6饗宴 落ちぶれグゴリオン
その鳥魔族は泥でよごれて毛色がわからなくなり、身体も枯れ枝のように痩せ細っていた。
空腹──飢餓とずっと戦ってきていた。
力は赤子のように弱く、以前のように人間を脅すこともできない。
走ってもノロノロと牛に追いつかれるくらいだ。
魔法はおろか、低俗な人間の手品だと思っていた魔術すら使えない。
一人では生きる事すら難しくなってしまった彼の名は──鳥魔将軍グゴリオン。
四年前、オウマによって知力以外のすべてを奪われてしまった魔物だ。
勇者すら圧倒する力があったのに……と歯がみするしかない。
とにかく、餓死したくない。
腹が減った。
満腹になったのは何ヶ月前だろう。
レストランが捨てた残飯を食べたときだろうか。
もっとも、次の日に魔物がいると通報されて袋叩きにあったのだが。
この王都も、獣人たちのおかげである程度は異種族の理解も深まってきたのだが、それでも鳥の頭と、大きな翼、白と茶の羽毛を生やしているグゴリオンは異形だ。
以前なら人間の姿に化けることもできたのだが、すでにその力は失われている。
空も飛べず、地べたをノロノロと猫背で歩き回り、食べられるゴミがないか毎日毎日探すだけの小汚い最弱の魔物。
それが現在のグゴリオンである。
ときにはプライドなく、頭を下げて、人間に食べ物を恵んでもらう。
大抵は食べ物ではなく、石を投げつけられる。
だが、グゴリオンは反撃できない。
ただ頭を地面にこすりつけ、痛みに耐えながら、馬鹿な人間が食べ物を恵んでくれるのを待つのだ。
「これ、朝ご飯の残りですが食べますか?」
「あ、ありがたいです! ありがたいです!」
一人の馬鹿な人間が飯を恵んでくれた。
グゴリオンはホッと安堵し、心の中では見下しながらもパンを受け取った。
目の前にいたのは、一人の少女。
グゴリオンは、その少女をどこかで見た事があったかのように思ったのだが、今は空腹でそれどころではない。
四日ぶりのパンだ。
「うめぇ! うめぇ!」
「パンは逃げませんから、ゆっくり食べてくださいね」
そういうと、少女はいつの間にかいなくなっていた。
グゴリオンは腹を満たすと、そのまま眠った。
感謝などしない。
どうせ人間は施しを与えて良い気になって、見下して、満足して、すぐボロクズのような最弱魔族の存在など忘れてしまうのだろうから。
だが──次の日。
「朝ご飯の残りです。食べますか?」
「……た、食べる」
少女はまたやってきた。
ゴミ以下のようなグゴリオンの元に、くったくのない笑顔で。
グゴリオンは不思議がった。
なにかの気まぐれが二日続いたのか、と。
しかし、そうではなかった。
三日、四日、五日──と、続いたのだ。
少女はそれから毎日、グゴリオンにパンを渡した。
グゴリオンは怖くなった。
なにか裏があるのでは──と。
安心させておいて、信頼を築いて、絶頂で突き放す。
いくらでも、いくらでも疑ってしまう。
自分がやっていたことだから。
「わ、ワタシをどうする気ですかねぇ……?」
「どうもしないよ」
「じゃあ、なぜ施しを!?」
「グゴリオンさんがお腹を空かして困っていたから」
グゴリオンは驚愕に目を見開いた。
鳥魔将軍としての名前を知っていて、接触してきたのだ。
魔族としてのプライドがある。
もし、こんな貧弱になった姿を誰かに知られたらと思うと、心臓が早鐘のように打ち、頭の中のザワザワが止まらない。
「……その名を……どうして知っているんですか?」
「あなたのエーテルを覚えていたから。──だって、戦った事があるもん」
「もしや!? 見覚えがあると思ったら、勇者のガキですか!?」
少女──ジャスティナはニコリと笑った。
その笑みに震えた──グゴリオンは命乞いのセリフを何十パターンも考えた。
姉のステラの顔面を焼こうとし、騎士団を壊滅させ、だまし討ちによってジャスティナ本人も殺そうとしたからだ。
そんな相手が、毎日食べ物を恵んでいた。
恐怖しかない。
安心させてから、一気に殺すというコースしか見えない。
「死にたくない助けてまだ生きたい勇者様どうか哀れな小鳥に慈悲をどうか御慈悲を与えてくれませんかお願いします死にたくない死にたくない……」
ブツブツと呟くように懇願するのが精一杯だった。
ジャスティナはそれを見て、神剣をスラリと抜いた。
そして、両手で握りしめ、高く振り上げ──。
「ヒィィィィ!?」
地面に突き刺した。
「……え?」
「語るのに剣はいらない。戦いに来たんじゃなく、お話ししにきたんだから」
「は、話す……? わ、ワタシから贖罪の言葉でも引き出そうというのですかぁ……?」
「ううん、そうじゃないよ。
そりゃ、ステラお姉ちゃんや、騎士団のみんなにひどいことをしたし……キザイルさんもブッスリとやられちゃったけど」
ジャスティナは、あのときのキザイルを思い出して苦笑いしていた。
当時はわからなかったが、今はおっぱいがもみたいとか、そういう気持ちで真剣に行動していたと知って何ともいえないからだ。
「でも、それはそれとして、お腹が空くのってつらいよね。大変だよね。
ステラお姉ちゃんがね、お母さんと貧乏だったときはいつもお腹を空かせていたって言ってたもん」
「ど、どうしたいのですか……ワタシになにを求めるのですか……」
「お腹いっぱいになって欲しかった。
……あ、でも、グゴリオンさんは身体が大きいからこれくらいじゃ足りないかな?
