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 9月29日、中秋の名月と満月が重なる日。ライトと詩音は佳子の部屋にいた。占術の総師である松田祐介も、星崎財閥のご令嬢詩音の接待に必死だ。ミラクルスポットが東京に進出できたのも詩音の力添えがあってこそだったからなおさらだ。事実上、アキラは占術協会を敵に回したことになる。ダイニングテーブルの奥に祐介と佳子が座り、対面する形で詩音とライトが着席した。

「詩音ちゃん、わざわざ沖縄まで来てくれてありがとう。連絡くれれば空港まで迎えに行ったのに」

 マジカルカラー黒の祐介が言う。

「いえ、ちょっとアキラを懲らしめてやろうと思って遊びに来ただけですから。お気になさらず」

そう言って詩音はオレンジジュースを口にした。ライトはひどく緊張している。一介の建築作業員が気軽に遊びに来れるような部屋ではないからだ。肉体労働者と頭脳労働者は話が合わない。事実、祐介も佳子もライトに関しては興味ない態度をとっている。それでも、詩音が連れて来ている以上は、大切なお客さんである。

「ライト君は、本当にかっこいいね」

 総師が持ち上げるとすかさず佳子が「本当にイケメンよね」と合いの手を入れる。

「いえ、僕なんかただの作業員ですから………」

 ライトが卑下すると詩音が

「重要なお仕事じゃない。もっと自信を持って!」と励ます。

「それで、アキラ君に対してネガティブな感情を持っているのはなぜですか?」

 佳子がライトに尋ねる。ライトは無言のうち頭の中を整理した。そして重い口を開いた。

「僕にとっては祈織が全てなんです。子供の頃の話ですけど、結婚の約束もしました。その後、事情があり田園調布から引っ越して、祈織とはなかなか会えなくなりましたが、彼女とはじめて出逢った時の電撃が走るような体験を、ずっと大切にして生きてきました。祈織と結婚できるなら、他に何もいりません。お金はありませんが、いつかビッグになってやろうと決意してバンドをやっています。祈織ともう一度手を繋いで歩きたい。そんな僕のささやかな夢をアイツは奪った。純潔の祈織のヴァージンを僕から奪い去った。もしそれが本気の恋愛なんだったらまだ諦めはつきます。しかし、アイツは他にも複数人の女と関係を持っている。単なる遊び人だ。そして、僕がもっとも可愛がってきた義弟の命を救うチャンスまでも奪った。何があってもアイツだけは許せません。殺したいくらい憎いです」

 ライトは全ての心情を吐露した。祐介と佳子はあきれ顔で聞いている。唯一、詩音だけが同情的な表情を浮かべている。場の空気が悪くなって皆静まり返った。話を聞けば聞くほど、単なる逆恨みでしかない。そのことが本人には解っていない。しばらくして祐介が口を開いた。

「そろそろお昼だから何か食べながらお話ししよう」

「カレーでいいかしら?」

 佳子が言うとライトは頷き、詩音は「お願いします」と返した。

「まぁライト君。外の空気でも吸ってきたらどうかな。タバコは吸うの?」

 祐介が言うとライトは申し訳なさげに「はい」と答える。

「詩音ちゃん。悪いけれど、ベランダに灰皿あるから案内してあげれくれるかな」

 詩音は少し面倒くさそうに

「ライト君、ベランダを出て右曲がるとエアコンの室外機あるのね。そこの下に灰皿おいてあるから適当にやって」と言った。

「それじゃお言葉に甘えて………」

 バツが悪そうにライトはベランダへと向かう。

「外じゃ吸えないから、2本くらい吸っておいで」

 去り際に詩音が言う。

 ライトが完全に消えた後、ダイニングは祐介と詩音の二人きりになった。

「詩音ちゃん。アキラ君が運命転換したことは聞いた?」

「いえ、なんですか?運命転換って」

「簡単に言えば、運命が変わるんだよ。ごくまれに、一生涯、変わらないはずの鑑定書がある日突然変わることがあるんだ」

「え?鑑定書ってそんなに簡単に変わるんですか?」

「いや。ごく選ばれた一部の人間しか変わらない」

「アキラは選ばれたってことですか?」

「そう。占術の神様にね」

 祐介はアイスコーヒーを飲む。詩音は呆然としている。

「運命転換した人は、本当に指で数えるくらいしかいないんだ」

 詩音はごくりと生唾を飲んだ。

「それで、アキラの鑑定はどう変わったのですか?」

「残念なお知らせなのだけれども、アキラ君は一人の女性と結婚することは難しい。この一夫多妻制が認められない国で大奥を作ろうとしている」

「大奥って。そんな馬鹿な………」

「いや、彼は間違いなくこの旅の最中に祈織ちゃんとも肉体関係を持ったはずだ。それが残念なお知らせなんだよ」

「いくら浮気性だからって、そんな………」

 詩音は頭を抱えて言う。

「ショックな気持ちは解る。なぜならばアキラ君は運命転換するまでは間違いなく詩音ちゃんだけを愛していた」

「言いにくいですけど、処女を捧げたんです。アキラの浮気が発覚したのは付き合って7年目のことでした。それまでは、全く気付かなかった」

「具体的にいつごろから鑑定が変わったのかは、今となっては知る手段がない。しかし、そんな彼でも愛せますか?」

 詩音は言葉に詰まる。愛している気持ちは本物だ。けれども、結婚したとして、こんなにも寂しい気持ちを抱えながら生きていかなければならないなんて。

「アキラのことは愛しています。浮気されても、別れを切り出されても、例え祈織ちゃんと身体の関係を持っていたとしても、私にはアキラが必要なんです。だから、ライト君を利用して沖縄まで追っかけてきました」

