12、謀る女王
劇場前での醜聞は早々に広まり、翌日にはグラナート伯爵の知るところとなった。
「あの男はエリザベスを侮辱しているのか……ローズの体面にも……」
苛立たし気に机を叩く伯爵と、傍らで不安げに見つめる夫人。
その光景を家政婦長として眺めていたフランチェスカは、そっと口を開く。
「エリザベスお嬢様は、ひどく憔悴しておられて……旦那様方にお叱りを受けてしまうのではと……」
出来れば、そっと見守ってほしい――そう申し出ると、夫妻は納得したようだ。
その結果、エリザベスを慰める存在は、フランチェスカだけ。
(本当に、この体は便利ねぇ)
怒りの収まらない伯爵は、すぐさまスマラクト公爵家へ乗り込んで行った。
ヘンリー・スマラクトは、必死に謝罪して縋りついたらしい。
さらには、王家からも、二人の婚姻を早めるように圧力が掛けられた。
王家や公爵家への不満を抱え、伯爵の眉間の皺はますます深くなった。
それから、婚姻に向けて屋敷内は慌ただしくなった。
此方の準備は、主にエリザベスの支度。
長きに渡ってヘンリーの献身的な姿を見てきた使用人達は、忙しなく働きながらも口々に喜びの声を洩らしている。
式で用いるドレスや宝飾品に、嫁いだ後の家財の手配――フランチェスカは、仕方なしに職務に励んでいた。
(茶会用の食器に、夜会用のドレス……どうせ使うことないのに……ああ、お金が勿体ないわぁ)
エリザベスの相手をする暇は無かったので、屋敷から出ないよう言いつけておいた。
婚儀のドレスは、スマラクト公爵家に代々伝わる物を用いるらしい。
現在の公爵夫人が着用した以降は仕舞われていた為、傷みも目立つ。
伯爵家は、何人ものお針子を呼んで、ドレスを急いで修繕していた。
「私もこんなドレスが着たいわ」
作業中にローズは何度も訪れて、ドレスを前に溜め息を漏らしている。
その姿を見て、フランチェスカは閃いた。
(……そうだわ、貴女に着せてあげる)
「ローズはエリザベスさんのドレスが気になるみたいで……皆様に迷惑を掛けていないかしら?」
就寝前の伯爵夫人を訪ねると、彼女は物憂げな表情を見せた。
「ローズお嬢様も、弁えておられるようですから」
「それなら、いいけれど……」
夫人が眠りに就くのを見届けると、フランチェスカは彼女の薬を持ち出した。
式の前日、ヘンリー・スマラクトが伯爵家を訪れた。
彼はエリザベスを気遣う言葉を掛けていたが、真意は伝わらないだろうとフランチェスカは感じた。
(『何もしなくていい』だなんて……もっと言い方があるでしょうに)
亡き夫は、多忙なフランチェスカに『無理をしないでほしい』『貴女が心配なんだ』と気遣ってくれた――そんな思い出に浸りつつ、フランチェスカは伯爵家を出るヘンリーに声を掛けた。
「エリザベスお嬢様からです。どうか、内密にと」
そっと囁き、小さく畳んだ手紙を渡す。
「あ、ああ……ありがとう」
小さい文字と、簡潔に纏められた文章――出来る限り、エリザベスの筆跡を真似た。
婚約者を愛し、婚約者の事になると判断力が鈍る彼ならば、従ってくれるだろうと確信していた。




