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 アキラはホテルのフロントに大げさな嘘をつき、裏口の従業員出口から出させてもらった。タクシーを捕まえて、乗り込むと「とりあえずおもろまちまでお願いします」と言って車を発車させて貰った。

「ここまでは完璧な脱出だった。一安心だよ」

「でも、佳子先生が裏切るってことないんですか?」

「それは大丈夫。初級鑑定師はあくまでもお客さんだから意識低いだけ。さすがにトップ鑑定師ともなると、大企業の人事とかのお仕事もやられるから守秘義務がある。それを守れないようなら占術師を名乗る資格はないね」

 祈織は安心した様子でこちらを見つめている。手を取って握り締めてきた。

「大丈夫だから」

 そう言うって安心させるつもりが実は自分自身に強く言い聞かせている。

 深夜過ぎ、それぞれの夢を乗せて、タクシーは夜の帳を切り裂いて走る。魂と魂は強く惹かれあう。終わらない夢。安全領域から抜け出した先に待っているのは一体どんな未来だろうか。

 おもろまち駅から5分ほどで佳子のマンションにたどり着く。10階建ての最上階が佳子が借りている部屋で、一階にはテナントでケーキ屋さんが入っている。

祈織からコンビニで買ってきてもらったばかりのTシャツはすでに汗だく。後でまたコンビニに行かなくてはならない。決していい給料を貰ってるわけでもないのだが、いざというときのため最低限の貯金はしている。一年間に使うお金が約200万円だったとして、100万円の貯金があれば半年は暮らせる。だから、貯金が100万円をきってくるとレッドゾーンなのだ。

佳子の部屋の前まで来て、インターフォンを鳴らそうとしたが、占術の総帥が寝ているかもしれないと思いなおし、LINE通話をした。佳子はすぐに通話に出て、玄関のドアを開けてくれた。

マンションなのに庭があるのは、最上階が特別な人間しか住めないという証だろう。

「暑かったでしょう。どうぞ部屋の中へ」

 佳子が言う。

「こんな時間にいきなりすみません」

 アキラが非を詫びると

「まぁお互い様じゃない」

佳子は口に手をあててせせら笑う。

この部屋は3LDKの間取りだが、82・86平米もある。リビングルームだけでもやく14畳の広さだ。アキラが借りているアパートがすっぽり入ってしまう。ダイニングには6人掛けのテーブルがあり、その奥に寝室、右手にリビングルーム、玄関の方にも部屋がある。アキラがはじめてこの部屋に来た時には、若くて可愛い家政婦が使っていた部屋だ。その家政婦は結局は鑑定師になった。占術師KAKOという源氏名で活動していたのだが、ある日を境にして突然、生まれ故郷の広島へと帰っていってしまったらしい。KAKOはアイドル的人気を誇っていただけに、もったいないことをしたものだと思う。

 佳子はダイニングのテーブルの上座でパソコンを開いて作業をしていたようだ。促されるままに、祈織が佳子の近くに座り、出口に近い下座にアキラが座った。

「それで、ライトって人が逆恨みして追っかけてきたわけね?」

「そうなんです。ライト君に経済的余力がないと踏んで甘く見ていたら、詩音が裏切って彼のスポンサーになってしまった」

 そこまで言うとアキラは興奮を抑えるため、水を一気に飲んだ。祈織は二人のやりとりを静かに聞いていた。

「実は最近、占術界隈では大変なことが続いているのよ。一生涯変わらないはずの鑑定書が突然変わる。それを運命転換っていうんだけど、ここのところ運命転換する人が急激に増えてね」

「運命転換ですか?」

 アキラは興味津々で尋ねる。

「そう。これが起きると今までの鑑定書は役に立たなくなります。ある日を境にして運命が変わるのですから、当然、これまでの予測は何の意味ももたなくなります」

「ひょっとして、僕らの運命も変わったかもしれませんね」

「天運鑑定、出してみますか?」

「お願いします」

天運鑑定とは運気アップの方法が77項目に渡って書かれている鑑定書のことである。一昔前までは、鑑定料込で2万円という破格の値段でお出ししていたが、様々な事情から5万円へと値上げされていた。それだけ、この琉球占術の価値が上がったということだ。

