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女になった俺と、距離感がおかしくなった奴ら  作者: わかめ
女になった俺

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2/25

親友が俺を見下ろしている


インターホンが鳴った。


電話を切ってから、たぶん二十分も経っていない。


俺は玄関へ向かいながら、途中で一度立ち止まった。


長い髪が邪魔だった。


さっきから腕や背中にまとわりついて鬱陶しいので、家にあった輪ゴムで適当にまとめてみたのだが、どうにも収まりが悪い。


鏡を見る。


ぶかぶかのTシャツ。


下は昨日履いていたスウェットをどうにか紐で絞っている。


髪は適当に後ろで束ねたせいで、ところどころ飛び出している。


そして何より。


小さい。


自分で見ても、小さい。


「……どう説明すんだよ、これ」


もう一度インターホンが鳴った。


『おーい、悠真』


聞き慣れた蓮の声。


俺は数秒迷ってから、鍵を開けた。


ドアを少しだけ開く。


蓮が立っていた。


昨日と同じ顔だった。


少し寝癖が残っていて、ラフなパーカー姿。


当たり前だ。


変わったのは俺だけなのだから。


蓮は開いたドアの隙間から俺を見た。


「……」


俺も蓮を見る。


「……」


しばらく、どちらも何も言わなかった。


蓮の視線が、俺の顔から一度下へ落ちる。


それからまた顔へ戻ってくる。


「……誰?」


「だから俺だよ」


昨日までとはまるで違う高い声が玄関に響いた。


蓮が眉を寄せる。


「悠真は?」


「だから俺」


「いや」


「何だよ」


「いやいやいやいや」


蓮が一歩下がった。


「誰?」


「さっき電話で説明しただろ!」


「説明されてねえよ! 『来い』しか言われてねえ!」


「そうだった」


「そうだったじゃねえよ!」


こいつの反応があまりにも普通で、逆に少し安心した。


俺だって同じ立場ならそうなる。


昨日まで百七十六センチあった男友達の家へ来たら、玄関から知らない女が出てきた。


しかも。


俺は蓮を見上げた。


「……でけえな、お前」


「俺は変わってねえよ」


「分かってる」


分かっているのに、変な感じだった。


昨日まではほとんど同じ高さだった。


話す時に首を上げる必要なんてなかったし、目線を合わせることも意識したことがない。


今は違う。


蓮の顔が、明らかに上にある。


思っていた以上に上だ。


「……ちょっと待って」


蓮が言った。


「何」


「ほんとに悠真?」


「だからそう言ってるだろ」


「証拠」


「証拠?」


「俺しか知らないこと」


「めんどくせえな」


「いいから」


俺は少し考えた。


「高校二年の夏、お前が文化祭の準備中に――」


「待て」


「まだ何も言ってねえだろ」


「それはやめろ」


「じゃあ大学一年の時、お前が初めて付き合った彼女と――」


「分かった。お前だ」


「早えな」


蓮が両手で顔を覆った。


「マジかよ……」


「俺もそう思ってる」


「いや、でも」


また俺を見る。


今度はさっきよりじっくり。


顔。


髪。


肩。


胸元。


そこで俺は反射的に腕を組んだ。


「見るな」


「いや見るだろ!」


「何でだよ」


「状況確認だよ!」


「胸見て状況確認すんな!」


「そこだけ見てねえ!」


「今見ただろ!」


「目に入るんだよ!」


言われて、俺は黙った。


それについては少し分かる。


俺自身、さっきから視線を下げるたびに嫌でも目に入る。


小さい身体に対して、どうにも存在感が強い。


「……まあ」


「何だよ」


「確かに目に入る」


「自分で納得すんな」


蓮が深く息を吐いた。


「とりあえず中入れて」


「ああ」


俺は横へずれた。


その時。


蓮が玄関を通ろうとして、また止まった。


「……悠真」


「何」


「お前、ほんと小さいな」


「殺すぞ」


「いや、悪い」


笑いそうになっている。


「今笑っただろ」


「笑ってない」


「口元」


「笑ってないって」


俺は蓮の脛を軽く蹴った。


つもりだった。


「痛っ」


「……あれ」


思ったより効いていない。


昔ならもう少し重い蹴りになったはずだ。


俺は自分の脚を見る。


細い。


筋肉のつき方も違う。


「力も落ちてんのかな」


「そりゃその身体ならな」


「言い方」


「じゃあ何て言えばいいんだよ」


分からない。


俺にも分からなかった。


リビングへ移動する。


蓮はいつもの場所に座った。


俺もいつものように向かいへ座ろうとして、途中でまた違和感を覚えた。


ソファが高い。


座る時に少し身体を持ち上げる感覚がある。


足が床につかない。


「……」


「何してんの」


「いや」


俺は足先をぶらぶらさせた。


「届かねえ」


蓮が吹き出した。


「笑うな!」


「いや無理だろ!」


「昨日まで普通に届いてたんだぞ!」


「知ってるから面白いんだよ!」


「お前なあ……」


俺はクッションを一つ蓮へ投げた。


軽い。


それも腹が立つ。


蓮は笑いながら受け取った。


その笑い声を聞いているうちに、少しだけ肩の力が抜けた。


昨日までと同じだった。


