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長野信平の家族葬が東京都品川区戸越で行われた。信平の母親は信平が幼いころに亡くなっており、父親の手一つで育てられた。父親は大手家電メーカーの部長で、W大学を卒業している、いわばエリート街道を歩んできた人だ。代々、品川区の戸越に土地を持っており、お金には苦労はしなかったが、一人息子のことではだいぶ心労を重ねた。ライトのことも当初はあまり快くは思っていなかった。自身の人生経験からサラリーマンこそが最大の幸福者という価値観をもっていて、豪放磊落な信平に対しても、せめて大学だけは卒業するようにと口を酸っぱくして言ってきた。Fランクとはいえ、いちおう大卒の信平がまさか倉庫内軽作業のアルバイトに甘んじていることには、ショックを通り越して呆れていた。CDが売れないこのご時世に、しかもロックが衰退しているこの国で、ロックバンドで一旗揚げたいと言い出すのだから、もう自分の手には負えなかった。だから、あえてもう何も言わなかったのだが、まさか火事場に飛び込んで自殺まがいの行動に走るとは。警察に呼ばれた時には、バカ息子が亡くなったとせいせいしたと言い聞かせていたが、顔も焼けただれて解らない状態の中で、唯一、その死体が信平だと解ったのはタトゥーだった。信平は左胸に三つ巴のタトゥーを入れていた。その時、不思議と涙があふれてきてその場に倒れ込んで泣き明かしたのだ。
ライトは戸越まで来て足がすくんでいた。葬儀には呼ばれていないけど勝手に来てしまったからだ。
信平とはじめて出逢った戸越公園へと向かう。
門を入り大広場へと出てきた。
懐かしい、あの頃と何も変わっちゃいない。渓谷から滝の流れる音がする。池には枯葉が舞い落ちている。ウメ、サクラ、シャクナゲ、イチョウなど四季折々の花木が美しく、品川区民から愛されている由緒正しき公園だ。
ライトは時計を見る。時刻は10時を過ぎている。もうすでに葬儀が始まっててもおかしくない時間だ。太陽の光が眩しくて、サングラスをかけた。黒い喪服にサングラスとは一般的には嫌われるだろうけれど、ロック好きの信平の最後を見届けるにはこれが正装だ。
ベンチに腰をかけて、過去に想いを馳せる。
まだ若かった頃、この戸越公園来れば大物ギタリストに会えるチャンスがあると噂を聞き、毎日のようにアコースティックギターを持って通った。日本三大ギタリストの一人と呼ばれる人物に弟子入りしたかったのだ。幼馴染の祈織に淡い恋心を寄せながらも、一人前の音楽家になるまでは告白はしないと決めていた。しかし、離れて暮らす祈織への想いは日に日に募る一方だった。だから、手っ取り早くプロデビューしたかったのだ。もちろん、売れないアーティストなんかに嫁に出すような家柄ではないことも解っていた。それでも、はじめて祈織に会った時の電撃が走るような体験を運命だと信じたかったのだ。連日、戸越公園に通って、このベンチに腰かけて弾き語りをしていた。ここの地元の奴らには白い目線で見られていたことにも気づいていた。心折れそうになった時、はじめてギターケースに金を入れてくれたのが信平だった。
一歳下だからって勝手にアニキ呼ばわりしてきて、大卒の癖にロックスターになりたいという夢を持ってドラムをやっていた。一人っ子だから、兄弟に憧れているのは解るが、まさか三流映画みたいに、義兄弟の誓いを交わすことになるとは夢にも思わなかった。『こういうの昔から憧れてたんだよね』って信平は嬉しそうに。そんな可愛い義弟を見殺しにした。橋本アキラ、全てアイツのせいだ。俺の運命の人を奪い、信平の命を救うチャンスすら奪った。
「2023年8月31日、この日を、この屈辱を、俺は一生忘れない」
そう呟いてライトはタバコに火を付けた。
「安らかに眠れ、信平」
タバコを逆さにして土の中へ埋めた。線香なんて洒落たものは持ち合わせてないが、旅に出たお前へのせめてもの餞別だ。
ライトはアキラへの復讐を誓った。悪魔が憑依したのだ。




