3、女王の誤算
地上へ出て、防水布と縄で井戸を覆う。
(こうしておけば、すぐには見つからないでしょう)
満足したフランチェスカは、エリザベスから聞いた自室に移動する。
部屋へ入り、窓を閉めて一息ついた。
(さて、取りあえず……この娘の事を調べないと)
会話が全く噛み合わないと、流石に疑念を抱かれてしまう。
「……つまらない女ねぇ」
フランチェスカが愚痴を零すぐらいに、エリザベスの部屋は個性が無かった。
装飾品の類はほとんど見当たらない室内に、黒や紺の質素な服が並ぶ衣装棚。
大きな本棚は目立つが、中を埋めるのは歴史書や教会の聖典に、エリザベスが記したらしき覚書の数々。
彼女は、家庭教師や嫁ぎ先からの教育内容を、律儀に書き残しているらしい。
机の上にあった日記帳を拝借しても、『誰が尋ねてきた』『何処を訪ねた』という簡単な内容ばかり。
(迎えるのは家庭教師か婚約者、出掛けるのも嫁ぎ先の公爵家だけ……味気ない生活しているわねぇ)
寝台に横たわり、日記を流し読みしていると――扉を叩く音。
外を見れば、既に夜は明けていた。
「お嬢様、よろしいでしょうか?」
「起きています」
急いで起き上がり、扉の前に立つ。
入って来たのは、年配の女だった。
来ている衣服から、使用人の中でも高い地位にあるのだろうと推察した。
彼女はエリザベスの格好を見て、眉を顰める。
「お嬢様、どうしてお一人で……」
既に身支度を済ましている事を、疑問に思っているのだろう。
(……一応、身の回りの世話ぐらいはするつもりだったのね)
さて、エリザベスならどう答えるか――フランチェスカは逡巡し、顔を伏せた。
「サラもいないのだし、皆様のお手を煩わせるわけにもいきませんから……」
気弱で、卑屈な令嬢の振る舞いをして見せる事にした。
(あの娘は使用人にも侮られていたらしいし、下手に出ておけばいいでしょう)
しかし、目の前の相手は慌てて姿勢を低くする。
「お嬢様、そのような事を仰らないでください。元はと言えば、私共の手落ちです」
申し訳ありません、と深々と頭を下げる使用人。
その姿を見て、フランチェスカは内心首を傾げた。
「お情けで雇われていたのに、盗みを働いて逃亡するなど、なんて嘆かわしい……」
彼女はこめかみを押さえてぼやき続ける。
(……あらやだ。エリザベスったら)
あの赤毛の盗人、どうやら彼女が『親切なサラ』だったようだ。
(信じていた侍女に裏切られて……本当に可哀想。そんな不毛な人生、終わらせて正解ね)
良いことしたわ、と自分の行いに満足したフランチェスカは口元を手で覆う。
目を伏せて、「もう、あの人の事は聞きたくないわ……」と呟いて見せれば、目の前の女は再び頭を下げた。
「お嬢様、何か御用でしょうか?」
「お嬢様、お疲れのようでしたら、薬草茶をお持ちしましょうか?」
「お嬢様、どこか具合でも悪いのでは……?」
エリザベスの体を得てから半日――
フランチェスカは後悔し始めていた。
自室を出て別館から本館へ。
屋敷内を把握する為に歩いているだけで、幾人もの使用人達に声を掛けられてしまった。
それだけなら構わないのだが、皆がエリザベスを気遣う素振りまで見せてくる。
本当に、エリザベスの言う『よそよそしい使用人達』という人間は存在するのか疑わしくなってきた。
(……疲れたわ)
久方振りに筋肉を酷使した上に、空腹と気疲れまで合わさって、彼女は消耗していた。
(もっと自由に生活できると思っていたけれど……)
この体は、失敗だったかもしれない――寝台に転がりながら、ぼんやりと考えるフランチェスカ。
その時、誰かが扉を叩いた。
「お嬢様、食事の支度が整いました」
「……分かったわ」
(待っていたわ!)
外から掛けられた声を聞き、急いで寝台から飛び降りる。
食事は、彼女の生き続ける楽しみの一つでもあった。
時代の移り変わりとともに、少しずつ変遷をとげる食文化は、どれも違ってどれも良い。
(朝食も悪くなかったわ。食事にお金を掛ける家は合格よ……グラナートの癖に生意気ね……まあ、許してあげるわ)
飛び跳ねたくなる気持ちを抑えて、使用人を出迎えた。