佳子はアキラの鑑定書を眺めている。マジカルカラー白の祈織もアキラの影響を受けて、スピリチャルな世界への興味関心が向いてきたようだ。

「アキラ君大変です!」

 クールな佳子が目の色を変えて言う。

「え?」 

 不意を突かれたアキラはそれしか言葉が出なかった。

「アキラ君は知らぬ間に、運命転換してます」

「やはり………」

「マジカルカラー【黒】深層心理【純】マジカルナンバー【1】ラッキーナンバー【9】行動力約8億以上あり、ハートレベルもかなり高いです」

「やはり、ラッキーナンバー【9】ですか………」

「えぇ、性に関しては奔放すぎます。でも、それが魅力を高めるためのアクションですから、どうか卑下しないで下さい」

 ラッキーナンバーとはその人のエッチ度が解る鑑定項目だ。単純に、1から9まで数字がある中で、より大きくなればほどエッチということになる。アキラはこれまでラッキーナンバー【1】とされていた。それは潔癖であるということになるのだが、リアルな行動と照らし合わせてみると当っていない。詩音のヴァージンを奪うだけでなく、涼子や祈織までも、その毒牙の犠牲になった。もっとも、誘ってくるのはいつも相手の方からなのだが。それにしても運命転換をして、ラッキーナンバー【9】になっていたとしたら、合点がいく。

「祈織さんの天運鑑定もだしますか?」

 佳子は祈織の方を見て言う。

「はい!ぜひお願いします」

「アキラ君、悪いけれど、冷蔵庫にコーヒーやジュース入っているので祈織さんにお出ししてあげてください」

「了解です」

「アキラ君が大好きなペプシコーラも入ってるからお好きにどうぞ」

「先生は何を飲まれますか?」

「私は、ホットコーヒーをお願いします」

 そう言って佳子はパソコンへと向かう。

アキラは「オレンジジュースかアップルジュース、あとグレープフルーツジュースとか色々あるけど何がいい?」と祈織に尋ねる。

「できればアイスコーヒーでお願いします」

「ミルクとガムシロップは?」

「ミルクだけお願いします」

 アキラはトレーにホットコーヒーとアイスコーヒー二つを用意した。コーラは大好きだが、そろそろダイエットのため糖質は控えなければならない。

 アキラはテーブルに飲み物を置き、キッチンにトレーを返しに行くとき

「これは!」

 という佳子の驚きの声が聞こえた。佳子はマジカルカラー白だが、ラッキーカラーが青なので、意外にクールだ。バカな態度を嫌う。その佳子がびっくりするほどの何かが起きている。アキラは怖さを通り超えてワクワクを抑えきれなかった。

「祈織ちゃんのマジカルカラーも黒に変わってます!運命転換です!」

 佳子は興奮して言う。一体、どんな占術結果が出たのだろうか。

「黒ですか?実はなんだか最近、黒が気になっていたんです。では看護師が天職というのも変わりましたか?」

「いえ、天職のキーワードは医療と出ているので、看護師が天職なのは変わりません」

「どんな点が変わりましたか?」

「マジカルカラー黒というのは、一番成功に近いカラーなのです。けれども、成功に到るまではやはり幾つもの試練がつきものです。芯がありぶれない強さを持っています。これまでの祈織さんとは全く性質が変わっています。例えば、祈織さんのマジカルナンバーは【5】から【9】に変わったのですが、これは深層心理に置き換えると【宙】となります。宇宙の宙ですね。この深層心理というのは、心の奥底で求めているものが解るのですが、これまでは癒しや優しさを求めていたのに対して、【9】はワクワクを求めて行動する傾向性が強いです」

「ワクワクとは好奇心の強さのことですね」

「はい。そうです。そして、静寂を好み、忍耐強い感性を持ち、裏表がない神のしもべのようなピュアな心を持っています。天界にもご縁を持っているでしょう」

「もしかして、アキラさんと出会ってから運命が変わったということですか?」

「祈織さんのご指摘は当っています。アキラ君がいつからマジカルカラー黒になったのかは解りませんが、マジカルカラー黒になったアキラ君と行動を共にするうちに影響を受けて変わったと考えられます。ただし、よほど強い出来事がなければこうはなりません」

