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 5時半にかけたアラーム音でアキラは目覚めた。

 夢と現実の狭間で揺れ動く心。

 昨晩は久しぶりに新城という親友の奥さんが夢に出てきた。新城はアキラを引きこもりから救ってくれた恩人であり、親友であり、共に世界平和を掲げて戦った同志だ。彼の奥さんは地元では美人として名が通っている。

 夢の中で新城の奥さんとその妹と一夜を共にした。もっとも身体の関係とかではなく、修学旅行みたいなノリで湖のほとりへキャンプにいき、夜とおしお菓子を食べながら談笑したり、トランプゲームをするといった内容だった。その夢は現実世界では叶わなかった夢だ。

 アキラは新城の奥さんの妹に恋をしていたことがある。もし、新城の義理の妹と結婚することができたとしたら、新城とは義理の兄弟になっていた。

 『世界一を掲げて戦ってきた俺たちの歴史が三世永遠に栄える様に身を粉にして戦う。その功徳として世界一の嫁さんと出逢い結婚したい』アキラはそう強く願っていた。そして、それは新城の義理の妹だと信じていた。


アキラはぼーっと天井を眺めている。もうとっくに夢から覚めているはずなのに、叶わない夢について想像力を働かさている。

 (なぜ、俺は新城の義理の妹が運命の人だと勘違いしたのだろうか?)

 アキラは現実世界の中で覚めない夢を観ている。それは三世永遠の愛を誓った運命の恋人と出逢い結ばれること。アキラの夢はそれ以上それ以下でもない。

 うーんと手を伸ばし背筋をピンとさせて起き上がった。

 寝ぼけまなこを手で擦る。「はぁやってらんねぇ~」と愚痴りながらスウェットのズボンを脱ぎ作業着ズボンを履く。黒いTシャツの上にブラックダニエルオリジナルのグレー色したジップ付きパーカーを羽織れば一気に戦闘モードになる。

 現場仕事にしては遅すぎる目覚めだった。立ち上がり時計をみる。朝飯を食べてタバコを本吸う時間くらいはありそうだった。

 サラダチキンと梅干しのおにぎりを食べ終わると他に特別やることもなかった。待機時間は退屈で仕方ないから嫌いだ。窓から外を覗けば天気は良好、雲一つない晴天。アキラはベランダに出てメビウスの10ミリロングに火を付けた。ぷかぷかと風で流れていく煙を目で追いかける。環状八号線と第一京浜が交わる交差点のあたりで酔っ払いが倒れているのが観えた。通行人たちは酔っ払いを避けて歩いていく。スマホをみながらスタスタと。酔っ払いの事は誰一人として気にもとめていない様子だった。わざとらしく救急車でも呼んであげた方がいい。悪意なくアキラは思った。

 アキラは少し早めに外へ出る。歩いて2分ほどで公園にたどり着く。昼間は子供たちや老人の憩いの場となっているので仲良し公園と根付けられて地元民から親しまれている。しかしアキラたちの仲間内では【親不孝公園】で通っている。違法薬物の売買が行われたり売春あっせん人の待機所でもあるからだ。

 親不孝公園の脇にはすでに竹田工務店の軽トラックが停まっていた。運転席にいるはずの竹田の姿はない。その代わりに新顔がひとり助手席に座っていた。金色に染め上げた短髪。上下ともに白のとび服を着ている。遠目からでは判断できないが細身でなかなかの美男子にみえた。

 末っ子で人の好き嫌いが激しいアキラは気まずそうに公園で待機していた。すると神社の方向からブラウンのとび服を着た体格の良い男が大股で歩いてくるのがみえた。眼鏡をかけていて解らなかったが、あの上腕二頭筋のたくましさからして竹田に違いないだろう。それに気づいた金髪の男はトラックから降りて男に声をかけた。

「社長!ご友人の方はまだ来ませんけど大丈夫ですか?」

「は?そこにいるじゃねぇか」

 竹田が指差す方向にはアキラがいた。金髪の男はアキラのもとへ駆け寄った。

「橋本さんですよね?」

「あぁ、はじめまして。アキラでいいよ」

「おれ、岸雷斗っていいます」

「ライト君ね。よろしく。年は幾つなの?」

「30歳です」

「そっかぁ。まだ若いな」

 アキラが感慨深く空を仰ぐ。想いでに浸ろうとするアキラを不憫に思った竹田は「アキラ。もう出るぞ」と短くいった。

 

 竹田が運転する青い2トントラックは早朝の環状八号線を道なりに走る。アキラは助手席に座り現場までの道をナビゲーションしていた。ライトはかなり狭い中央座席に腰をかけていて、時折、首を回したり腕を揉みほぐしたりと落ち着かない様子だった。ライトは痺れを切らした。

