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ドブとション便が混ざったような匂いがする。
ライトは沖縄県警の拘置所にいた。
「おら!起きろ!いつまで寝てやがるんだ!」
警察官の担当さんがライトの胸ぐらをつかんで言う。
「いくら警察だからってクビになるぞ?」
ライトは言う。
「公務員だからクビにはならねぇよ。ほら、布団かたずけろ!」
そう言って担当さんは消えていった。
ライトは布団を畳んで、独房を出る。悪そうな面した被疑者たちと布団部屋で目が合うと、睨むように見てくる。
風呂は夏なのに週に三回しかはいれない。冬は二回らしい。
入れ墨の入ったヤクザ同士が向かい合った独居房の格子に手をかけながら、大声でバカみたいな話をしている。やれ、某・芸能人のケツが最高だっただの、一軒家持ってるなら2階に住んで下を貸せばいいだの、そんなの中学生でも話題にしやしない。
ライトはイライラしていた。
なぜ、俺だけが悪いのか?
最初に蹴りを入れてきたのはアイツの方じゃないか、と。しかし、寝る間際には、祈織から言われた「しね。気持ち悪い」というセリフが脳内に無限ループする。
俺は銃刀法違反と傷害罪と殺人未遂の容疑をかけられている。娑婆に出られたとしたら、風俗にでも行きてぇな。
毎日、毎日、おんなじことの繰り返し。寝て、えさを貰って。ふて寝して、またえさの時間まで、退屈な時間が続いていく。唯一の楽しみだった漫画さえ、読み終わった後に枕にして寝ていたら、担当さんが入ってきて、ひどく怒られたすえ、禁止されてしまった。まぁ、詩音から貰った十数万円の残りの金で、昼には、牛丼、親子丼、かつ丼を選んで食える。しかも、コーヒーやジュースまで飲める。コッペパンはおやつにできるし、冷や飯だが、夜はいちおう幕の内弁当だ。場合によっちゃ、娑婆よりもいい飯を食べているかもしれない。
「33番!面会だ!」
担当さんが言う。
(こんな俺に面会?弁護士じゃなくて?)
ライトは独居房から出て、担当さんに腕を引かれて、面会室へと階段を下っていく。
制服の警察官がボディチェックをしてくる。意味のない時間だ。
「入れ!」
警察官が言う。
面会室へと入ると、見覚えのある顔があった。
ライトは硬いパイプ椅子に座る。
「ライト君。久しぶり」
色黒でグラマラスな胸を強調する白のロングTシャツに藍色のカーディガンを羽織っている。下は淡い色のブルージーンズに星のモチーフが入っている。
「詩音さん。なんの用ですか?」
「あなたにどうしても伝えなきゃならないことがあるの」
「なんですか?」
「あなたのお友達の信平君のことと祈織ちゃんのこと。どちらが先に聞きたい?」
「なぜ?信平を知っている?」
「私、こう見えても人脈が広くてね。探偵さんや色んな方に協力してもらって調べてもらったの」
「信平ならもう死んでますよ」
「そう。蒲田の火災で亡くなったんでしたね。ご冥福をお祈りしてます」
「いくら調べたって死人に口なしですよ」
「そう思うでしょ?遺書が見つかったの」
「え?なぜ?」
「信平君は不治の病に侵されていたの知らなかったでしょ?」
「し、信平が不治の病?」
「そう。詳しくは看護師の祈織ちゃんじゃないと、うまく説明できないけど、余命を宣告されていたようなの」
「余命?そんな馬鹿な!だって、アイツは死ぬ直前まで牛丼を食ってたんですよ!カラオケだって行ったし………」
「悪性リンパ腫………つまり癌が転移していたの」
「でも、確かにピンピンしてたって!」
「申し訳ないけど、間違いないのよ。祈織ちゃんのツテもお借りして、信平君の電子カルテを見て貰ったわ。そして、信平君の主治医も認めました」
「はぁ?医者がそんな簡単に口を割るなんて!」
「これは大人の世界の話だから、ライト君にはまだ早すぎたかしら?」
「………それで、遺書はどこで見つかった?」
「品川駅のコインロッカーよ」
「なぜ、そんなところに大事なものを………」
「通常ならば破棄されるけれども、信平君の遺書は目立ってたから捨てられずに警察の元へ届けられた」
「もう、見れないんですか?」
「今は、お父様が厳重に管理しています。もし、信平君の最後の言葉が見たかったら、ちゃんと罪を償って出てきてください。信平君のお父様にはアキラが話を付けてありまますから」
「あいつが?」
「そうです」
「なんで?」
「恐らく、ライト君のことが憎めないからでしょうね」
「………」
「そして、最後になりましたが、祈織ちゃんからのメッセージです」
「いのり」
「もう二度と近づかないで欲しい、と」
詩音はそこまで言うと、面会時間が終わりになった。
「世の中には、素敵な女性はたくさんいます。もし、次回も祈織ちゃんにちょっかいだすようでしたら、今度は私が許しません。誓えますか?」
詩音が言うと立ち合いの警察官が「もう面会時間はおわりです」と言って、腕を添える素振りをみせた。
詩音が面会室を出る時に、ふと振り返り
「更生する意思があるならば、お仕事の面倒は私がみますから………」
そう言い残して出て行った。
アキラはレンタカーで詩音を待っていた。
詩音が出てくると、運転席を出て
「ご苦労様」
と言ってドアを開けた。
「どうだった?」
「たぶん大丈夫よ。祈織ちゃんには近づかない」
「そう」
詩音を助手席に乗せ、運転席に座る。イグニッションキーを回した。
車は県道29号線へと向かう。
信号停止している時に、アキラが涼子のジャズアルバムをかけた。
「さぁ。せっかく沖縄に来たんだから首里城でも寄ってくか?」
「え?いいの?」
「いいだろ。別に」
アキラは首里城へと車を走らせる。
10月の首里城周辺は、とても賑わっていた。2019年の10月31日に正殿などの主要施設が消失したが、見学することは可能である。
人込みをかき分ける様に、石畳を登っていく。白く優雅にてっぽうゆりが咲いている。
「あのさ。オレ、運命転換したんだ」
アキラが言う。
「知ってるよ」
「だから、生涯結婚はできないかもしれない」
「そうだね」
「それでも、ついてきてくれるのか?」
「………目を閉じて」
「はぁ?」
「いいから」
言われるがまま瞳を閉じる。
白昼の暗闇の中、唇に柔らかな感触がした。てっぽうゆりの花言葉は、純潔、甘美、威厳、それはまるで詩音のことを指す言葉だと思った。
このやさしいキスは、100万回のキスよりも甘くセツナイ。せめてこの時が永遠のものであると信じたいのだ。




