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二人はタクシーを利用して横浜中華街まで逃げてきた。アキラが若い頃に勤めていた山下公園近くにあるローズホテルで朝食をとることにした。
「アキラさん、本当に良かったのですかね?」
「あぁ。大丈夫だよ。それよりもライト君と祈織ちゃんが知り合いだったことにびっくりしてるよ」
「それは私もです。ライトとどこで出逢ったのですか?」
「ん?地元のツレが建築の仕事やっててね。そこの若いのだよ」
「そうだったんですね。ライトがご迷惑おかけしました」
「いや、そんなの祈織ちゃんを鑑定した時から解っていたことだから」
「そうなんですか?」
「はじめに言ったじゃない。占術は科学だって」
「確かに。性格も運勢も当たりすぎてて怖いくらいです」
アキラは中華粥をすする。それに合わせて祈織はスプーンでスクランブルエッグをすくう。戦士たちのつかの間の休息だ。
「わたしたち歳ははなれてるけど幼馴染なんです」
「そうだったんだね」
「ライトは小さい頃、田園調布に住んでたんです」
「へぇ、蒲田が地元って聞いてたけど、出身は田園調布か」
「はい。彼は中学生の時に蒲田へ引っ越していきました。どうやらお父様の事業がうまくいかなかったみたいなのです」
「そっか。まぁ蒲田だって金持ちと貧乏人の差が激しい街だ。最近では蒲田の新築マンションなんか高すぎて、普通のサラリーマンじゃ買えないよ。貧富の差は激しいけど色んな人間がいるから夢追い人に優しい街ではあるよ」
「ライトってロックバンドやってるんです。彼はギターを弾きながら歌うんですけど、なかなか良いメンバーと巡り会えなくて苦労してるみたいです」
「まぁ、この世界はなにが起きるか解らないからねぇ。夢みたい気持ちも解らなくもない。けど音楽の世界は若くしてはっきり結果出ちゃう世界だからねぇ。このまま趣味として続けるには良いと思う」
「私もそう思います。稀に遅咲きの音楽家ってみかけます。彼らは若い頃には日の目が当たらなかっただけです。ライトたちがやっていることは遊びにしかみえません」
「野球で例えるならば草野球だよね。利害がないから楽しいかもしれない。けど音楽だけで飯を食っているプロとの差は大きい」
「彼はどんな職業に就けばうまくいくのですか?」
「彼の生年月日解りますか?」
「7月26日生まれです。年は私と3つ違いだから1993年生まれになります」
「解りました。詳しいことは琉球占術でみないと解りませんけれど、四柱推命と宿曜占星術で占ってみましょう。鑑定書を出すのでちょっとお待ちくださいね」
岸雷斗1993年7月26日生まれ。月星座・「亢宿」日干支・「戊申」通変星・「敗財」20代から40歳までのエネルギー「衰」
(なるほど!)
アキラは四柱推命の専門ではないが、すぐに腑に落ちた。ついでに遠野祈織の命式も出した。ライトと祈織の相性を調べておかねばならない。
遠野祈織1996年7月7日生まれ。月星座・「奎宿」日干支・「乙巳」通変星・「食神」20代から40歳までのエネルギー「養」
(………。これは!)
アキラは祈織の命式をみて意表を突かれた。琉球占術だけでは読み取れなかった答えがでた。
「まず、ライト君は見た目からしてイケメンですよね。占術上でもイケメンで人気運が強いです。インディーズとはいえ、やはりバンドマンはモテます。なぜロックなのかというと、この方は反骨精神が強いのです。そのことは、月星座につよく出ています。かなりのスタイリストで美に纏わる神様に守られています。ですので、ファッションや美にまつわる仕事が向いています。礼儀正しさも持ち合わせていますので、どことなく品があり、大器晩成運を持っています。年を重ねることに光ります。しかし静かなるときは柔和な彼でもひとたび爆発すると一筋縄ではいきません………」
そこまでアキラが言うと、祈織は身震いした。先ほどの出来事が脳内に蘇ったのだ。
「温ぎかい飲み物でも持ってきます」
アキラは席を立つ。祈織はすこし震えていた。後悔の念がアキラの脳内をよぎる。クライアントを不安にさせてしまうことはダメな鑑定師の典型的パターンだ。
それでも、良いことばっかりは言っていられない。場合によっては祈織の生命の危険すらあるのだ。現にライトは逆上して、酒ビンで祈織の頭を殴ろうとした。今となっては、占いは後付けのような話である。この先、何が起きようとしているのか。それを防ぐにはどうしたらよいのか。これを考えるのが占術師の仕事だ。
朝食ビュッフェのトレーを取り、ケーキコーナーへと向かった。奇跡的に苺のショートケーキが2つ残っている。アキラがこのホテルで働いていた時は、真っ先に苺のショートケーキがなくなり、お客様の方から聞かれることも多かった。
