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追放聖女は獣の皇帝に愛される  作者: 宮野
第一章:追放と邂逅
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閑話:静寂の中の温もり

鋭い靴音が石の廊下に反響する。レオンは歩を止めず、黙々と城門へと向かっていた。視線は真っすぐ前を向いているはずだったが、心の奥底ではほんの少しだけ、あの少女――エリスの姿がちらついていた。


朝食の席、彼女は必要以上に言葉少なで、控えめで、だがそれ故に妙に目を引いた。決して誰にも媚びることのない、静かな芯の強さが垣間見えた。

さらに庭園の案内に送り出すときの姿も、妙に心に残っていた。


(……何故だ。あの人間の少女が、気にかかる)


足を止めて頭を振り払うわけにもいかず、レオンは内心のざわめきを押し殺した。番――そんなものではない。自分には番の匂いは分かる。彼女からは、確かに番の香りはしない。ただの興味、気まぐれ、保護本能。そう、彼女はただ保護すべき存在なのだ。


門の前ではすでに側近や兵士たちが揃っていた。レオンが一歩近づくと緊張感が走る。誰も余計な言葉は発しない。彼の指示だけを待っていた。


「瘴気の濃い東の森だ。魔物が二日前から群れているという報告が入った。全て殲滅するぞ」


号令一つで、一行は馬を駆って城を後にした。



森の空気は淀んでいた。空は青いはずなのに木々の隙間から覗く光は妙に陰鬱で、空気が重い。鼻をくすぐる腐臭と、遠くから聞こえる唸り声が緊張感を煽った。


「陛下、南側にも魔物の痕跡が!」


「先行して潰せ。俺は中央突破する」


最も瘴気が濃い場所を、レオンは迷わず選んだ。狼の血が、危険を前にしても恐れを知らず、むしろ本能的に突き動かされる。剣を抜き、闇の中へ馬を走らせた。


現れた魔物は瘴気に染まり醜悪だった。もはや理性も無く、ただ獣の本能のまま襲いかかってくる。レオンは馬から飛び降り、一閃。鮮血が飛び散り、腐った皮膚を斬り裂いた。


「邪魔だ」


次々と襲い来る魔物を一体、また一体と斬り倒す。だが数は減らない。瘴気の発生源が深部にあるのだろう。普通の兵士では一歩進むのも難しい。レオンの筋肉は悲鳴を上げ始めたが、剣は止まらない。


しかし、一瞬の隙を突かれた。


「くっ……!」


太ももに一撃、頬に小さな裂傷が走った。痛みは一瞬で冷め、怒りと闘志が体を駆け巡る。


「……こんなもの、俺を止められると思うな」


すべての動きが獣の本能で研ぎ澄まされ、瘴気の核を断ち切った瞬間、森を覆っていた重苦しさがぱたりと消えた。最後の魔物が断末魔の叫びと共に倒れ、沈黙が森を支配した。


残ったのは疲労と、じわじわと痛む傷、そして心の片隅に巣食う奇妙な思いだけだった。


(……エリス、あの子は無事にしているだろうか)



ヴァルザール城に戻った時、空はすっかり夜の帳に包まれていた。兵士たちは疲れを隠しきれず、それでも誇り高く背筋を伸ばして城門を潜った。


レオンは真っ先に浴場で血と汗を流し、傷の手当てを簡単に済ませたが頬の小さな傷は残った。瘴気に侵された魔物の毒が少し混ざっていたのか、いつもより治りが遅い気がした。


(大した傷ではない。だが……)


何故か無意識に、彼の足は自然とエリスの部屋へと向かっていた。



扉の前で一呼吸置くと、レオンは音もなく扉を開けた。薄暗い部屋の中、少女が静かに眠っている。夜の静寂が彼の荒れていた心を少しだけ穏やかにした。


近づくと、エリスの眉がかすかに動き、瞼が持ち上がった。まだ半分夢の中のようだったが、彼の姿を認め、伸ばした小さな手がそっとレオンの頬に触れた。


その瞬間、暖かな光がじんわりと広がる。


(……温かい?)


驚く暇もなく、頬の傷が消えていくのを感じた。


「ご無事でよかった……」


微かな囁きが彼の耳に届き、エリスは再び眠りに落ちた。


レオンは戸惑った。このぬくもり、この力、何かが心の奥に引っ掛かった。


(この力は……一体?)


しかし答えは出ない。目の前の少女は何も知らず、ただ心から心配してくれているだけだ。それがわかるからこそ、胸の奥が妙にくすぐったかった。


静かに部屋を後にしながら、レオンは初めて気づいた。


(守りたい、と思ったのはいつ以来だろうな……)


この夜、帝国の冷たい皇帝レオンの心に、小さな温もりが灯った。

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