第十七話 女神の愛し子
「ドラゴン、いやシルヴァリウスだったな。君も一緒に来てもらいたい」
『姉さんが行くなら、当然僕も行くさ』
シルはやっと飛べるようになって嬉しいからか、よく飛んでいる。今もふよふよお父様の周りを回っている。
「本当に話せるんだな……」とお父様が驚いた顔して呟いていたので、お父様にシルの声が聞こえたらしい。
こんなにお父様の驚いた顔を見られるなんて、すごい日だなぁ。
「よし、準備できたな。では行くぞ」
「シルヴァリウス、あなたはこの籠に入って頂戴。まだ公にはできないから」
お母様に言われて、渋々籠に入るシル。あたしの両親だから、基本従うそうだ。
ちょっとかわいそうだから、籠の中にリンゴをひとつ入れておいた。シルがもっと自由に行動できるよう考えなくちゃな。
あたしもマントをしっかり羽織って、シルが入った籠を持つ。
これから行くところは王族の中でも一部しか入れないところだから、ごく少数で行くみたい。
お父様、お母様についていくと王宮の裏口に出た。ここから馬車に乗っていくらしい。
馬車に十分ほど揺られて降りると、王宮の裏にある森の中にこじんまりとした白い建物があった。
護衛は表に立ち、お父様、お母様、あたしとシルの四人だけで建物の中に入っていく。
建物の中に入ったと思ったら、床や天井があったのは最初だけで、すぐに壁だけになった。
庭みたいにレンガで細い道があって、両側には芝と植物が植えられていた。
「この道、知ってる」
あたしの呟きに、「やはりそうか」とだけ答えたお父様は、お母様と一緒に奥へ進む。
夢で見た道が現実に存在することで、やはりただの夢ではなかったと確信する。
思った通り、先に進んだ場所に扉があった。夢で見たまんまの扉だった。
お父様が扉に手を添えると、音もなく開いた。これも夢と同じ。
お父様、お母様、あたしの順に扉を通り抜ける。今度は白い霧がなかった。
少し歩くとそこにあったのは、美しい大きな木だった。夢で見た真っ黒な木はかけらも見当たらなく、鉱物のように白くキラキラした幹。
瑞々しい葉が生い茂り陽の光に照らされて、生命の輝きを感じるほどに美しかった。
「美しいですね、お父様、お母様」
「あぁ……」
「なんてこと……」
振り返ると、お父様もお母様も泣いていた。悲しいからじゃない、とても嬉しそうに木を見つめ、泣いていた。
きっと夢の通り、以前は真っ黒な木だったのだろう。
お父様とお母様は互いに手を繋いで、見つめ合い、とても幸せそうに笑った。
なんだかあたしも嬉しくなって、籠から抱っこしたシルを掲げて、くるくる回った。
シルと一緒にひとしきり笑うと、木の近くに行き、幹に手を添える。固くてツルツルとした感触だ。でも温もりがあって、生きてる。
上を見上げる。木漏れ日が素敵だ。
大きく息を吸い、吐く。木の清涼感のある香りを胸いっぱいに吸い込み、うっとりしていると、ガサガサっと枝が揺れて、上からポムっとあたしの顔面に何かが落ちてきた。
両手で取ってみると、それはあの鳥さんで、思わずそのままほっぺで羽毛をすりすりしてしまった。
あ〜鳥さんから陽だまりの匂いがする。幸せ〜!