「社長、タバコ吸っていいすか?」

「あぁ。好きにしろ」

 アキラはそのやりとりを聞いて窓を全開にした。竹田がコンビニで買ってきてくれたアイスカフェラテを一口飲んでポケットからタバコを取り出した。

「アキラさんはメビウスっすか?」

「そう。ライト君はセッターか」

「はい。セブンスターオンリーです。吸い始めの時から浮気してないです」

「女関係では浮気ばっかりなのにな」

 竹田がぼそっと呟く。

「浮気なんかしてませんよ。彼女だっていないし……」

「え?ライト君、彼女いないの?」

「いないっすね。バイクのケツには女乗せてません」

「バイク乗るんだ?なに乗ってるの?」

「カワサキのニンジャの250です」

 ニンジャは最高速165キロ出る。『男カワサキ』と呼ばれるくらいマニアには人気だ。

「なんか音楽でもやってそうな感じだね」

「はい!ロックバンドやってます」

「そうそうコイツ売れないバンドマンなんだよ。そのせいでよく遅刻してくるんだ。なぁアキラ。元宮の繋がりで、音楽関係者紹介できないのか?」

「元宮さんってダブテックの元宮さんっすか?」

「あぁ。同じ中学なんだよ。アキラと元宮は幼馴染だ」

「まじっすか?スゲー!アキラさん今度紹介してくださいよ!」

「別に構わないけど、忙しいヤツだからなぁ。しかも、スマホがぶっ壊れた時にアイツの連絡先も消えてしまった。あんま期待しないで待ってて」

 アキラがそう言うとライトは嬉しそうに正面を見つめてカフェラテを飲んだ。

 ダブテックとはジャパニーズレゲエユニットのことで、単独で武道館ライブをやれるくらい人気がある。ファーストアルバムの『ダブテック』は280万枚以上のセールスを記録し、彼らの代表曲である『ハイウエイ』は、約20年の歳月を超えてなお若者に支持されている。アキラと元宮は同じマンションに住んでいたことがあり、誕生日も一日違いである。そればかりでなく、出席番号が一つ違いであったり、身長も一センチしか違わない。そして、同じB型のおとめ座である。しかし、そこまで共通点があるにも関わらず、趣味嗜好は全く異なっていて、性格もだいぶ違う。元宮が目立ちたがり屋なのに対し、アキラは目立つことが大っ嫌いであるし、元宮の趣味がサーフィンとバスケなのに対しても、アキラは泳ぎに全く自信がない。アキラはソフトボールやサッカーなど陸でできるスポーツが得意なのだ。

 その違いをアキラが昔から不思議に思っていて、30歳を超えた時に、とある占い師にみて貰ったのだ。アキラが不思議に感じていたことは全て占い結果の中にあった。早熟と大器晩成運の違い、アイドル星と物書きの適正の違いなど、様々な違いがあることが解った。単に西洋占星術の12分類だけでは測れないものを東洋占星術は全て解決してくれた。そればかりでなく、生年月日が同じはずの双子ですら、先に生まれたか後に生まれたかでかなりの違いがでるようだ。アキラは次第に占い師になることに憧れて、パチンコで勝ったお金で琉球占術の初級鑑定師になった。琉球占術とは、東洋占星術、数秘術、古典風水など的中率が高い占術をミックスさせて心理学を取り入れた世界で唯一の占いのことである。ちなみに沖縄が発祥の地だ。沖縄はアキラの母親の故郷である。


 竹田から貰ったアルバイトは本当にたいしたことない仕事だった。竹田がドリルでコンクリートをはつり、ライトが袋詰めして台車まで運ぶ。アキラはただ台車に乗せたガラをゴミ捨て場まで運ぶ役割だった。しかし、ライトが袋いっぱいにガラを詰めるので、積み下ろしの時に重くて重くて仕方がなかった。15時休憩の時に喫煙所でライトと二人きりになりLINEを交換した。どうやら蒲田が地元らしい。ひょっとしたら地元の大先輩の息子かもしれないとアキラは思った。今度ライブに来て下さいよと言われたが「行けたらいく」と茶を濁した。現場から竹田の実家へと戻る車中では、疲れ切ったライトがうたた寝をしていた。竹田とアキラは気を使って喋らずにて、しばらくは流れゆく景色を眺めていた。長く暗いトンネルの緩やかなカーブを走っている時、対向車のヘッドライトから放たれたハイビームがアキラの視界に飛び込んできた。眩いばかりの光によって気を取り戻した。

「なぁアキラ」

 ぐっすりと眠るライトの向こう側から竹田の低い声が聞えた。

「ん?なんだ?」

「彼女と寄りを戻したらどうだ?」

 意外にも竹田は人情家な一面がある。アキラがまだ占い師として食えなかった時代に竹田だけはアキラを見捨てることはしなかった。パワーストーンを買ってくれたりアルバイトをくれたりもした。

「まぁ、相手のヴァージンを奪ったのはおれの最大の罪だ」

「ならなおさら罪を償えよ」

「………」

アキラには竹田の気持ちが痛いほど解る。彼は職業柄女性との接点がほとんどない。ゆえに女性関係に関してはクリーンでいたいという気持ちが強いだろう。一方で、風俗遊びに興じているのは、彼女がいない寂しさが理由だとも思う。

「今更、寄りを戻そうなんて虫が良すぎるよ。それに………」

 アキラはそこまで言うとしばし沈黙した。竹田はアキラが口を開くまで黙っていた。

「詩音には悪いけれど、気になってる人がいるんだ。好きとかいう甘い感情じゃなくて、夫婦みたいな温かさを感じる。詩音のことは忘れられないけど、今の俺にはどちらも選べないよ」

「まぁ、俺らみたいなクソな人生からしたら選べるだけまだマシだ」

「そうかな?単にふらふらと恋愛遍歴だけを重ねていい年して結婚もできない。竹だったら良いひと現れると思うぞ」

「ま、子供は要らねぇから、40歳くらいで中出しし放題だったら最高だな」

「心にもないことを」

 アキラは解っている。竹田だって純愛がしたいだけなのだ、と。


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