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 祈織はローズホテルに部屋を取った。

職場には退職する前に有給休暇を消費するため、長期の休みを申請し、実家には涼子と旅に出るとだけ伝えたようだ。コンビニでお菓子や非常食、飲み物を買い、部屋に戻った。このまま籠城作戦にでようというのだ。

 アキラは、スマホに送られてくる無料メール鑑定をこなしていた。これは彼の主な仕事で、無料から有料サービスへと繋げる重要な仕事なのだ。まずメールには、鑑定に必要な、氏名、生年月日、血液型、出生順、出生地が書かれていて、相談内容にも目を通す。その鑑定情報を沖縄の本店へと送り、鑑定書が送られてくるのを待つ。だいたい早い時で、10分、遅くても20分以内に依頼した順から鑑定書が送られてくる。PDF形式で送られてくる鑑定書と相談内容を照らし合わせながら、メールで文書を作っていく。最後には有料サービスへと誘導するURLを張り付けて、顧客からの連絡を待つ。

 全てのメール鑑定を終えると、後は本店に丸投げである。本来、アキラのような個人事業主は、占術協会と業務提携を結び、組織が作り上げたシステムの中で、インセンティブを稼ぐというやり方と、集客から自分ひとりでやる方法の2通りしかない。しかし、アキラは協会専属の占い師ということで、組織の力を借りながらメール鑑定をこなし固定給をもらい、なおかつ個人でも顧客を抱えている。その顧客の大半は、一般人が想像もつかないほどのお金持ちである。

 アキラはさっきコンビニで買ってきたスマホの充電器をコンセントに差した。レンタル式モバイルバッテリーの利用も検討したが、さすがに長期戦となりそうな予感がしていたので、約3000円を出してアップル純正の充電器を買ったのだ。ちなみに、レンタル式モバイルバッテリーの社長、ステファン・チェンとは旧知の仲だ。アキラを引きこもりから救ってくれた新城はステファンの会社で働いている。元宮も含めて、蒲田の元宮世代と言われることがあるが、それは単に1980年生まれの仲間たちの中で、いちばん広く有名なのが元宮だからだろう。しかし、人生は50歳を過ぎてからじゃないと解らないことも多い。たった43年の人生の中で、たまたま元宮だけが若くして有名になったのは周知の事実だが、アキラや新城だってまだまだ億万長者になるチャンスはいくらでも訪れる。新城は奥さん方の両親と一緒に暮らしているのだが、その義理の父親が化粧品会社の社長なのだ。ゆえに、新城だって社長になる器はできているし、晩年は遺産相続で豊かな暮らしが保証されていることだろう。アキラだって、母親が資産家の娘なのだから、一般文芸の世界で世界に羽ばたく可能性だってある。その夢が現実になるとするならば、いちばん大成功する可能性を秘めているのは、アキラかもしれないのだ。

 王朝を意味するローズホテルのダイナスィートルームは、他の部屋とは差別化されたチャイニーズモダンなつくりになっている。ベッドが3台と4人掛けのソファーがL字に配置されていて、マンションで例えるならば、2DKの部屋をワンルームにしたくらいの広さと優雅さがある。当然、バスとトイレは別だし、化粧台も3台あり、65インチフラットスクリーンのテレビで映画を観ることもできる。ケチなアキラにとって、ダイナスィートルームの連泊は避けたかったが、祈織はどこ吹く風といった具合でお金のことには一切関心がない様子だった。大財閥の一人娘・星崎詩音、国内最高峰のジャズピアニスト藤原涼子、そして、田園調布住まいの遠野祈織、こんなにもお嬢様たちから愛されている自分は、天性のヒモ男であると、アキラは自身の幸運を素直に喜べないでいた。もっとも、彼だって母親が沖縄の財閥の娘であるから、一般人よりはリッチだ。

 アキラはメール鑑定を終えてソファーでくつろいでいる祈織の隣に座った。祈織はポップコーン片手に映画を観ている最中だった。その瞳は少し潤んでいて、大切な人との別れのシーンに差し掛かっているようだ。アキラはこの映画を観たことはないが、たぶんこの後、主人公は死ぬ。小説を書いていると先の展開が読めてしまって感情移入できない。そっと祈織の傍にいて、ボディーガードのような役割をしている自分の運命はどうだろうか。ここはハリウッドではない、横浜だ。ふと祈織の髪の毛からいい香りが漂ってきた。そのお洒落な匂いにつられて甘い大人な時間を想像してみる。人生は喜劇であるべきだ。全ては神々の演劇なのだから。

           


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