第十四話 不気味なモヤ
「それからこれはユビキタス館長に相談したかったことだけど、お兄様の容態について知りたいことがあって」
「セオドア殿下のことですか。確か発熱しておられるだけで命に別状はないとか」
「えぇ、そうなのだけど……さっき見舞いに行ったとき、お兄様の胸元に黒いモヤが見えたの。侍女たちには見えなかったらしいのだけど……。そのモヤ、見覚えがあって、あたしが魔物に襲われたとき見たモヤと、とても似ているの」
「あぁ、ドラゴンの卵のそばにあったという、魔物の核だと思われる水晶玉から出たモヤのことでしょうか」
「そう、そのモヤよ。それがお兄様の胸元に、それも体の中にあるみたいで、不気味でどうしても気になって……。何か知らないかしら? なんでもいいの」
「……人体の中にモヤがあるというのは聞いたことがありませんね。もちろん見たこともありません。そのモヤというのはおそらく魔物に関係しているのでしょう」
「あたしもそう思うわ」
「魔物に関係すると仮定して、気になることがあるとすれば……魔物を倒したあと、人間は乱暴になりやすいという事でしょうか」
「乱暴になりやすい? それは人間に限ったことなの?」
「そうですね、基本的に人間だけです。理由は分かっていません。魔物を倒す際、姫さまが見たという水晶玉のような魔物の核を破壊して消滅させるのですが、そのとき魔物が黒い霧のようなものを発生させるのです」
「黒い霧……」
「その黒い霧の範囲にいた人間が乱暴な性格になると分かっています。なので基本的に魔物の討伐をするのは人間以外が多いですね」
「そうなの……乱暴になった人間は皆お兄様みたいに胸元にモヤがかかるのかしら」
「姫さまが見れば分かるかもしれませんね。私は見たことがないのでなんとも。……騎士団に行かれるとき、確認すればよろしいのでは?」
「騎士団に? でもあたしが襲われたとき魔物を討伐してくれたメンバーに人間はいなかったと思うけど」
「いえ、セオドア殿下の方です。今回は国内の視察でしたから、殿下の護衛任務には人間が多く配属されていたはずです。騎士団長が現場に到着したとき、黒い霧がかかっていたそうですから可能性は高いと思いますよ」
「そうなの……」
もし人間の騎士たちにも黒いモヤが胸元にあるとして、それをどうすればいいのかが分からないっていうのが問題なのよね。
それにお兄様やその騎士たちが乱暴になってしまったら、どうすればいいのか……。
なぜ人間だけ乱暴になってしまうのかも分かっていないし。深い深いため息が出てしまう。
「気落ちしないでください、姫さま。私も調べてみますし、セオドア殿下のお見舞いにもこの後行きますので、モヤが見えるかどうか確認してきます」
「何かわかったら連絡くださいね。よろしくお願いします」
ユビキタス館長は笑顔で請け負ってくれて、少し安心する。この国一番の知識人が調べてくれるのだ。こんなに頼もしいことはない。
彼はこの国でかなり身分が高い。建国からずっと王家に仕えているのだから当たり前だが、両陛下の次に身分が高く、あたしよりも上だ。
それにも関わらず、あたしと友人関係でいてくれて、お兄様とあたしをよく気にかけてくれている。とっても優しい人だ。
「ところで姫さま、私にもドラゴンを見せていただけないでしょうか。今まで見たことがないので、ずっと気になっていて……」
なんだか恥ずかしそうに言う館長。
館長でも見たことがないなんて、本当に敵はどこから卵を盗んできたんだか。
あたしは少しテーブルを離れて、ドラゴンを抱き上げて館長の元まで行き、膝の上に乗せてあげる。
「うわぁ。すごく綺麗なドラゴンだ。白銀の鱗に光が当たるとさまざまな色が見える。宝石みたいに美しい。この黒いシミのようなものがなければ、もっと美しいだろうに」
「本当に。シミみたいなものは昨日より薄くなっているから、自然と消えるといいのだけど」
「様子見ですね。大丈夫。ドラゴンは最強種ですから」
館長は恐る恐るといった感じにドラゴンを撫でる。おとなしい性格なのか、黙って撫でさせているドラゴン。
ときおり、ちゃんとあたしがいるか確認している。あたしが見えるところにいないとキューキュー鳴いて呼ぶのだ。
館長は嬉しそうに瞳をキラキラさせて優しく撫でている。
「基本的にドラゴンは人族と関わらないですから、まさかドラゴンの子供に触れることができようとは。飛ぶ姿も見てみたいですね」
「そういえば、この子まだ飛んだことないような……」
侍女たちを見ると、皆一様に首を横にふる。
だよね。あたしも見たことないもの。
「まだ飛んでない? ……ふむ、このシミのようなものが悪さをしているのか……。これに関しても調べてみましょう」
「お願いします。何か変化があったら連絡します。それからこの子果物しか食べないのだけど、大丈夫なのかしら」
「大丈夫だと思いますよ。ドラゴンは精霊と似たようなものですから、おそらく食事は娯楽かと。自然から切り離さなければ大丈夫でしょう」
「分かりましたわ」
館長は思う存分ドラゴンを撫でて、手ずから果物を食べさせたあと、また連絡しますと言って帰っていった。
お兄様のこと、ドラゴンのことも何かわかるといいのだけど。
館長が言うにはドラゴンが魔物化したら討伐しなければならなかったらしい。もちろん前代未聞のことなのでどれだけ被害が出るかは分からない。
討伐できなければ国は混乱に陥り、場合によっては滅んだだろうと。
討伐できてもこのドラゴンは儚くなっていただろうと。
あたしの判断は本当に紙一重で大きく未来が変わるものだった。
無我夢中でしたことで実感はないけれど、「皆にとってより良い未来を掴み取ったのですよ、姫さまは。よく頑張りましたね」と他でもないユビキタス館長に褒められたことで、あたしは正しいことができたのだと、やっと腑に落とすことができた。
それからは柔軟体操や筋トレをしたあと、一人寂しく晩御飯を食べた。
いつもと同じ美味しさのはずなのに、色、味、香り、何もかも、何かが欠けている気がした。
早く、家族みんなでご飯が食べられるようになるといいのに……。美味しいご飯は大好きだけど、やっぱりみんな一緒に食べるのが、一番美味しい。
いつも通り、お風呂に入って、ドラゴンと一緒にふかふかのお布団で眠った。
「明日はもっといい一日になりますように……おやすみなさい」
「キュ〜」




