スミレside
こんなに楽しいのはいつぶりだろうか…小学生の頃、父の事業が失敗した。
父は負債を自分1人で背負う為に離婚して別々に暮らす事になった。
勝手な事をと思う気持ちも当時は大きかった。
父のせいでみんなと中学校に進学することが出来ないという事にとても腹を立てた記憶は今でも残っている。
大人になって思えばあれこそが父が私達に出来るあの時の精一杯であったことは想像出来るようになった。
しかし、当時は気恥ずかしさからか周囲の友達には何も言う事が出来ず、そのまま母方の実家の近くの公立の中学校に進学した。
妹も同様に地元の小学校へと入学した。
母は理容師の資格を有していたのでブランクはあったが、生活の為に仕事に復帰した。
生活は貧しいという程ではなかったが、母は夜まで仕事をしていたので私が家の事をすることが増えていった。
今までやったことのない家事…慣れない学校生活、妹の面倒と…すべてが嫌になり学校をサボり私が通うはずだった中学に行ったことがある。
それほど遠くはなかったのも幸いで電車で1時間ほどで着いた。
眼の前まで来て私は怖くなった。
今更、こんな所にきてどうするんだ…みんなに会ったとしてなんて言えばいいんだ…そんな思いが頭を過ぎり背を向けた。
しかしそんな時に聞き覚えのある声がした。後ろ髪を引かれるように視線がそちらに向かう。
丁度体育の授業だったのか1年生が外でサッカーをしていた。
相変わらずの運動神経で無双しているアキラを見て笑えてきてしまった。
中学1年生であれだけ動ける人を見たことはなかった。
1人でボールを持って3人が迫ってくるのにボールを上に蹴り上げてそのまま前に出て上げたボールを自分で拾ってそのままシュート。
アキラがいるだけでチームバランスが崩れると言われていた事を思い出す。
一度ドッジボールをアキラ対クラスの男子全員でやることになったのだがその時は、私がアキラの外野に入れられた。
結果はアキラの勝ち。
その後、二度とうちらの学年でドッジボールをやることはなかった。
アキラの姿を見て少し元気になった。
これで帰ろう…そう思って後ろを向いた時に恐らくアキラがまたシュートを決めたのだろう。
「やったぜ、スミレ!」
という声が聞こえた。
まさか見つかった、そう思い後ろを振り返る。
しかし、アキラは別に私を見つけた訳ではなくただただ言葉が出てしまった。
それだけだったようだ。
口を抑えながら自分でも困惑した顔をしていた。
周りの同級生から突つかれて揶揄われているようだった。
その様子を見ただけで私は頑張ろうと思えた。
帰ってから母に心配された。
しかしその日以降は良い子でいるように勤めた。
小さい頃から描いていた夢も当時にはただの夢として自分の中で諦めをつけていた。
私は小さい頃から母の影響もあってずっとアイドルに憧れていた。
それこそ卒業アルバムに書いてしまう程には本気でなるつもりでいた。
あーしという一人称も好きなアイドルの喋り方を真似していた結果だ。
母はあるアイドルというよりある有名歌手の熱狂的なファンだった。
ダンスレッスンや歌唱トレーニング等自分では果たせなかった夢を私で叶えようとしていた。
だからこそ自分は出来る自覚もあったし同級生達の中でも自分は一番だと思っていた。
しかし、隣のクラスにヤバイ男子がいるという噂を聞いたのだ。
2年生だというのにブレイクダンスを踊れる上に歌唱力は、先生が感動して口を開けるほどだというのだ。
それなりに有名な私立という事もあり、教員も高いレベルが揃っていた。
そして口々にあの子は天才だという。
そんな噂の彼とは3年生で同じクラスとなった。
彼自身は人当たりもよくクラスの人気者であった。
何か仲良くなる切っ掛けはないかと思い、クラスの男子達は昆虫集めがブームだった事を思い出し親にねだりクワガタを買ってもらいそれを持って学校にいって彼に見せたのだ。
最初は虫も触れない私は嫌なのを我慢して手で持って彼に見せたのだ。
虫を近づけた瞬間に彼の拳が私の顔面を捉えていた。
今思い出しても見事な右ストレートだったと思う。
そこで私の意識は途切れている。
目を覚ましたのは保健室だった。
カーテンで遮蔽されていたがカーテンの外では母の怒った声が聞こえていた。