「そんな彼をライト君は殺したいくらい憎んでいる。そして、ライト君に助け船を出したのは、他でもない、詩音ちゃん自身なんだよ」

「………」

 二人の間に沈黙が訪れる。しかし、祐介は話を続けた。

「もう少し早く相談してくれていたら、まだアキラ君と寄りを戻すためのご提案もできた。けれども、今のアキラ君は何をしでかすか解らないくらいの運気に入っているんだよ」

 脅すように祐介が言う。

「わたし、一体でどうやって責任を取ったらよいのか………」

 詩音はうなだれる。

「悪いことは言わない。彼のことは諦めて、また運命の人を探した方がいい」

「そんなの出来ません。アキラがいない人生なんて死んだ方がマシです」

 詩音の心は昂っていた。この愛を誰にも止めることはできない。ライトだって理屈ではない何かに動かされてここにいる。立場は違えども、詩音のアキラに対する思いと、ライトが祈織に対して抱く思いだけは共通のものなのだ。

「詩音ちゃんの気持ちは解りました。では、アキラ君の居場所を教えます」

「え?アキラのGPSは全て解除されていますよ。ハッキングも不可能です」

「彼はおそらくアメリカンビレッジに潜伏しています」

「占術ってそんなことまで解るんですか?」

「占術と言えば聞こえが悪いかもしれませんが、うちの占術はプロファイリングです」

「FBIが使っているというデータを基にした予測のことですね」

「そうです。アキラ君の行動パターンは、彼とはじめて出会った時から今日まで、全てデータとして残っています。まぁ、交通事故にでもあってない限り、90パーセントの確立でアメリカンビレッジに向かいました」

「天気予報みたいですね!」

 詩音は笑う。

「天気予報も宇宙からの衛星から見た空模様と統計学を使って、ここまでの精度になりました。みな、天気予報は参考にしているはずです。占術は運気を読み解きます」

「えぇ、アキラからも散々聞かされています。では、アメリカンビレッジにいることは解りました。しかし、ライト君の復讐を終わらせるにはどうしたら?」

「そのことに関して、詩音ちゃんが気に病む必要はありません。アキラ君がもうすでに考えを巡らせて解決するでしょうから」

「アキラってそんなに頭良かったでしたっけ?」

 詩音は腕を組んで疑問符を投げかける。

「学歴は確かに中卒かもしれません。けれど抜群に頭が良いです。なぜなら、彼は私の後継者になる予定の男でしたから」

 祐介は嬉しそうに言った。

 ライトがベランダのドアをガラガラと開ける音がした。

佳子もキッチンからカレーライスをダイニングテーブルへと運んだ。

 ライトの身体がタバコ臭いが、詩音は無視することにした。アキラだってかなりのヘビースモーカーだからだ。けれど、アキラはセックスをした後はタバコを吸わず、ピロートークやマッサージをしてくれる。そんな過去が永遠だったら良かったのにと、詩音は思う。佳子が昨晩から煮込んであったというカレーは本格的な味がする。スパイシーなのにほろ苦くて甘酸っぱい。

詩音は過去に想いを馳せる。はじめてアキラとキスをした時と同じだ。はじめて会った場所は帝国ホテルのラウンジだった。そのまま無理やりアキラをタクシーに押し込めて沖縄へと旅立った。無理言って婚約者という設定にしてほしいというお願いにも快く引き受けてくれた。ハイアットリジェンシーのスイートルームに泊まって、3つ星ホテルのレストランにて誕生日祝いをしてくれた。忘れもしない、2015年9月13日からたった数日で、産まれてはじめてアキラとキスをして、彼氏彼女って関係性になって、その晩、処女を失った。はじめてのセックスはとても痛かったけれど、それ以上に、筆舌に尽くし難い、確かな幸福があった。アキラがいるだけで幸せだった。そんなアキラをわたしは裏切った。最低な女だ。

「どうしたの詩音ちゃん?食欲ないの?」

 佳子の言葉で詩音は我に返る。

「いえ、美味しすぎてゆっくり味わってたんです」

 詩音の目から一筋の雫が流れおちた。

 隣のライトにはその涙は見えていない。祐介と佳子が共有する秘密だ。この二人の間に愛があるのかは解らないが、仮面だったとしても夫婦は夫婦である。共に同じ仕事をし、同じ空間を共にし、どんな時も一緒。アキラが他の女と寝たとしても、構わない。最後はわたしがアキラを守る。たとえ、この身が滅びようとも。罪を被ろうとも。

 ライトはスープでも飲むかのようにカレーを貪る。このまま復讐のことなど忘れてしまえばいい。詩音が切に願った、その時、ダイニングテーブルに置かれたライトのスマートフォンが鳴った。

「ん?」

 ライトはもうすでに腹いっぱいで眠気を感じていたが、発信者の名前を見て一気に怒りがこみ上げてきた。

発信者の名前は【橋本アキラ】だった。 


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