……困ったな~、家に来てくれればいっぱい作ってくれる人がいるんだけどな~」
ジャスティナは可愛く、チラチラと視線を送っていた。
家に来て欲しいとでも言うかのように。
「ふんっ! 誰が勇者のガキの家に世話になるものですか!
これでもワタシは誇り高き鳥魔将軍グゴリオンですよ!?」
「あはは……。そっか、そうだよね。グゴリオンさんの気持ちも考えずにごめんね」
夕暮れ時、ジャスティナは手を振ってバイバイと別れた。
グゴリオンはなんとも表現できない気持ちを胸に、それを見送るしかなかった。
──見送るしかなかったのだが……ゾッとするような異常に気が付いた。
いつの間にか王都の隙間に入り込んでいた、知っている魔将軍のエーテルがあった。
丁度、ジャスティナが帰った方向と同じで、数分後には鉢合わせになるだろう。
「やりましたね、あの魔将軍は一対一なら最強の機械だ。こざかしい勇者のガキが肉片にされると思うと清々しますよ」
グゴリオンは吐き捨てるように言って、背を向けて去ろうとした。
だが、足が前に進まない。
落ちぶれたとは言え、鳥魔将軍ともあろう者が、身がすくんで動けないのだ。
「くっ……」
何に対して、何を恐れて、何を想って身がすくむのか。
見て見ぬフリをして立ち去るだけなのに。
口にするにもおぞましい感情。
わかってはいたが、決して認めない。
「しかたがない、勇者のガキが死ぬところでも見て溜飲を下げますか……」
やる気のない言葉とは裏腹に、グゴリオンは全力でジャスティナのあとを追った。
弱体化した肉体のせいでノロノロとしか走れないし、息も切れ切れ、わき腹もズキズキと痛む。
それでも間に合えと最弱の肉体にむち打つように、血液を送り出す心臓を応援して、肺に息を精一杯取り込む。
神に祈りが届いたのか、ジャスティナと“なにか”が対峙しているところに間に合った。
ジャスティナが構えるのは神剣。
いっぽう“なにか”──いや、2メートル半ほどの銀色鉄巨人が構えるのは、大きなチェーンソーであった。
耳障りな小型エンジン音が鳴り響く、人間世界ではありえない斬殺武器。
その小さな刃が高速回転する仕組みがわかっていないと──。
「あっ!?」
鍔迫り合いをしようとしたジャスティナは、チェーンソーで神剣を遠くにはじき飛ばされた。
普通の剣とは性能がまったく異なるのだ。
次の瞬間。
あわや、チェーンソーが振り下ろされ、ジャスティナの頭蓋骨が真っ二つに──。
「ま、待つのです! 機魔将軍メロピー・アンディグラフォ!」
ようやく追いついたグゴリオンは、息も絶え絶えで二人の間に入った。
「……お前、グゴリオン?」
鋼の身体を持つ機魔将軍の声は、意外にも幼い声だった。
だが──怒気がこもっていた。
「グゴリオン……、お前、魔王様裏切った。機能停止させる」
「わ、わかった! ワタシが憎いのはわかりましたが、この勇者のガキは殺すに値しません!」
「……なぜだ? 勇者は敵。きっと、魔王様が帰ってこないのも、勇者が悪い」
「こ、この勇者のガキは、どうやら魔族に味方をする頭のおかしい奴なんですよ!
だ、だから、殺してしまうと、魔王様もきっと悲しむでしょう!」
機魔将軍は一瞬だけフリーズしたあと、ゆっくりとチェーンソーを停止させた。
「検証終了。たしかに魔王様、悲しみそう」
「そ、そうでしょう。この鳥魔将軍が嘘を吐いたりはしませんよ、ええ」
「それは否定。お前、魔王軍で嘘だらけだった。
……でも、今回の行動は身体を張っていた。
命を賭ける行動に悪意ある嘘のロジックは組み込みにくい」
「べ、別に身体を張ってはいません! ワタシは本気を出せば、すぐにこの場をどうにかできるくらいの力が──」
「……グゴリオン、嘘つき。極限まで弱体化してるのわかる。
今回は見逃す。人多い場所、苦手、脱出」
チェーンソーの派手な音を聞きつけた野次馬が集まってきたのを見て、機魔将軍はスモークを炊いて、どこかへ去ってしまった。
ジャスティナと、グゴリオンも逃げる事にした。
グゴリオンの手を引っ張るジャスティナ。
どこかに向かっているようだ。
しばらく歩くも、終始無言。
グゴリオンは何と言って良いのかわからなかった。
なぜ、敵対する勇者を助けてしまったのか。
気持ちに整理が付かない。
そして、そのまま──。
「あ、おまっ!? グゴリオンであるか!?」
「アナタは、あのときのオウマ・ブラオカですか!?」
ジャスティナの家──つまりオウマが住む家に連れてこられたのであった。
玄関先でバッタリ魔王と鳥魔将軍が再会して、今日も夕暮れ時が終わろうとしていた。
新連載始めました。
『多すぎるSSSランクから辺境に逃げた下請けの竜装騎士→伝説装備すぎてコスプレと間違えられる』
国を救うことに疲れてしまった竜装騎士が、相棒の竜と共に田舎に移り住むスローライフ(?)なお話です。
もしよければ、下記のリンクからでも読んで頂けると嬉しいです。




