第十五話 覚醒
気づいたらレンガの細い道に立っていた。道の両側は芝があって、間隔をあけて木が植えられている。
周りを見ても静かで誰もいない。あたし一人。ここはどこだろう。
少し先に扉がある。大きい両開きの扉。金属か何かでできているようで、とても重そうだ。
ずっと同じ場所に立っていても仕方ないし、他に行ける場所もなさそうだ。
吸い寄せられるように扉の前まで行く。扉には紋様が施されていた。幾何学的でどういう意味なのかは分からない。
そっと手を扉に沿わせると、スッと音も立てずに扉が開く。
おいでと言われているようで、少し戸惑ったけど先に進む。
「お邪魔します……」
消え入りそうな声で挨拶をして、進む。相変わらずレンガの細道が続いていて、歩いていると目の前の白い霧に行き止まった。
先が全く見えず、キョロキョロと周りを見ても、後ろは今来た道、前は白い霧でどこにも行く場所がない。
戻るか悩んでいると、だんだん霧が晴れてきていることに気がついた。
霧が晴れ、その先に見上げるほど大きな木があることに気がついた。
真っ黒な木だ。禍々しくてゾワッとする。
『たすけて、たすけてアイリーン』
突然響く声。聞いたことがある。そうだ、最近夢の中でこの声が聞こえていた。
なんで忘れていたんだろう……。
どうやら声は木から聞こえてくるようで、恐る恐る近づく。
何をどうすれば助けられるのか分からないまま、幹に腕を伸ばせば触れられるほど近くまで来た。
うーん、どうすればいいんだろう。
ぽすんっ。頭に何か落ちてきた。手を頭に持っていき、落ちてきたものを目の前に持ってくる。
両手にすっぽり収まる、黒い何かだった。木と同じく真っ黒で、触り心地はゴワゴワしている。正直あまり触りたくないようなゾワゾワ感。
でもなぜだろう。大切なものが今にも手の平からこぼれ落ちそうになっているような、そんな恐ろしさを感じて胸がギュッとなる。
『たすけて……』
真っ黒の何かから話しかけられているのがわかる。
よくよく見ると、真っ黒の何かはぐったりした鳥だった。力が抜け今にも儚くなりそうな鳥。
そんな鳥に助けを求められている。どうすればいいか分からない。でも、助けたい。そう強く願った。
元気になりますように。この空を自由に羽ばたけますように。
この鳥がまるで長年の友のように感じる。大切な存在が苦しんでいる。
そのことがとても悲しく、自分自身も苦しくなって、ほろりと涙がこぼれ落ちた。
瞳から落ちた雫はそのまま、真っ黒い鳥に落ちていく。
雫が鳥に触れたそのとき、両手の平ほど大きくなった水の玉のようなものが、鳥をまるごと取り込んだ。その水は透き通っており、手の平に触れた部分は温かかった。
鳥がふよりと水の中でたゆたう。透明な水は雫のような形になり、花の蕾のように見える。
水の蕾の中で鳥は気持ちよさそうにしていて、だんだん体の色が変わっていった。真っ黒だったのが薄くなってグレーに。
さらに薄くなっていき、最終的に頭から尾羽は若菜色に、お腹は真っ白になった。
温かい水でできた花の蕾が徐々に開いて、満開になる。蓮華みたいできれいだ。
蓮華の中心に、美しい鳥がいた。つぶらな瞳でこちらを見てくる。
水でできた蓮華は、キラキラした光を散らしながら溶けるように消え去り、両手の平に若菜色の鳥が触れる。ゴワゴワだった羽はふわふわになって、思わず親指でふわふわな羽を堪能する。
よく見ると尾羽に金色が混ざっているようで、若菜色の中に煌めく筋があって美しい。
『ありがとう、アイリーン』
頭の中に鳥の可愛らしい声が響き、あぁもう大丈夫なんだと安心する。
だんだん意識が遠のいていき、お別れの時間なのだと知った。
あぁ、もっと触りたかったなぁ……。
目が覚めたら、いつものベッドだった。
不思議な夢を見たなぁ。あの鳥さんはなんだったんだろう。とてもきれいで、もっと触りたかった。
少し夢の余韻に浸ったあと、起き上がってベッドの端に座る。毎朝一番に侍女頭がおいしいお茶を持ってきてくれるのだ。
「姫さま、おはよぅ……姫さま⁉︎」
「おはよう、ニーナ。どうかした?」
侍女頭のニーナが珍しく動揺している。目を丸くして、あたしに持ってきたティーカップを落としそうなほどに。
他の侍女たちもニーナの声であたしを見て、「ひ、姫さま⁉︎」と一様に驚いて戸惑っている。
なんでそんなに驚いているんだろう。よく分からなくて首をコテンと傾けると、ニーナが震える手でティーカップをワゴンに戻した。
あれ? まだ飲んでないのに……。
「すぐに両陛下に連絡を! 騒ぎになってはいけません、内密に動くように! あなたは侍医を呼んできてちょうだい! 可及的速やかに!」
はきはき返事をした侍女たちは素早く動いた。見習いだけうろうろしている。
あたしの侍女はほとんどが猫族だ。猫族は素早く動くのが得意だから、あっという間に侍医が来ることだろう。
「えっと、ニーナ? 本当にどうしたの? あたしどこも悪いところなんてないわよ」
「姫さま、お気づきになられていないのですか?」
「なんのこと?」
「そのお背中にある翼のことです」
「……?」
よく分からなくて背中を振り返ると、あった。確かにあった。
真っ白なふわふわした翼が。
信じられなくて、触ってみると、確かに自分の翼だということが感触で分かる。
「…………どぅえぇぇぇ⁉︎ にゃにゃ! どど⁉︎ にゃんで! どうして⁉︎」
「落ち着かれませ、姫さま」
これが落ち着いていりゃれるかぁ! というかニーナ落ち着くの早すぎ!
信じられない事態に、はくはくと口を動かしていると、ニーナは手鏡を持ってきてこう言った。
「翼だけではありません。額をご覧ください」
「……にゃんじゃこれはー⁉︎」
あたしの額にはまるで絵筆で描かれたような、紋様があった。
それはまるで蓮華のような模様で、水色で描かれている。指でこすっても消えないし、なんかキラキラしてる。
「姫さま、身体に違和感はございませんか?」
「えぇ、ないわ。それは大丈夫」
「ようございました」
うん。違和感はないけど、どうなってるのこれ……。
あたし白虎族なのに! 白虎族が翼持ちとか聞いたことにゃいよ!




