表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪われ豹王の専属魔法使い  作者: しゃり猫
三章_首都学園編(後編)
43/45

03_ジルの能力②



 午後の暖かな光を受けた廊下を一人歩きながら、ジルは頭を悩ませていた。この一週間ほど、彼女は学院や王宮内を歩き回り、エリアスから課された課題を解決すべく精を出していた。


 だが、結果は芳しくない。そもそもが、一朝一夕で片付かない難題なのだ。


「二方向でいこう。まずは魔力回路を探って、封印に影響が出ない範囲を把握すること。これは僕と一緒に少しずつやっていく。もう一つは、浄化の魔法をコントロールできるようにすること。こっちは難しいよ、はっきり言ってね。発出要件もわからないし。だからまず、ツールを探すべきだと思うんだ」


 エリアスの言葉を思い返し、ジルは小さく溜息をついた。


(ツール探しがこんなに大変だなんて!)


 魔法使いにとって、ツールは補助的な役割を果たす重宝な存在だ。形は杖が一般的で、魔力を練り上げたり、目標を定めたりするのに有用だからだ。しかし、基本的にツールは持ち主を選ぶ性質があり、他者に持たせたところで、その力を十分に発揮できないため、ジルは自分自身で相棒を見つけるしかなかった。何より、ジルは「杖」が自分には合わないと感じていた。


 かといって、何が合うのかは分からない。この一週間、彼女はあちらこちらを必死に探し回っていた。自分の魂にぴたりと馴染む、ピンとくる道具を。



 これまで分かっているのは、彼女の持つ浄化の魔法が、攻撃と癒やしの両面を併せ持つということだ。不浄な泥人形に触れれば土に還すことができ、傷ついたノアを癒やすこともできる。


(ノアーー)


 最近、ノアの体調が思わしくないことを、ジルは感じていた。ジルが触れることで痛みや苦痛が和らぐのは変わらないが、以前のように快調でないのは明らかだ。エリアスも同じ意見だったので、間違いないはずだ。


 だから、この課題はジル自身の成長だけでなく、ノアのためでもある。浄化の魔法を完璧にコントロールできれば、彼の痛みをより深く、確実に和らげることができるかもしれない。そのためにも、今は何よりもツール探しを優先せねばならなかった。


(学院と王宮だけでは難しいのかしら……)


 街に出れば見つかる可能性は高くなるが、例の騒動以来、外出はかたく禁じられている。ふと、裏の組織のことが頭をよぎったが、その件はノアに任せているし、約束を破ってまで街に繰り出すつもりはなかった。



「うーん……」


 唸りながら内庭へ出ると、花壇に沿って歩き始めた。すると、前方を塞ぐようにして、三人の女生徒が立っていることに気づいた。


 視線を合わせないように努めたが、彼女たちの鋭い眼差しが自分に注がれているのは痛いほど分かった。声をかけないでほしい、と内心で祈りながら通り過ぎようとした瞬間ーー


「ミス・ノウルズ」

 仰々しく名前を呼ばれ、ジルは足を止めざるを得なかった。


「はい」

 振り向いたジルの顔に浮かんだのは、彼女には珍しい作り笑いだった。何せ、目の前に立つ相手は、その麗しく高貴な雰囲気に似つかわしくないほど、形の良い唇の端を欠片も引き上げてはいないのだから。


 濃茶の豊かな髪をなびかせて先頭に立つ少女だけが、ジルに用があるようだ。少し後ろに控えた二人も、ジルを刺すように睨みつけてはいるが、中央の彼女ほどの迫力はない。


 ソノラ・ハモンド。

 ジルはその名を知っていた。侯爵令嬢で、年齢はジルと同じだが、当然ながら学年は上だ。クラスメイトに彼女の妹がいる縁で、以前遠目から教えてもらったことがあった。妹は姉の美貌を誇らしげに褒めていたが、同時に、姉に対する強い羨望と萎縮を滲ませていたことを、ジルはよく覚えていた。


 確かに、美しい人だとジルは認めた。瞳のエメラルドグリーンを縁取る睫毛は長く、貴族らしい高慢さを感じさせる尖った顎も、彼女の美貌の一部としてよく似合っている。とはいえ、あまり関わりたくない相手だ。言葉を発せずとも、「見下している」ことがこれほど伝わってくる相手も珍しい。


「私に何か? ミス・ハモンド」


 尋ねると、ソノラは微かに眉根を寄せた。ジルの態度に、予想していた引け目や気後れが感じられないのが不満らしい。だが、彼女はすぐに気を取り直したように、その美しい顔に狡猾な猫のような煌めきを浮かべた。


「ごきげんよう。学業の調子はいかが? あなたとは同じ歳のようですけれど、一緒に学べなくて残念だわ」

「とても順調に学んでいます。お気遣いありがとうございます」


 ジルは抜かりのない笑みで返した。一瞬でも怒りや羞恥を見せて、ソノラを満足させてやるつもりはなかった。実際、ジルは彼女の言葉に何の感情も湧かなかったのだ。むしろ、彼女と一緒に学ばなくて済んだことは僥倖とすら思える。エリアスに出会えたし、ソノラの妹であるアナベルの方が、ジルはよっぽど好きだった。


