きます。今まで見てきた中で一番美しく立派な翼ですよ。……ただ、後天的に翼が生えるなど聞いたことがなく、しかも姫さまは白虎族です。鳥族の特徴が出るなど、あり得るはずが……」
「……そうですか」
侍医もニーナも黙り込んでしまった。あたしも驚いたけど、身体に違和感ないし問題なく動くなら、いいんじゃないだろうか。よくないかな、よくないかも……。
もう一度自分の翼を見てみると、自分で言うのもあれだが、綺麗だった。
真っ白でふわふわしていて、ところどころ金色の羽毛がある。なんか神秘的だ。
でもこの金色の羽毛、なんか見たことあるような気がする……どこで見たんだっけ……。
「あっ!」
「いかがされました、姫さま」
夢の中で見たんだ! 鳥さんの羽毛にも金色があった!
もしかしてこの翼と関係がある……?
「あれはただの夢じゃなかったのかも……」
「夢……ですか?」
きっとあの綺麗な鳥さんは夢じゃない。夢じゃないとしたら、真っ黒な鳥さんを助けたのは、あたしの力なの……?
もし、もしあたしの力だとしたら!
振り返り、まだベッドで寝ているドラゴンを両手で抱き上げる。キュア……?と眠そうにしているドラゴンの体を見て、まだシミみたいなものがあるのを確認する。
昨日よりまた少し薄くなっているみたいだけど、まだ残っている。
夢の中みたいに上手くいくか分からないけど、やってみる価値はある!
綺麗になりますように。この子の本来の美しさが戻りますように。
心からの祈りを込めて、願う。
すると空中にブローチくらいの大きさの水玉が突然現れた。あたしも含めてその場にいた全員が息を呑んで見つめる。
水玉はゆっくりとドラゴンのシミがある場所に降りていき、ドラゴンに触れると雫型に変化した。
夢で見たように、蕾の形になり花開く。やっぱり蓮華のようだ。
シミがみるみるうちに消えて行き、水の蓮華が、光が散らばるようにキラキラと消えた頃には、シミひとつない美しい姿のドラゴンがいた。
『母さま。ありがとう』
突然声が聞こえてきてびっくりしたが、ドラゴンがこっちをしっかりと見ていたから、誰の声かすぐにわかった。
「あなた、話せるの?」
『話せるよ! 僕ドラゴンだもん。それに母さまの子だもの。黒いやつに襲われたときから、上手く力が使えなかったんだ。だから治してくれてありがとう、母さま』
「あ……あのね、あたしはあなたを産んだ母さまではないのよ。あたし獣人だもの。ドラゴンは産めないわ」
『母さまじゃない……?』
ドラゴンの美しい瞳に透明な涙が見る間に溜まっていき、俯いてしまった。
あわわわ、どうしよう。
「え、えっと……血は繋がってないけど、あなたが嫌ではないのなら、姉ってことでどう?」
『ねえ、さん?』
「そう。……嫌?」
『姉さんがいい! 一人は嫌だ!』
「じゃあ決まりね! よろしく新しい弟!」
『うん! 僕姉さんと一緒にいる!』
ドラゴンはキラキラとしたお目目で嬉しそうにキュルルルと喉を鳴らす。
思いがけず可愛い弟ができた。両手で抱えられるくらい小さな弟。
守っていこう、だってあたしは姉なのだから。
「そういえばまだ名前がなかったわね。あたしがつけてもいい?」
『いいよ! 名前欲しい!』
期待に目を輝かせる弟。せっかくだからかっこいい名前がいいよねー。とても綺麗な白銀の鱗を持っているから……。
「シルヴァリウスはどう?」
『いいね! 響きが気に入った!』
シルヴァリウスは嬉しそうにふわりと飛んだ。名前を気に入ってくれたようで、その場でクルクル回っている。
「シル! あなた飛べるの⁉︎」
『姉さんのおかげで飛べるようになったんだ!』
シルが飛べるようになってよかった。やっぱりあのシミのようなものが悪さをしていたのか……。治ってよかった! 話せるようになったのは想定外だけど。
ユビキタス館長にも連絡しないと。
侍医や侍女たちが一連の流れを見て、度肝を抜かれていることに気づかないまま、のんびりと考えていた。
「姫さま……? もしや、そのドラゴンと話されているのですか?」
一段落ついたのを見計らって、侍医が質問してくる。
「え? えぇ、そうよ。シルが話せるなんてびっくりしたわ」
「私どもには鳴き声にしか聞こえなかったのですが……」
「え? そうなの?」
「はい……」
どういうことだろう。あたしにしかシルの言葉がわからないってこと?
クルクル飛んでいたシルがあたしの頭の上に降り立つ。ちょっと重い。
『別に他のやつにも話しかけようと思ったらできるけどさ。今必要ないだろ? 姉さんは特別だからな!』
「ふふ、ありがとう。必要になったら話しかけるって言ってる」
「左様でございますか」
「姫さま、先ほどの水の花は一体何でございますか?」
今度はニーナが質問してきた。
「あたしもよく分からないわ。夢の中でやったのと同じようにしたらできたの」
「どんな夢だったのでしょう」
侍医も侍女も知りたそうだったので夢の内容を話した。
それにしてもあの鳥さんはなんだったのだろう。
「姫さま、それはもしや精」
「国王陛下、女王陛下の御成です」
お父様とお母様が来てくれたみたいだ。頭の上に乗っていたシルを置いて、ベッドから立ち上がって、カーテシーをする。
「アイリーン……なのか? 顔をよく見せておくれ」
「はい、お父様。アイリーンです!」
あたしを見て一瞬息を呑んだお父様とお母様は、いつものように優しい表情を浮かべた。
お父様とお母様はあたしの前に跪いて、腕、翼、頭などあちこち触って確認していた。
「アイリーン、どこも痛いところはありませんか?」
「ありません。アイリーンは元気です、お母様」
「侍医、これはどうなっているんだ。本当に大丈夫なのか」
お父様は心配そうに侍医に聞く。やはり驚いているみたいだ。
「立派な翼でございます。姫さまは違和感ないとおっしゃっておられますから、今すぐの問題はないかと。それよりも姫さまが見たという夢の方が気になります」
「夢だと?」
「お父様、お母様。あたし不思議な夢を見たんです。夢の中で使った力をさっきドラゴンに使ったら、シミみたいなのが消えてなくなって元気になって、話せるようになったんです! ドラゴンに名前もつけて、弟になったんですよ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、最初から詳しく説明してくれないか」
興奮して説明を簡略しすぎたせいかお父様とお母様は困惑してしまった。
ちょっと気持ちを整えて、夢の内容から今までのことを話していく。ちょいちょい侍医が補足を入れてくれて、大変助かる。おかげで急展開にも関わらず、しっかり伝わったようだ。
全ての説明が終わり、お父様とお母様は難しい顔で考え込んだ後、互いにアイコンタクトをとった。
「アイリーン、これから一緒に行くところができた。準備をしなさい」
「行くところですか?」
お母様がニーナに出かける用意をさせている。どうやら翼を隠すためのマントを準備させているようだ。
いったいどこに行くんだろう。




