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 アキラは懐かしく想う。

この星空、この潮風の薫り、遠くから聞こえる凛とした響き、揺れては返す波のように高鳴る鼓動。最後の戦いに挑む前に祈織は東京に帰した。

浦添市民球場の正面入り口で静かにライトを待つ。球場はオフシーズンに東京のプロチームが使用している。今日は人気アーティストのライブ中とあって、祭りのような熱気に包まれている。出店ではたこ焼きや焼きそば、綿菓子など売っていて、さっきまではお客さんが長蛇の列をなしていた。今は、この広い正面入り口に一人である。

一発殴られたら勝ち。

アキラはそう読んでいた。横蹴りに対する復讐だったらそんな程度で十分だろう。

 たった今、夏の響きから秋の音色に変わった。生涯にわたってこの瞬間を忘れることはないだろう。後ろの球場では歓声がこだましている。瞳を開けて、また閉じる。

 いつからだろう?

こんなに性に対して奔放になってしまったのは。

詩音のヴァージンを奪い、涼子や祈織ともに肉体関係を持った。たとえ、殺されたとしても、もう別になんとも思わない。無気力なのだ。

 祈織と2回目に肉体関係を結んだとき、うっかり中に出してしまった。

「すぐにアフターピルを買いに行くから」という発言に対して、祈織は「普段からピルを飲んでいるから大丈夫」と言った。果たして本当だろうか。アメリカンビレッジから那覇空港まではレンタカーで送った。もう今頃、東京の田園調布の実家でうまい飯でも食べていることだろう。祈織にはせめて親不孝をさせてはならない。それだけが、アキラの最後の【いのり】である。

 

 どこからか、パトカーのサイレンの音が聞こえて、遠ざかっていった。

「そろそろか………」

 アキラは呟く。

 今日は中秋の名月に満月が重なる特別な日。

 アキラは空を見上げる。

 お月様が雲に隠れて笑っているようだ。この身の上も、行きずりの恋も、これまで犯した罪までもがこのお月様に浄化されて消えてしまえばいい。

 まるでこの日のために占術と出会った気がしている。

 アキラでもこの先は何が起きるか解らない。そんなことまで占術で解ってしまったら、人間が人間らしく生きていけない。

 占術が科学だとするならば、人間が幸福に生きていける方法を説いたのが仏様の教えだ。嘘くさいと笑われようが、どちらも再現性が高いという事実からして立派な科学には違いない。

 この占術も仏法も信じる人にだけ奇跡を起こす。

 アダムとイブは知恵の実を食べたことから楽園を追放された。だが、もっとも重い罰は未来に希望を持つことだったと、今ならばそう思う。

愛のため生まれて愛のために死ぬ。昔、地元の親友が言った言葉だ。

 どこかの映画のパクリだとは思うが、今となっては言い得て妙である。

 詩音、涼子、祈織、三人の運命に翻弄されながら、俺もまた、愛のために死のうとしている。

怖い。

 今は全てが嘘のように思えて。

 こんな気持ちになるくらいならば、家に引きこもっていた方がマシだったとさえ思う。運命は悪戯なまでに俺を翻弄してく。壊し壊され、流し流され、転がり続けて俺らの未来はどこにある?

 

アキラは瞳を開けた。シックスセンスが目覚めたとしか言いようがない。

通りの方でタクシーが停まるのが見えた。

 (来たか)

