11、女王の公演
使用人を呼び、エリザベスの自室まで葬礼用の衣服を運ばせる。
ヘンリー・スマラクトから届いたと言って中身を見せれば、エリザベスはあっさりと信じてしまった。
(あらあら、何て顔しているのかしら……大丈夫よ、本物も最低だから)
彼女の反応に、思わず笑みが漏れそうだった。
「え、私も御一緒出来るの? こんな素敵なドレスも?」
手直しした緑色のドレスを義妹に見せると、彼女は手放しで喜んでいた。
それが何を意味するのか、理解していないようだ。
(……本当に、可哀想な子ねぇ)
頭だけでなく、趣味も悪い――フランチェスカは小さく肩を竦めた。
婚約者の所業に、エリザベスも限界か――
そう予想していたフランチェスカは、人形の体で地下室に戻る。
案の定、エリザベスは観劇に行かないと言い出したので、交代を申し出た。
(そうよ、貴女は酷薄な婚約者を嫌っていればいいの)
サラやエリスと仲良くね――そんな思いを込めて、地下室を後にした。
二体の人形は、何かを訴えるかのように盛んに手足を動かしていたが、あの愚かな娘は何も気付かないだろう。
自室へ戻り、エリザベスの体は放置する。
翌朝、家政婦長の体で義妹の様子を見に行けば、彼女は楽しそうに身支度をしていた。
『お姫様みたい』『少し大きいわね』等と暢気な事を、侍女達と話しながら。
(確か……ローズの侍女達は、男爵や商家の出だったかしら)
期待されていない義妹には、碌な人間が宛がわれていないようだ。
「ローズ様、こちらを……」
他の使用人達に勘付かれないよう、紺の質素な外套を着せて送り出した。
エリザベスの自室へ戻ると体を交換し、フランチェスカは葬礼用の衣服に着替える。
(体が多いと忙しいわねぇ……早く処分したいわ)
心の中でぼやくと、淡い色の肩掛けを羽織り、外へ出た。
正面玄関へ出れば、義妹の姿を確認できた。
件の罪深きドレスは、裾から辛うじて覗くのみ。
「今日も大人っぽくて素敵ですね」
義妹はフランチェスカを見て目を輝かせていた。
二人で馬車に乗り、劇場へと向かう。
家政婦長の体で言いつけておいたので、今日は使用人を同行させていない。
いつもと変わらず喋り続ける義妹に適当に相槌を打ちながら、フランチェスカは機会を窺っていた。
(……そろそろね)
「それでね、王子様が……」
「ローズ、もうすぐ劇場に到着するわ」
義妹の言葉を遮り、外套に手を掛ける。
「貴女の可愛い姿を、皆に見せて差し上げて」
「可愛いだなんて、そんな」
彼女は照れながらも、外套を脱いだ。
「……良く似合っているわ」
(本当に、馬鹿にしか似合わないドレスを考え付くものね)
視界に入れるのも悍ましいそれを纏った義妹は、無邪気に微笑んでいる。
劇場の前は、多くの人間で混雑していた。
先日の茶会で見かけた顔も、幾つか確認できる。
ヘンリー・スマラクトは、いつもの渋面で佇んでいたが、グラナート家の馬車を確認すると足早に近付いて来る。
(お前は愛しい婚約者だけが来ると思っているのでしょうけど……)
窓の隙間から、彼の強張った表情を確認したフランチェスカは口元を歪める。
「じゃあ、行きましょうか」
「はい、私、楽しみです」
馬車の扉が開くと、ローズは我先に降りようとする。
フランチェスカは、そんな可愛い義妹の足を引っ掛けた。
「きゃっ」
「えっ」
義妹は、あっさりとヘンリーの腕の中へと納まった。
外から、僅かにどよめく声が漏れ聞こえる。
その光景に満足したフランチェスカは、肩掛けを下ろして馬車から降りた。
ドレスを着た義妹と、葬儀へ赴くかのような格好の婚約者――
周囲の声は、一層大きくなった。
「エリザベス……」
義妹を引き離すことも忘れて、ヘンリーは呆然と此方を見つめている。
彼の目には、婚約者しか映っていないのだろう。
どうして、エリザベスがそんな恰好で――ヘンリーの心情を考えて、フランチェスカは思わずほくそ笑んだ。
そこで、ようやく、ヘンリーは腕の中の存在に気付いたらしい。
慌てて彼女から距離を取っていた。
「どうして……席は二人分しか……」
ヘンリーは、義妹を連れてきた事を疑問視しているのだろう。
しかし、彼の発言は、フランチェスカの利に働いた。
「ええ。心得ております」
周囲の騒めきに負けぬよう、フランチェスカは声を張り上げる。
「いつも通り、お二人でどうぞ」
その宣告に、騒めきは消えた。
「私は先に帰ります。馬車を出して下さい」
そう告げられた御者は戸惑うが、スマラクト家の執事が駆け寄って来るのを確認すると頷いた。
馬車に乗るまでの間、フランチェスカが周囲を盗み見れば、非難や好奇心を隠せない外野の表情。
(さあ、これで準備は出来たわ)
後は、執行と呼ぶに相応しい日を待つだけであった。




