↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪徳のフランチェスカ  作者: 長月 灯
女王は歓喜した
48/54

15、女王は救済の手立てを示す

※残酷な描写があります

 長きに渡って愛用してきたこの研究室とも、お別れか――

 不便になるが仕方がない。

(地下通路を使えないのは困るけど……あの坊やが生きている間は我慢しましょ)

「さあ、徹底的にやるわよ」

 どうせなら、盛大に最後を飾りたい。

 フランチェスカは、物置を漁り始めた。

 取り出したのは火薬にお酒に油。


 エリザベスに告げていた通り、この地下通路には、各所に崩落する仕組みを作らせている。

 忍び込んだ人物がライアン・ザフィーアでなければ、これを用いて始末する心算であった。

 研究室の一角に、素敵な物をいっぱい準備して、油を撒き散らす。

 隠し扉を少し開けて、井戸の底にも燃料を仕込んだ。

(少しやり過ぎちゃったかしら?)

 井戸に火を投げ込めば、研究室まで延焼するだろう。



 蜂蜜と少しのお酒を垂らして出来上がり――

 夜更け過ぎに目を覚ましたグラナート夫人の為に、フランチェスカは茶を準備していた。

「奥様、どうぞ」

 寝台の上で身を起こす夫人に手渡す。

「……ありがとう、エリス」

 夫人は微かに震える手で、それを受け取った。


「旦那様が先生を呼ばれました」

 夫人が茶を飲み干した後、フランチェスカは切り出した。

「……ローズ様の身体を調べてほしいと」

 その言葉に、夫人が身を強張らせる。

 何が行われたのか、彼女は推察したようだ。

「それで、お医者様は……」

 フランチェスカは、縋るように見つめる夫人から目を逸らす。

「残念ながら……」

(まだ、調べていないわ)

 しかし、夫人は最悪の事態を想像したのだろう。

「そんな……嘘よ……」

 力なく呟く声を聞きながら、フランチェスカは暖炉に薪を足した。


「……私は、何を間違ったの……?」

 暫しして、夫人の絞り出すような声が響いた。

(……子育てよ)

 その感想は内に秘めて、フランチェスカは振り返る。

「これからどうすれば……」

 フランチェスカは身を屈め、夫人と目線を合わせる。

「救って差し上げるべきかと……穢れた心と体を清めなければ」

 その言葉に、夫人が目を見開く。

「……修道院へ」


「私共で手配を」と告げれば、夫人は頷く。

 ゆっくりとした動きで寝台から離れると、机の前に腰掛けた。

 各所へ手紙を出す心算だったのだろう。

 しかし、彼女は手を止めて暖炉の炎を静かに見つめていた。



 伯爵夫人を部屋に残し、フランチェスカは先にローズを連れ出すことにした。

 夫人は今回の事で責任を感じ、ローズを連れて出奔した――そう見せかけて、二人を地下に隠す予定だった。

 ヘンリー・スマラクトの潔白は永遠に証明されない。

 エリザベスとの婚姻を強引に進める事は出来ないだろう。

 スマラクト公爵家とグラナート伯爵家が混乱している間に、ザフィーア公爵が上手く立ち回ってくれる事を期待していた。


 うさぎの体で誘い出せば、ローズは再び付いて来る。

 しかし、井戸に入る寸前で、思わぬ邪魔が入った。

「ローズ嬢」

 ザフィーア公爵とよく似た、美しい顔立ち。

(やだ、王太子じゃない)

 フランチェスカは慌てて木陰に隠れる。

 幸いな事に、彼はローズにしか注目していない様子であった。

「王子様? どうして……」

「伝えたいことが……いや、それより、昨日は此処で何があった? 君はどうして……」

 王太子は真剣な面持ちで、ローズの肩を強く掴む。

 どうやら、以前見た光景を信じきれないようだ。

(そうね。あの男と一番仲が良さそうだったし……ローズなんかに手を出す筈がないって考えるわよねぇ)


 どうするべきかと悩むフランチェスカの視界に、新たな人影が映る。

 手燭を携え、覚束ない足取りで歩く、リリー・グラナート夫人であった。

 娘が醜態を晒した場所を確認したいと思い立ったのか。

 しかし、来てみれば、肝心の娘は他の男と密着している。

 夫人の心境はいかなるものか――フランチェスカは、気分が高揚した。


「汚らわしい」

 悲鳴にも近い叫びが響く。

 突如現れた夫人に、王太子もローズも動転しているようだ。

「なんて、なんて悍ましい……」

 夫人は、二人を井戸へと突き落とし、手燭を落とした。

 炎はすぐさま広がったらしく、苦悶の声が漏れ聞こえる。

「清めなければ……私が、清めなければ……」

 井戸の傍で座り、夫人は譫言のように呟き続けていた。


 井戸の中が静かになると、夫人は立ち去って行った。

 フランチェスカは、井戸の底を覗き込む。

「あらぁ……」

 二人の生存は絶望的であると判断できた。

 無論、地下室も。

「……予定が狂っちゃったわ。まあいいけれど」



「ローズ……私が、救けて……」

 家政婦長の体で夫人の部屋へ戻れば、彼女は床に伏している。

 周囲には薬の包みが散乱していた。

(少し飲み過ぎじゃないかしら)

 吐かせないと、命に関わる量ではないか――包みを片付けながら、フランチェスカは推察した。

(まあ、安らかに眠りなさい)

 野暮なことはせず、夫人の体を寝台へと引き摺った。

(……自死だから御許には辿り着けないでしょうけど)

 慈悲深き女王は、そっと指を組ませる。

 ほとんど書き進められていない手紙を丸めて暖炉に投げ入れると、部屋を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。