迷わず、苺のショートケーキを皿に取り、ついでにチョコレートケーキとモンブランをセレクトした。バーカウンターには、焼き立てのパンやサラダ、スクランブルエッグやウインナーといった軽食からサバの塩焼きとごはん味噌汁みそ汁の和食まで色とりどりに置かれている。
レストラン内にはリラクゼーションミュージックが流れていて、観光客たちは様々な服装をしており、異国情緒あふれる中華街の素晴らしい朝を演出していた。ホットドリンクコーナーは、ガラス製のティポッドにコーヒーとお茶が温められている。脇には、コーンスープと野菜スープもある。アキラは一日に4リットル以上水分をとるので、水なしには生きていけない。二人分のコーヒーと野菜スープをカップに注ぎ、念のため、紅茶を一つとフレッシュミルクもキープした。
窓際の席へと戻る間、遠目から祈織の様子を伺うと、すっかり落ち着いた様子で食事をとっていた。けれども、何か考え事をしているようにも見えた。
4人掛けのテーブルにトレーを置く。アキラはふぅと一息ついて
「何を考えていたの?」と祈織に尋ねる。
「ライトが言ってた言葉の意味を考えてました」
「ひょっとして、俺の女にって言葉?」
「よく解りましたね。さすが占術師」
「一方的な想いですよね」
「そうなんです。それに、ライトとは昔からの付き合いですけど、今回はじめて彼の気持ちみたいなものを知り、ちょっとショックです。小さな頃から遊んできたのに、そんな風に女として見られていたなんて……」
「ライト君には悪いけれど、彼と祈織さんは宿曜占術でみると安壊という最悪の相性です」
「あんかい?」
「えぇ、壊し壊される関係性のことです。祈織さんはライト君によって壊されるのです。だから、一刻も早く離れた方が良い」
「離れるもなにもライトとはたまに電話で話すくらいで会ってませんでしたし、男女の関係でもありません。縁を切れ、ということですか?」
「こんなの占術師としては言いたくないのですが、占い上の話がリアルでも起こり始めている。最初に祈織さんを鑑定した時に言いましたよね。このままだと死者もでるかもしれないって。その可能性は極めて高いです。縁をきれと言っても、僕と一緒にいたら、必ずまたライト君は復讐にくるでしょう。だから………」
「先生、まさか……」
「僕と祈織さんが会うのもこれで最後にしましょう」
「そんなの嫌です!アキラ先生とは末永くお付き合いしていきたいです。先生だって言ってたじゃないですか。関わったクライアントとは生涯のお付き合いをするつもりで鑑定するって」
「僕が殺される分にはまだ責任持てます。もっとも、殺されるような生き方はしていないし、復讐といってもたかが知れてます。ライト君は正直言って、あまり頭がよくないですから。刑務所にでも入って更生してもらうしかない。でも、祈織さんが巻き込まれるとしたら話は別です。僕は涼子さんの大切なご友人に手を出す人間は許さない。今度は僕がライト君を社会的に抹殺する番です」
アキラは飄々とはなす。祈織は頑ななまでに眉間にしわをよせて「嫌だ」と言う。
安壊とは、燃えるような激しい一目惚れからはじまる恋愛や浮気や不倫の関係性にも多い。しかし、その末路は憎しみあって何もかも壊れて別れるという悲恋に終わる。ぱっと見は刺激的で良いのかもしれないが、そんな愛は幻想だ。しかも、安壊の相手とは一緒にいるだけなのに運を下げると占いの教科書に書いてある。本来、一子相伝で継承されてきた宿曜占星術は、あまりの的中率の高さから平安時代には、権力者だけの特権として庶民からはく奪された歴史がある。しかし、四柱推命と合わせてライトと祈織の相性を調べても、やはり事件に発展するような運勢なのだ。
「先生はひどい人ですね」
祈織は怒りのこもった口調でいう。美しい顔が台無しだ。
「祈織ちゃん、これが一番良い方法なんだよ。僕はライト君の復讐を受けて立つ。解決した時には、また祈織ちゃんと会えばよい。それまでは、無視を決め込むのが手っ取り早い。僕はライトを蒲田から追放する。それでいいじゃないか」
「そんなの不安で不安で仕方ありません。だってわたし、うち所が悪かったら本当に生きて帰れなかったかもしれないんですよ」
「……その件は本当に申し訳ない。ほんの少しの金額をケチって、ラブホテルなんかを選んだから、ライト君だって勘違いしちゃったんだ」
「お願いです。アキラさんが私を守って下さい」
「そんなことしたら祈織さんのお仕事に響くのでは………」
「仕事なんか別にどうでもいいんです。今の職を辞めても国家資格持ってますので、いくらでも再就職先ありますから。それに、訪問看護をやってみたいんです」
「訪問看護も楽なお仕事じゃないですけど、夜勤がない分だけまだ良いですね」
「アキラ先生、どんな報酬でも致します。どうか私を守って下さい」
「解りました。命をかけて祈織さんをお守りします」
その誓いは一生を左右するものとなるだろう。アキラは身が引き締まる思いでいた。無邪気にコーヒーを飲んで笑みを浮かべている祈織は、とても幸福そうに窓の外を眺めていた。




