7、道化を装う乱人
※残酷な描写があります
王太子とローズ・グラナートが伯爵家で死亡した――その報せに、王宮内は混乱していた。
ザフィーア公爵家に戻ったライアンは、王太子に降りかかった災難について推測していた。
(あいつは、エリザベス嬢に会いに行った筈だが……まさか、ローズ嬢を始末しようと……)
脳裏に浮かんだ考えを、直ちに否定する。
(自分を“正義の執行者”とでも思っていたかのような男だ……安易な手段は用いないか……それだとすると……)
ローズ・グラナートが王太子と心中を図った、と考える方が、ライアンにとっては素直に受け入れられた。
(あの娘、王太子を狙っていたかもしれないな。目論見が外れて、それで……)
朝食の席で考えを巡らせていると、執事が傍に寄って来た。
「閣下……その、王宮から招集がありました」
(……とうとう来たか)
王太子が亡くなったのなら、ライアンにも連絡が来るだろうとは思っていた。
しかし、自分は知らない筈の立場。
「はあ……珍しいですね。王太子殿下からでしょうか?」
間延びした口調で返答すると、執事は小さく首を振る。
「……それが、国王陛下からのようで……」
長年、ザフィーア公爵家に勤めるこの男も、初めての事態に戸惑っているようだ。
「陛下が? それは大変ですね。直ちに向かいます」
わざとらしく慌てて見せると、ライアンは支度を始めた。
王太子と同伴でなければ、入る事を許されなかった謁見の間。
ライアンは、初めて、その場に一人で立っていた。
「両陛下に於かれましては……」
自分が挨拶をするのは初めてだな、と思いながらライアンは口上を述べる。
跪き、深く頭を下げたまま、暫し時間が過ぎた。
「……あ、ああ……その、ザフィーア公爵……顔を上げてくれ」
何かに気付いたように、国王が声を上げる。
ライアンの眼前には、落ち着かない様子の国王夫妻と俯く宰相。
特に王妃の方は、青ざめた顔で震えており、今にも倒れそうな様相を呈していた。
壁際には、一部の高位貴族達も確認できた。
「その……言いにくいのだが……」
国王は口を閉ざし、沈黙が続く。
(そういえば……此処まで案内した奴からも聞いていないな)
ライアン・ザフィーア公爵は、まだ王太子の死を知らされていない――ふと、ある企みを思いついた。
「お言葉ですが、陛下……どうか私にはお気遣いなく。王太子殿下にもお聞きしました」
その言葉に、国王の顔が歪む。
「殿下から? お前は何を言っているんだ?」
「殿下は、以前より、ローズ嬢に結婚を申し込むと仰っていました。あのような事があっても、本当にローズ嬢を愛していると……」
「う、嘘よっ!」
その言葉は、国王の隣から。
「ケヴィンが……あの子が、そんな愚かな……」
(まあ、急にそう言われても、信じられないだろうな)
憔悴しきった王妃の表情に、ライアンは気を良くする。
自然と、口元が綻んでいた。
「……両陛下も常日頃から仰っていたではありませんか。殿下は、自慢のただ一人の息子だと。そのような素晴らしい殿下が選んだ令嬢なのだから、良き王妃に――」
「やめて!」
王妃はその場に崩れ落ちた。
すぐに侍女達が取り囲む。
「どうして」「私は間違っていない」と喚きながら運ばれる姿は、ライアンの心を躍らせた。
「まさか、殿下が?」
「そこまで思いつめておられたという事か……」
諸侯達も動揺しているらしく、その場で話し合う姿が見える。
(これは……面白い流れかもしれないな)
『ローズが』ではなく、『王太子が』心中を図った――ライアンの発言は、この場にいる者達に、そう印象付けたようだ。
「恐れながら、公爵」
事態を見かねたのか、宰相がライアンの前に出る。
「王太子殿下は……」
案内された場所は、小さな一室。
王太子は寝台に横たえられていた。
「ああ、殿下……どうして……」
遺体に縋りついて見せれば、後ろから鼻を啜る音が聞こえた。
「少し……二人にしていただけませんか……」
そう声を掛けると、案内役の者達はその場を後にした。
ライアンは立ち上がり、王太子の姿を見る。
(焼死と聞いていたが……)
焼け爛れた肌は化粧で隠され、頭も鬘で隠されているようだ。
(死に顔を見れば、気も晴れると思ったが……)
王太子の変わり果てた姿は、思っていたより高揚感を与えてくれなかった。
遺体は綺麗に整えられ、苦悶に満ちた表情を隠しているからだろうと結論付ける。
(せめて、死に場所でも見に行くか)
彼の死んだ場所で、苦痛を想像するのも悪くない――ライアンはグラナート伯爵家に向かう事を決めた。