 話は終わったとばかりにジルが通り過ぎようとすると、再び呼び止められた。


「ミス・ノウルズ。実は以前から、あなたに大変な興味を持っていたの。あの大魔女ヘルナ様の代行なのですから、きっと物凄い魔力を持つ方なのだろうと……まさか私の妹と同じクラスに入るとは思わなかったわ」


 後ろの二人がクスクスとあざ笑う声を背景に、ソノラは言葉を継ぐ。


「だからとても不思議なの。あなたのどこを見て、代行を務める判断がなされたのか、ね。……しかも、あなたは王宮で随分な高待遇を受けていらっしゃるわ」


 ジルは反応を返さなかったが、周囲がそうした疑問を抱くのは当然だとも考えていた。自分にはまだ、大魔女代行として実績を出した事実はない。それと、これは女の勘だが、ソノラにはジルを批判する理由が他にもありそうだった。とある黒髪の男性に関する、やっかみのようなものが。


「妹のアナベルは、あなたの『封印』とやらが暴走した時に、かなり強大な力を感じたと言っていたけれど。あの子はいつも物事を大袈裟に言う子だから、信用できないわ。魔力だって親族で一番低いのですもの。万が一その話が当たっていたとしても、私は、あなたが大魔女代行を担う器かどうか疑問に思っているの。大いにね」


 はっきりとした不信、そして冷ややかな敵意。この傲慢な侯爵令嬢は、実の妹のことまでも公然と見下しているようだった。


 ジルはソノラの顔をじっと見つめたまま、何も口にしなかった。しばし無言の時間が続く。先に痺れを切らしたのは、苛立ちを募らせたソノラだった。


「……何かおっしゃったら?」

「?」


 ジルはわざとらしく小首を傾げて尋ねた。


「何をです?」

「なぜ何も言わないのか、と聞いているんです」

「なぜって……あなたはただ、ご自分の感想を述べられただけでしょう? ちなみに、今私が答えたのは、あなたが『質問』として、きちんと尋ねられたからです」


 この不遜な物言いが、ソノラ・ハモンドの神経を逆撫でしたのは明白だった。

 瞬間、巻き上げられた魔力が激しい風となって吹き荒れ、後ろに控えていた二人が悲鳴を上げた。遠巻きに様子を伺っていた生徒たちの間にも、動揺が走る。


 周囲の空気が圧縮され、軋むような不快な音が響いても、ジルは冷静だった。人目のある場所で、無抵抗の人間を本気で痛めつける真似はしないだろうという目算もあったし、もし傷つけられたとしても、それでソノラの評判が下がり、今後関わらずに済むなら安いものだ。


 ジルは、口元を微かにほころばせた。こうした敵対する相手を突き放すような見方をするようになったのは、間違いなくエリアスの影響だろう。彼の冷淡さと無遠慮さが正しいとは限らないが、ことソノラに対しては、これで構わないのだ。彼女はジルの目の前で、友人のアナベルを愚弄したのだから。


 睨み合いが続いたが、双方は動かなかった。厳密には、ジルの周囲の空気は今にも彼女を切り刻まんと不穏な音を立てていたが、均衡の一線は辛うじて保たれていた。


 その静寂を破ったのは、思いがけない人物だった。



「そこまで」


 威厳のある女性の声が響いた。ジルとソノラは互いに視線を外さなかったが、間に割って入った制服と、艶やかな黒の巻き髪が二人の視界を遮った。


「生徒会長……」


 ソノラがたじろぎ、後退するのを見て、ジルはこの諍いが終わったことを悟った。

 生徒会長と呼ばれた女性は、ソノラを鋭い視線で制したまま、静かに告げた。


「あなたにはがっかりしましたよ、ミス・ハモンド」

 その一言で、ソノラの顔から血の気が引いていくのが分かった。


「とても、生徒会入りを希望するような者の行動ではありませんね」

「私は、ただ彼女が……」

「彼女が何です? 一部始終を見ていましたが、あなたが一方的に突っかかっているようにしか見えませんでした。それに、学内で授業以外に攻撃魔法を使用することは禁止されています」

「……攻撃など、しておりませんわ」

「ええ、そうですね。発動はさせていません。――ただ『脅迫』しただけで」


 痛烈な指摘に、ソノラは泳ぐような視線で後ずさった。生徒会長はそこでようやく振り返り、ジルを見据えて忠告した。


「あなたも、もっと上手く切り抜ける方法はあったでしょうに。……ですが、この場の責任の多くがミス・ハモンドにあるのは間違いありません。彼女は生徒会への入会を希望しており、現在は試用期間でもあります。その監督不行き届きとして、最終的な責任は私にあると言えるでしょう。彼女に代わってお詫びしますわ、ミス・ノウルズ」


「……私も、お騒がせしたことを謝罪いたします」


 生徒会にはこれまで興味がなかったが、この会長が公平であり、責任というものを深く理解していることは伝わってきた。場が収まった以上、これ以上衆目を集めるのは本意ではない。ジルは会長に軽く会釈をすると、その場を辞した。


 その背中に、生徒会長は、近いうちに生徒会室に遊びにきてほしいと声をかけた。ジルは軽く頷いただけに留めた。生徒会ともなればプライドの高い人間もそれなりにいるだろう。



 しかし、校舎へ戻る途中で、ふと振り返った時に見たソノラ・ハモンドの表情――。


 その暗い歪みを見て、ジルは何も終わってはいないだろうという予感がして、深く溜息をついた。



更新情報xにて

@sharineko01

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