16、慎む女王
巡視の者達は、意識を取り戻すと慌てて業務に戻ったらしい。
裏庭の確認はおざなりになったようで、朝を迎えても死体に気付かれることは無かった。
フランチェスカは、適当な使用人を捕まえて倉庫の掃除を命じた。
彼等は不平を滲ませながらも足を向け――すぐに慌てて戻って来た。
井戸の傍で異臭に気付き、中を見たらしい。
何かが燃えている。しかも人間のようだ。複数かもしれない――間断なく発せられる言葉に、屋敷内は騒然となった。
「ローズ様のお姿が確認できません。奥様はひどく混乱しているようで……」
フランチェスカがそう告げると、皆が察したようだ――井戸の底で王太子とローズが死亡した、と。
王宮と連絡を取る為、伯爵は執事へ指示を出す。
他の使用人達も、内心の驚きや怯えを誤魔化すように働き始めた。
一日が過ぎると、これまでの喧騒が嘘のように、屋敷内は静まり返っていた。
手配を終えた伯爵は力なく書斎に座り込んでいる。
夫人は自室で臥していると認識されているため、使用人達の中には所在無い者もちらほらと。
そんな彼等を横目に、フランチェスカは自室で茶を楽しんでいた。
寝ずに働いているのだから、休息は当然の権利である。
(リリーの代わりに、上等な茶葉も使っておいてあげた方がいいものね)
そんなフランチェスカの元に一人の使用人が訪ねて来た。
「エリス様、大変です……」
息は絶え絶えで、顔色も悪い。
その姿は、昨日、井戸の底を最初に覗いた使用人を連想させた。
(あらあら、そんなに慌てちゃって……また誰か燃えたの? 恐ろしい屋敷ねぇ)
「どうなさったのですか?」
「実は……」
報告を聞くと、ライアン・ザフィーア公爵が訪ねて来たとのこと。
王太子の亡くなった場所で祈りを――そう言われては、断る理由が無い。
(王太子とは関係が良くないと思っていたけど……上手い事言うわねぇ)
どことなく疑い深そうな目つきを見せる彼を案内すると、フランチェスカは伯爵夫人の部屋に向かった。
そろそろリリーの死亡を知らしめてもいいかと考えたからだ。
「奥様、失礼致します」
扉を開けると、昨日と変わらない光景。
フランチェスカは大きく息を吸って、部屋の外へ。
「誰か、誰か来て! 奥様が、目を……」
その言葉に、皆が集まった。
「どうして見ておかなかった!」
伯爵の叱責に、フランチェスカは黙って俯く。
(私、見届けて差し上げたわよ。最後までしっかりと)
妻と娘の死に、伯爵も参っているのだろう。
夫人の亡骸を前にしたときは、己を律していたようだが、そろそろ限界のようだ。
机を叩きながら、伯爵はさらに声を張り上げる。
「ローズだって、お前が監視していた筈なのに、どうして……」
崩れ落ちた伯爵を、執事が介抱していた。
重苦しい空気を漂わせたまま、伯爵家は夜を迎えた。
巡視の者達は、屋敷を見回る事に不安を覚えているようだ。
恐る恐る歩く彼等を、フランチェスカは物陰から窺っていた。
今の彼女は、サラの姿。うさぎの人形を袋に入れて同伴している。
裏庭に忍び込むと、目に付いたキツネノテブクロを手折った。
それを衣嚢に仕舞い、倉庫の中で袋に入る。
明日に施錠してしまえば、サラの体は当分見つからないだろう。
うさぎの姿に代わった後、ふと思い立ちエリザベスの部屋へ向かった。
「お辛かったでしょうに……」
「ええ……そうなのよ、フランチェスカ」
再会した彼女の愚痴を聞きつつ、抱きしめてあげる。
(自分ばかりが不幸に合ったかのような言い草ね……でも、お父様達も辛いのよ?)
エリザベスが自室で嘆いている間、他の者達がどんなに苦心していたか……慰めを求めるだけでなく、他者を労わる心が大事なのに――
「大丈夫よ、エリザベス」
女王に、助言をする義務は無かった。