こいつの笑い方も。


俺に対する遠慮のなさも。


何も変わっていない。


少なくとも、今のところは。


「で」


蓮がようやく真面目な顔になった。


「何があった」


「知らん」


「知らん?」


「起きたらこうなってた」


「昨日帰ってから何か変なもん食ったとか」


「コンビニで水買っただけ」


「薬」


「飲んでない」


「変なサイト」


「何でサイト見たら女になるんだよ」


「知らねえよ。俺だって混乱してんだよ」


「俺もだよ」


二人で黙る。


さっきまで笑っていたのに、急に部屋が静かになった。


蓮が俺を見る。


「……身体は」


「何」


「痛いとか、具合悪いとか」


「今のところはない」


「本当に?」


「多分」


「多分多いな今日」


「しょうがねえだろ」


俺は髪を払う。


適当にまとめていたゴムが緩んで、長い髪がまた肩から落ちてきた。


「……あーもう」


「すごいな、それ」


「何が」


「髪」


「邪魔」


「昨日そんな長くなかったよな」


「見りゃ分かるだろ」


「いや、そうじゃなくて」


蓮が少し考える。


「身体が小さくなった分だけ、そのまま髪だけ残ったとか?」


俺も一瞬黙った。


「……それありそうだな」


「元々の長さがそのまま比率変わった的な」


「なるほど」


昨日までの百七十六センチの身体。


今の、百五十すらない身体。


もし変化の時に身体だけが一気に縮んで、髪の長さがその影響を受けなかったなら。


理屈として正しいのかどうかは知らない。


でも、今ある現象としては妙に納得できた。


「まあ、それはあとで切ればいいとして」


蓮が言う。


「問題はこっちだろ」


「こっち?」


蓮が俺全体を指した。


「全部」


「雑だな」


「細かく言ったら怒るだろ」


「内容による」


「じゃあ言わない」


「賢明だ」


蓮がスマホを取り出す。


「病院行こう」


俺は少し黙った。


やっぱりそこになる。


「どこ」


「とりあえず総合病院とか?」


「何科だよ」


「……内科?」


「内科でいいのか?」


「じゃあ婦人科?」


二人とも止まった。


「…………」


「…………」


蓮が俺を見る。


俺も蓮を見る。


「いや」


俺は先に首を振った。


「まだちょっと無理」


「何が」


「その単語を俺に向けて言うな」


「でも身体は」


「分かってるけど!」


頭では分かっている。


鏡も見た。


身体も見た。


けれど。


『婦人科へ行く自分』まで、一気に現実として受け入れるのはまだ早かった。


「じゃあ救急相談に電話するか」


「それがいい」


「話せる?」


俺はスマホを見た。


「……お前話して」


「何で俺が」


「俺が『昨日まで男だったんですけど』って言うより、お前が第三者として説明した方がまだ信用されるだろ」


「それ俺も頭おかしい奴だと思われない?」


「親友だろ」


「便利な言葉として使うな」


それでも蓮は電話番号を調べ始めた。


俺はその横顔を見ていた。


いつもの蓮だ。


本当に、何も変わっていない。


俺が女になったからといって、急に態度を変えるでもない。


困った顔をして。


笑って。


俺を馬鹿にして。


それから普通に、どうすればいいか考えている。


そのことが、思っていたよりありがたかった。


「……蓮」


「ん?」


「ありがとな」


蓮の指が止まる。


「何急に」


「いや」


「気持ち悪い」


「お前昨日も同じこと言ってなかった?」


「お前が言ったんだろ」


「そうだっけ」


「そうだよ」


少しだけ笑う。


その時だった。


髪がまた肩から滑り落ちた。


俺は鬱陶しくなって、まとめ直そうとする。


けれど、長い髪なんて扱ったことがない。


手を後ろに回す。


絡まる。


ゴムを落とす。


「……くそ」


「貸せ」


「は?」


蓮がソファから立ち上がった。


俺の後ろへ回る。


「俺の姉貴、髪長かったから昔よくやらされた」


「何を」


「結ぶの」


「いや、でも」


「じっとしてろ」


「……おう」


言われるままに座る。


蓮の手が髪を集める。


首筋の近くを指が通った。


「っ」


俺の肩が小さく跳ねた。


蓮の手が止まる。


「……何」


「いや」


「痛かった?」


「違う」


「じゃあ何」


「……知らん」


本当に分からなかった。


ただ。


首の後ろを触られただけなのに。


昨日までなら何とも思わなかったはずなのに。


妙にくすぐったくて。


一瞬だけ、息が止まった。


「続けていい?」


「……いい」


蓮がまた髪を集める。


今度は俺も動かなかった。


少しして、後ろで髪が一つにまとまる。


「できた」


「早いな」


「姉貴で鍛えられた」


俺は立ち上がり、洗面所の鏡を見る。


さっきよりはマシだった。


長い髪を後ろで束ねた、小さな女。


やっぱり知らない。


でも。


「……似合うじゃん」


後ろから蓮が言った。


「殺すぞ」


反射的に返した。


蓮が笑う。


俺も少しだけ笑った。


いつものやり取り。


それなのに。


さっき首筋に触れた指の感覚だけが、なぜかまだ残っていた。

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