14、希う女王
「あーあ、嫌になっちゃう」
家政婦長の部屋で、フランチェスカは寝台に寝そべっていた。
(私の計画が台無しじゃない)
彼女が思い出すのは、先程までの出来事。
エリザベスのドレスが消えた為、婚儀を遅らせてほしいと公爵家へ連絡をとった。
先方からもヘンリーの所在が確認出来ないという報せを受けたので、教会に謝罪の手紙を届けさせた――ここまでは、計画通り。
しかし、王太子が伯爵家に乗り込んでくる事は予想していなかった。
誰かの密告の所為で全てが露見し、王都中にヘンリー達の醜聞が広められたらしい。
裏庭での一件を聞き、グラナート伯爵は怒り、夫人は耐え切れず臥せっている。
伯爵は執事に医者と産婆を手配させていたが――不義の証拠を揃えて、責任を取らせる所存のようだ。
「先生、お願い致します」
「……あまり気は進みませんがね……取り敢えず、話を聞きましょうか」
ローズが先に目覚めたと連絡を受け、フランチェスカは医者を部屋に案内した。
寝台で身を起こしているローズは、顔色が悪く、口元を抑えている。
「やあ、ローズ嬢。気分はどうだい?」
「気持ち悪いし……頭も……痛い、です」
「昨日、何があったか覚えている?」
「白いうさぎさんに呼ばれたの。お部屋の外で手を振っていて……」
その言葉に、医者は溜め息を吐く。
酩酊して幻覚を見ていたのだろう――医者はそう結論付けて、ローズの発言を真に受ける事は無かった。
「お嬢様の体調も芳しくありませんので、診察は明日まで待っていただけないでしょうか?」
フランチェスカの申し出に、医者は頷いた。
罵り合う声が漏れ聞こえる部屋の扉を叩く。
「どうせ、妹の方が誘ったのだろう。良い評判も聞かないし……」
「息子の仕出かしたことを差し置いて、よくもそんな事を……」
グラナート伯爵とスマラクト公爵夫妻は、家政婦長の存在に気付いていない様子であった。
「エリス、結果は?」
扉の脇に控えていた執事が、フランチェスカに声を掛ける。
その言葉に、伯爵達は応酬を止めて注目するが。
「お嬢様の体調が回復しないと不可能と……明日まで延期です」
そう告げると、皆が落胆した様子を見せた。
「早く証明してほしい物だな」
「そうですわ。ヘンリーがそのような事、する筈がありませんもの」
スマラクト公爵夫妻の言葉に、グラナート伯爵が顔を顰める。
公爵夫妻は息子の潔白を信じており、エリザベスとの婚姻も諦めていないようだ。
(あらあら、随分と暢気ねぇ)
エリザベスとの婚姻を推し進められることは、フランチェスカにとって本意ではない。
(体の関係が無ければ不貞じゃない……まあ、そう主張するしか無いものね……)
ヘンリー・スマラクトが目覚めた時、彼は家政婦長やエリザベスに関して言及していたが、フランチェスカは知らぬ存ぜぬで押し通した。
結局、彼の言葉は誰からも信頼を受けることは無かった。
「貴女、これを巡視の当番へ……」
濃い目に入れた薄荷のお茶――中には、伯爵夫人の薬を混ぜてある。
女中にそれを託すと、フランチェスカはエリザベスにも振る舞った。
裏庭に来る可能性のある者達は排除して、フランチェスカには確認する事があった。
(さてさて……悪い子はいないかしら?)
人目を忍び、潜り込んだ井戸の底――
隠し扉はきちんと閉められて、梯子も元の場所。
サラとエリスも天井で元気にお留守番。
何も変わりなく見える、地下の研究室の光景――しかし、フランチェスカは、誰かが入り込んだことを確信していた。
誰かがフランチェスカの工作を盗み見て、王太子へ密告した筈。
「……ふぅん」
床に落ちていた髪を拾う。
金色の髪は、自分が人形作りに用いていた物よりも、遙かに短い。
それを見て思い出すのは、麗しき金髪碧眼の姿。
(あの坊やが……ねぇ。確かに、ザフィーアなら隠し通路を知っていてもおかしく無いのだろうけど)
地下通路を隠匿するためには、ザフィーア公爵を排除しておきたい所ではあるが――
(あんな可愛い坊やを排除するだなんて、私には可哀想で出来ないわ……)
フランチェスカは自らの胸を両手で抑え、くるりと回る。
心優しき女王の脳裏に過ぎるのは、あの真摯な眼差し。
彼がここまで来たのは、おそらくエリザベスの為。
ヘンリー・スマラクトとの関係が破綻した今、ライアン・ザフィーアがエリザベスを手に入れる事も可能だろう。
(虐げられてきた少女は、心に傷を抱える王子様に愛される……あら、素敵ね)
二人は愛を育み、そして――
「……いいわぁ」
思わず歓喜の声が漏れる。
この時、フランチェスカの方針は決められた。
(エリザベス、私が貴女を幸せにして差し上げる)