 解っていた最初から。逃げ続けて迎えた未来が今だ。

 向こうから男の影が迫ってくる。

 黒ずくめにアーミー柄のバンダナを巻いている。

スキンヘッドにしているが、ライトだ。


「いよぉ、蒲田のお坊ちゃんまたせたな!」

 5メーターほどの間合いを取り、ライトが言う。

「蒲田にゃお坊ちゃんなんていねぇよ」

 アキラは喧嘩などしたことはない。間合いを詰められると恐怖以外の何物でもない。詩音の言う通り、空手でも習っておけばよかった。

「今更、びびっちゃったか?」

「怖いよ、正直な」

「後悔してももう遅いんだよ!」

 ライトはポケットからバタフライナイフを取り出した。そして、刃をアキラに向けて「へへへ」と不気味な笑みを浮かべた。

 アキラは解っている。ライトは刺せやしない。

「刺すんだったら、心臓めがけて本気で来いよ!」

「解ってるって。三流映画の見過ぎなんだよ、お前」

いよいよ雰囲気に酔ってきたようだ。これでいい。

「そういえば。教えといてやるよ!」

「なんだ?」

 ぎょろっとした瞳でライトが言う。

「祈織ちゃんはなぁ。俺の女だ!」

 語気を強めてアキラが言うと

「ふざけんじゃねぇ!」

「最高だったぜ。最後は中だしまでさせてくれてさ」

「てめぇ!」

 ライトがナイフの柄を腹に当てながら突っ込んでくる。

 アキラは身を交わす。右腕にひっかって鮮血が派手に吹き出す。ライトは勢い余って、すっ転んだ。こいつは本気で刺し殺そうとしている。アキラは死をも覚悟する。

 その時、

「ライト、やめて!」

 アキラが後方を振り返ると祈織の姿があった。

「祈織、なぜこんなやつをかばう?」

 ライトは叫ぶ。

「馬鹿じゃない。しね!気持ち悪い」

 祈織が吐き捨てる様に言う。

「気持ち悪い?俺が?目は確かか?」

 ライトは手を広げて言う。

「その根暗な根性が嫌いなのよ!昔からね!」

 祈織が語気を強めて言う。

 アキラは隙を見てライトのナイフを奪おと狙っていた。でも、まさか東京に帰したはずの祈織がなぜここにいるのかが謎だった。

「もう観念したらどう?」

 祈織のさらに後方から詩音が現れて言う。

「詩音?」

「アキラ、怖い思いさせてごめんね。でも、もう大丈夫」

 詩音はアキラの傍に駆け寄る。

「ライト。銃刀法違反及び、殺人未遂罪で訴えるわ!」

 祈織はわざとライトに聞こえる様に、警察に通報する。

「ライト君。遊びはこれで終わりだ」

 出血した右腕を抑えながらアキラが言うと、ライトは一目散に逃げだそうとする。

その時、詩音がローキックをしてライトを転ばせた。すかさず、アキラがナイフを遠くに蹴り飛ばした。

ライトは2、3回、前転するように倒れたが、すぐに逃げていった。

詩音が追いかけようとする。

「待て!詩音!放っておけ」

 アキラが強く言うと詩音は振り返って「でも………」と言う。

「いいから。後は警察に任せよう」

 遠くからサイレンの音が聞こえる。今日はこれで2回目だ。ライブの音と共鳴して、近づいてくる。腕さえ刺されなきゃ遊んで帰りたかった。

「祈織ちゃん。ちょっち、事情聴取行ってくるから、先、東京帰ってて」

 アキラが言う。

「アキラさん、ダメです。腕を心臓よりも高くに挙げて下さい」

「アキラ、大丈夫?救急車呼んだから………」

 詩音が言う。

「詩音さん、止血するのでハンカチを下さい」

「なんか、看護師みたいだね」

「忘れたんですか。私は看護師ですよ!ほら腕をあげて」

 祈織の言葉に母親の姿を重ねる。

「アキラ、祈織ちゃんの言う通りにして!」

 詩音のセリフはまるで妻のようで笑えた。

 そう、ここはアキラの母親の生まれ故郷、沖縄県浦添市にある市民球場。まるで、夢を観ているみたいだった。

「ほら、来たよ!救急車」

 詩音の声が遠く聞こえる。

「アキラさん大丈夫ですから。少し寝て下さい」

 祈織の優しさに涙が出そうだった。

 この場所で死ねたらいいなって思っていた。母親の故郷で死ねたらどんなに楽か。

 でも、今は生きていきたい。詩音、涼子、祈織の笑顔を見続けていたい。

「もう少しだけ生きてもいいかな?」

「何、言ってんの!腕刺されたぐらいで死ぬわけないでしょうに」

「詩音さん、甘く見ちゃダメです。ウィルスがまわって死ぬこともあります」

「ごめん………」

「いえ、私の方こそ。無事に事件が終わったらお食事でも行きましょう」

「だね!」

 詩音と祈織は本来、相性が良い。こうして、バカな占術師のために力を貸してくれる人間が三人もいたことを。忘れずにいたい。

 救急車が到着した。

「詩音、悪いけど祈織ちゃんを空港まで送っていって」

 アキラは囁くように言った。 


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