 佳子ははっきりと断言した。アキラはアイスコーヒーを飲んで逸る心を落ち着けた。

「先生、バイオイズムはどうなっていますか?」

「言っていいのかしら?」

 佳子はうつむき加減で言う。祈織は毅然として「どんな運命でも受け入れます」

「そうね。解ったわ。一言でいえば、今起きている一連の事件は起きるべくして起きています」

「やっぱり運気悪いんですね?」

「まぁ、運気の良い悪いを語るのはあまり好きじゃありませんけれど、すべては捉え方次第で大きく未来に差がでます。これをチャンスだと思えればその先の未来は明るいです。ピンチをピンチのまま最悪と感じて、何もしなければ未来も、今の延長線上のままです。どちらに転ぶかは、すべて考え方、解釈、そしてそれによる判断です」

「考え方、解釈、判断………大事ですよね」

 祈織は落ち込むと思っていたが、むしろこの状況にワクワクしてるようだ。それは深層心理【宙】の特徴でもある。

「それで、詩音ちゃんに居場所がバレたのは、たぶんアキラ君のスマホがハッキングされていたからだと考えられます」

「やっぱりそうでしたか。横浜にいた時からおかしいとは思ってました」

「本当は犯罪なんですけどね。まぁ浮気調査という名目で探偵に依頼する人もいますから。警察は動かないでしょうね。頭のいい子です」

「本当に。敵に回すと厄介です………」

 アキラが腕を組んで言う。腕を組むという行為は心理学的に警戒心の現れとされている。無意識のうちに、詩音に対する愛憎が交差しているのだろう。

「今日はスマホの電源を切っておけば大丈夫ですが、明日、明後日以降は、たぶんこの部屋にも訪れる可能性があります。うちにとって詩音ちゃんは上客ですし、彼女のお陰で東京進出できたので一生の恩人でもあります」

「そうですよね。詩音が何を考えているのか解りません」

「それはアキラ君に対する愛でしょうね。ライト君と一緒に行動しているのも嫉妬させる狙いがあります」

「………」

 アキラは言葉にならなかった。

裏切ったとはいえ、自分との愛を貫くために追っかけてきたのだから、些細な喧嘩のことなどもうどうでも良いと思った。ただ、今でも愛しているのかと聞かれたら、涼子と祈織と詩音の中で一人は選べないのだ。それはエッチ度が解るラッキーナンバー【9】が指し示すようにセフレと割り切れれば良いのだが、セックスだけではない特別な想いを三人に対して抱いているのだ。

「さて、困ったものですね。ライト君は鑑定上どうなんですか?」

 佳子がアキラに尋ねる。

「琉球占術だとマジカルカラー黄色で深層心理が純です」

「黄純かぁ。まぁ楽しいことだけを追い求める性質なので、意外と話し合えばわかってくれるかもしれませんけど、純がキレると一番怖いですからね」

「ですよね。僕の周囲でも深層心理【純】は、怒らせると一番手が付けられません」

「ちなみに天輝地は?」

「北です」

「ありゃ~。来てはいけない方位に来てしまったようですね」

 天輝地とは運気があがる方位のことである。その逆は運気が下がる方位で判断を誤る傾向にある。もしも逆の方位に動かざるを得ない時は、天輝地やラッキースポットを経由することで凶作用が相殺される。

「ちなみに、ライト君のパーソナルは?」

「全です」

 パーソナルとは本人が一番自覚しやすい性格のことだ。パーソナル【全】は、兄貴肌姉御肌で面倒見がよく、頼られることで本領を発揮する。仕事において、全体把握に優れていることから【全】と名付けられた。

「しかも全なんですね。アキラ君が怖がる気持ち解りました」

「違う占術でも同じような結果が出ます。どうしたら回避できるのかを必死に考えています」

 アキラは言う。

祈織はさっきから黙って聞いているだけだが、かなりマニアックな話が続いたので眠くなったのかもしれない。

「祈織さん、ベッドがいいかしら?それともソファーで眠りますか?」

 佳子が気を利かせて言う。さすがはトップ鑑定師だ。気遣いも一流である。

「はい。大丈夫です!全然眠くありませんから………」

「祈織ちゃん、少し仮眠とった方がいいよ!僕たちは寝なくても大丈夫なように訓練されている占術師だから、僕らに合わせてると身体壊すよ」

 アキラが諭すと「では、ソファーお借りします」と言って、祈織はリビングルームへと向かった。佳子が奥の部屋からタオルケットと毛布を持ってきてそれを横になっている祈織にかけた。真夜中の占術談義はここからが本番なのだ。


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