『アイリーン、もういいかい? 挨拶しないと』
「あ、うん。気持ちよくてつい、えへへ」
お父様とお母様に鳥さんを見せに行く。
鳥さんの色は夢で見たままの、若菜色でお腹だけ真っ白だ。尾羽に金色が混ざっていて、お日様の下で見るととっても綺麗だ。
「お父様、お母様、夢で見た鳥さんだよ」
ハッとした二人は、あたしの両手にいる鳥さんの前で跪いて頭を垂れた。
え、急にどうしたんだろう。
「守護精霊さま、ご無沙汰しております。エヴァーヘイヴン王国、国王エドモンド・エヴァーヘイヴン、参上仕りました」
「ご無沙汰しております。女王のエレオノーラ・ビアンキ・エヴァーヘイヴン、参上仕りました」
『うむ。お前たちのことは見ていたよ。私の力が足りなくて苦労させたね、すまなかった』
「とんでもございません。いつも我が国をお守りいただき、誠に感謝の念に堪えません」
って、にゃにー‼︎ この鳥さんが精霊さま⁉︎ あの、建国以来この国を守っているっていう、あの守護精霊さま⁉︎
「ところで精霊さま、お尋ねしたきことがございます」
『うむ。説明しなければと思っていた。そろそろ頃合いだしな』
「というと?」
『そなたらの娘のアイリーンだが……この世界の管理者たる女神さまがこの世に遣わした者なのだ。その翼と額の紋が女神の愛し子である証だ。……この世界を蝕む魔を、排除するための力を授けられている』
絶句。精霊さまの言葉がなかなか理解できない。
「そ……それはどういう」
『この世界を蝕んでいる魔物、邪気。それらを排除するため、我ら精霊やドラゴンといった世界の守護者は、邪気を自らの体に取り込み浄化していった。だが、とても追いつかず、消滅するものも多くなってきた。このままでは世界が滅んでしまう、この状況を打開するため、女神さまが遣わされたのが、アイリーンだ。かくいう私も、消滅寸前だったところをアイリーンに助けられた。……アイリーンにはこの世界を救う役割がある』
「世界を……救うって」
「そんな……危険なのでは?」
『そうだな……危険だ』
お父様、お母様があたしを見る。とても心配そうな顔をしている。あたしも不安だ。
「精霊さま、アイリーンはまだ五歳です。危険なことをさせるのは、もっと大きくなってからでも」
懇願するようにお母様が言う。
『これ以上待つのは無理だ。今の時点ですでにギリギリだ。この国も崩壊しかかっているのは理解しているだろう』
悔しそうに俯くお父様お母様。あたしのことを心配しているのが痛いほど伝わってくる。
『このエヴァーヘイヴン王国こそが人族にとって最後の砦だったといってもいい。私が魔物共から守るために作った国だ。……だが、魔物の侵入を許してしまった。すまない』
悲しそうに目を伏せる精霊さま。こんなに精霊さまから愛された国だったなんて知らなかった。
「お気になさらないでください。精霊さまはもう充分なほど守ってくださいました。これからは私共が守る番です。精霊さまも、アイリーンも、守ってみせます」
『頼もしいな』
覚悟を決めた力強い眼で宣言するお父様。精霊さまとの信頼関係が一段と築けたようだった。
『さて、これからの話だが、最近魔物が強くなってきていて、私は結界を維持するのに精一杯だ。今後魔物を結界内に入れることはないが、すでに入ってしまったものを倒さねばならん。その中には人型の魔物もいる』
「人型の魔物!」
『奴らは狡猾だ。魔物の力に加えて人間の知能をもつ。そんな奴がどれくらい入ってしまったのか……。奴らは気配を消すのが上手くてな、なかなか把握できないのだ。そなたらには国内にいる人型も含めた魔物を討伐してほしい』
「御意」
「御意にございます」
お父様とお母様の返事に頷きで返した精霊さまは、あたしの方に振り返る。
『アイリーン、そなたとは念話で繋がるようになっている。聞きたいことがあればいつでも心の中で話しかけるといい』
「ありがとうございます。あの、あたしに授けられた力ってどうすればいいんでしょうか」
『さっき使っていただろう? 上手だったよ。使い方は自然とわかる。心に従いなさい。とても汎用性のある力だから、視野を狭めないように』
「はい」
いまいちよくわからないが、たぶん大丈夫だろう。たぶん。
それから精霊さまはシルの方を見る。
『あぁ、ドラゴン、いやシルヴァリウスか。良き名をもらったな』
『うん。姉さんがつけてくれたんだ!』
『シルヴァリウス、そなたも世界の守護者の一員だ。アイリーンと共にあり、手助けをするように』
『もちろんさ!』
『うむ』
なんとなくだけど、精霊さまとシルは兄弟みたいだ。もちろん精霊さまがお兄さんね。




