4、女王は愛に包まれる
「それでね、先生ったら私の発音が……」
「……そうか」
「エリザベスお嬢様はもっと上手でしたよって言われたのよ? そうそう、ダンスの先生だって……」
(この焼き菓子も美味しいわ。柑橘の皮が練り込んであるのかしら。紅茶の風味と合わせているのね)
茶と菓子を堪能するフランチェスカを余所に、客間では話に花が咲いていた――咲かせているのは一人だけであるが。
自分の隣に座り、絶えずお喋りを続けている少女が『愛される義妹』らしい。
赤みがかった金髪に、柘榴のような輝きを見せる赤茶色の瞳。
見目は良いと思うが、美姫の類ではなく、あくまで少女の可愛らしさ。
「そうなのか……でも、ローズも上達したんじゃないか?」
件の婚約者――ヘンリー・スマラクトは、向かいに座り、義妹の話に相槌を打っている。
その光景は、恋人というより兄妹の遣り取りにしか見えなかった。
(エリザベスの口振りだと、自分より妹に執心しているって感じだったけど……)
フランチェスカが見る限り、義妹はまだ子どもと呼べるぐらいの年齢だろう。
(そりゃあ、私が女王やっていた頃なら既に嫁いでいる年齢だけど……)
長年に渡り、数々の夫婦や恋人を見てきたフランチェスカには違和感があった。
それに、義妹との会話の合間に此方へ視線を送る婚約者は、まるで――
(アンガス様も、よく、こんな風に私を見てきたわね……)
亡き最愛の夫を思い出して、少しだけ、切なくなった。
帰り際に、ヘンリーは目も合わさずに包みを渡してきた。
中身は白いうさぎの人形。
(何これ? 子どもじゃあるまいし……)
「ありがとうございます」
微笑んで見せれば、彼はすぐさま踵を返して去って行った。
(……どうやら、エリザベスは誤解しているみたいだけど……)
彼は婚約者の事を憎からず思っているのだろう。
思わず溜め息が漏れた。
趣味に合わないので、うさぎは目のつかない所にしまい込んだ。
『伯爵家の当主が戻った時は全員で食事をする』という決まりに従い、本館を歩いている時の事――
ふと、違和感を覚えて、足を止める。
心臓が早鐘を打つ。
周囲の景色がゆっくりと動いているように見えた。
「お嬢様?」
後ろにいた侍女が、気遣わしげに此方を見ている。
「ごめんなさいね、少し考え事を……」
ごまかすように、窓の外を見た。
体の変調は、徐々に治まっていく。
「多忙なお父様の時間を奪っているような感じで申し訳なくて……」
微かな声で訴えて見せれば、侍女は即座に首を振る。
「とんでもございません。旦那様は、お嬢様との時間を楽しみにしていると聞いております」
「だと良いのだけれど……」
(この体、もしかして……)
再び大食堂へと歩きながら、エリザベスはある事を推察していた。
趣味の悪い絵画の前を通れば、大食堂はあっという間。
他の家族は、既に座っていた。
奥には、濃い茶色の髪を持つ壮年の男。
義妹と、彼女と同じ髪色の女もいる。
(あれがお父様とお義母様ね)
「遅くなって申し訳ありません」
フランチェスカが頭を下げると、父は軽く頷く。
渋面で、怒っているような印象を与える男だった。
食事の席は、和やかな空気に包まれていた。
主に義妹が発言し、父と義母は静かに耳を傾けている。
食器類の触れ合う音が耳に付く。
(……賑やかねぇ。庶民の家なのかと思っちゃうわ)
フランチェスカとしては、義妹の所作の見苦しさが気になって仕方がない。
しかし、誰かが咎める様子はなさそうだ。
(随分甘やかしているのねぇ……甘やかすと言うよりは……)
「お前は、それが好きなのか?」
その言葉が自分に向けられたものだと気付くのに、フランチェスカは時間を要した。
気が付けば、父は此方をじっと見つめていた。
フランチェスカが手を付けていたのは、程よく火を通された鹿肉。
狩猟は亡き夫の趣味であったため、獣の類は好んで食べていた。
「……見苦しい姿を申し訳ありません」
食事を満喫していた姿が気に入らなかったのだろう――そう考えて、フランチェスカは謝罪する。
「いや、お前が好きなら……また用意させよう」
しかし、フランチェスカの予想に反して、父は呟くだけであった。
(あらあら、このお父様も……)
エリザベスの体を得てから約二日。
フランチェスカは大体の事情を察していた。
この体の持ち主は、とてつもなく大事に育てられていたらしい。
(どうして自分が虐げられているなんて発想に至ったのかしら……まあ、あの父親と婚約者も誤解されやすい性格なのでしょうけど)
フランチェスカが鬱陶しくなる程度に、周囲の人間達は過保護に扱っている。
おそらく、結婚してからも待遇は変わらないのだろう。
そして、懸念事項はもう一つ。
(……一度、エリザベスに返しましょう)
エリザベスに成り代わるのは面倒臭い――そう判断した。
しかし、人間の体は惜しい。
(あの躾のなっていない義妹か、適当な使用人か……それより……)
新たな体を手に入れる為、フランチェスカは機会を待つ事にした。
皆が寝静まった頃合いを見計らって、荷物を抱えたフランチェスカは窓から脱出した。
裏庭の方へ向かい、倉庫の影に身を潜める。
誰も来ないことを確認し、布を捲って井戸の中へと降りた。
(あの娘には、誤解してもらったままの方が都合が良いけれど……)
さて、エリザベスをどう言い包めるか――そう悩んでいたフランチェスカの足が、何かを踏む。
(……あら、そう言えば、片方しか履いていなかったわ)
サラの靴が、枯草の中に埋もれていたようだ。
「使えそうね」
フランチェスカは思わず笑みを浮かべた。