担任の先生ともう1人は知らない女性の声だった。
話しを聞いた限りではどうやら彼は虫が大の苦手だったらしく突発的に私を殴ってしまったそうだ。
その件について謝罪にきていたのが彼の母親だった。
その女性が有名な漫画家だったのは後で知った。
しかし娘の顔を殴られたという事実が私の母の怒りを買っていたようでかなり怒っていた。
理由を聞いても一向に怒りが収まらないようで、私が出ていかなければとベッドから降りてカーテンに手をかけた所で、もう1人の女性が保健室に入ってきた。
その女性が入ってきた瞬間に私の母は完全に固まっていた。
それはそのはずで母の憧れの女性…有名歌手の清水聖歌が入ってきたのだから…。
完全に口をパクパクさせていた。
「私が関わるつもりはなかったのだけど、親友の息子のことなのでつい気になってしまって」
そういって保健室に入ってきた彼女は場を支配するほどの圧倒的なオーラを放っていた。
透き通るような声、目を疑うほどの美貌、歩く姿すら美しいその動作…。
怒り心頭だったはずの母は、言葉を失い口をパクパクとさせていた。
「あら目を覚ましていたのね」
カーテンに手をかけていた私に気づき声をかけてきた。
そういって私に近づきカーテンを開けてしゃがんで私の眼の前に顔が近づき私の顔に手をかけた。
「鼻は折れてたりはしないわね。もし気になるようなら私が通っている病院を紹介させてもらうけど、あのバカが本当にごめんなさいね」
私の顔を触り異常がないことを確かめ彼女は謝罪を口にした。
「あーしが悪いので…」
私が絞り出せたのはその言葉だけだった。
「いえ、女性を殴ったあのバカが一番悪いのよ…帰ったら締めておくわ。あなたも仕返ししたいなら機会を上げるわよ!」
「あっ…えーっと…仲良くなりたくて…嫌がる事をしてごめんなさい…」
今回の件は私が悪い…だからこそ素直に謝罪を口にした。
今、思い返してみるとあれは、アキラへの謝罪というより彼女の圧に押されたような感じがしている。
「あら、そうだったの?それならあいつにはそう言っておくわ」
そういって私の頭を撫でてくれた。
「お母様、私の愚息が申し訳ないことをしたわ、治療費含め慰謝料についても必要であれば用意するわ」
そんな彼女は、私の母の方に向き直りそう口にした。
「いえ、とんでもない!?こちらこそ相手の嫌がる事をしてしまったみたいで申し訳ございませんでした…」
先程まで怒っていた母はどこへやら顔は完全に憧れの男性に対面した乙女のような顔になっていた。
「もし何かあればこちらに連絡を頂けるでしょうか?親友の息子ではあるのだけど私の息子でもあるので」
そういって彼女は名刺を差し出していた。
そんな名刺を母は、賞状を受け取るが如く震える手で受け取っていた。
ちなみに未だにその名刺は我が家の家宝として保管されてたりする。
アキラを通してサインも頂いたのだがそちらは母と一緒に墓に埋葬した。
結局そんなこんなで母の怒りはどこかに吹き飛びそれからは積極的に仲良くするように促されたほどだった。
その日は、早退したのだが次の日登校すると彼から話しかけてきてくれた。
「昨日は、ごめん…虫苦手で咄嗟で…ほんとごめん」
そう言ってきた彼に
「あーしの方こそごめん、虫苦手だったのにもう全然だいじょぶだから!」
「もし許してもらえるなら今後は仲良くしてくれると嬉しい」
といって彼は手を差し出してきた。
私はそんな彼の手をしっかりと握り返した。
それから私達は周囲から見ても親友と呼べる程に仲が良くなった。
そんな彼との別れこそが一番辛かったのだと気付かされたのは私が学校をサボった出来事の時だったんだと気付いたのは大人になってからだったのだから本当に滑稽だ。
彼の中の私はただの昔の仲が良かった友達の1人位にしか思われていなかっただろう。
アイドルは恋愛禁止なんていう幻想を守っていた私はあくまでも友人として接していたが、もし踏み込んでいれば初めての恋人位にはなれていたのだろうかと今になって後悔をしていた。
◯あとがき
スミレが告白していた場合、スミレの事を守るのにアキラが動きまくるので同じ中学に通っていたりとルートが変動します。
もし髪色を指定することがあったら青髪ですね(負けヒロインとは言わない)




