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「アニキ、調子はどうだい?」

「まだ横っ腹が痛むのとムカムカするな」

「まさか復讐するとかやめとけよ」

「解ってるって。どいつもこいつもうるせぇな。そこまで馬鹿じゃねぇよ」

「まぁ、これでも食って元気だせって」

 そう言って信平は買ってきたばかりの牛丼をライトに渡す。

「なんだよ。見舞いって言ったらフルーツとかそういうのだろ。飯は外で食おうと思ってたのに」

「いいじゃんかよ。牛丼は俺たち社会不適合者のソウルフードだ」

 信平は牛丼の蓋を開けて七味唐辛子をふった。その匂いにつられて、ふてくされながらライトも牛丼を手に取った。

「アニキ、二人で食うと美味いな」

「俺は女と二人で飯食いてぇけどな」

「あれ、どうした?好きな女でもできたか?」

「お前には関係ないだろ」

 ライトは牛丼をかっこむふりして顔を見られぬよう器で隠した。それを見て信平はニヤニヤしている。意外に嘘はつけない男だ。

 牛丼を食べ終わると、音楽を聴きながらまったりしていた。ライトはふと思い出したかのようにスマホを手に取りグーグルで『橋本アキラ』を検索した。

 『橋本アキラ』1980年8月27日生まれ・満43歳・東京都大田区出身・琉球鑑定師兼小説家・代表作には、占術と共に去りぬ・引きこもりのすゝめなどがある。

 ライトは引きこもりのすゝめを読むことにした。そこにはアキラの生い立ちが書かれていた。

アキラは3人兄弟で6歳上の兄と3歳上の姉がいる。幼少期は女の子に見間違われるほど華奢でシャイな性格をしていた。少年期は無口ながらもスポーツマンで人気者として過ごした記憶が綴られている。中学に上がるとアキラは貧血になり、大好きな体育の授業や部活も休まざるを得ない状況になった。中二はファッションや音楽に興味を持ち、隣のクラスの女子から好意を寄せられて告白されかけたが、恋愛よりも友情を選んだ。そして、アキラが引きこもるようになったきっかけが、中学三年生のイジメである。アキラはギャル風の女子グループから精神的なイジメを受け続けてノイローゼになった。紆余曲折あったものの、完全に家に引きこもるようになったのはアキラが18歳になってからのこと。外にでるだけでも、激しい動悸に襲われて倒れそうになる。それが病気だと知るまでに、彼は自問自答を繰り返す。幸せな人生とは?どこにいけば笑顔でくらせるのか?または、世界の全ての人たちが平穏無事にくらすには何をするべきか?2年間思索にふけった後、とある男と再会を果たす。新城隆則、小学校からの同級生だ。彼は家にこもりがちなアキラをギター練習という口実をつくって外に引っ張り出しては、どうにかアキラが社会復帰できる方法を計画していた。そこで思い立ったのが、仏法を縁としてお世話になっている先輩たちに間に入ってもらうこと。対話することで本来の姿に立ち返ってくれるだろうという確信が新城にはあった。アキラはそんな新城の真心に感動し、生涯二人三脚で生きていくことを決意した。そして、仏法に帰依して本来の輝きを取り戻していったのである。

ライトは引きこもりのすゝめを読んで、悔しいが、心に熱くなる何かを感じた。ライト自身、不正や悪が大っ嫌いである。権力の魔性に憑りつかれた悪魔の陰謀を暴きたくてロックを歌っている。アキラが正戦士だとするならば、ライトは裏社会の正義だ。

「信平、ちょっとカラオケ付き合えよ」

「え?まだ体の調子万全じゃないんだろ?」

「いいから付き合えって」

 ライトはスウェットのズボンを脱ぎ、ジーパンを履く。

「おいおい、まだ木曜日だぞ?俺はいいけど、兄貴は土曜日も仕事じゃん」

「いいんだよ。あんな会社。少し休んだくらいでガタガタ言われるくらいなら、他に幾らでも仕事ある」

「そうだけどよぉ………」

 渋る信平をよそにライトは汗ばんだTシャツを脱ぎ捨てて、濡れたタオルで上半身を拭き始めた。脇腹は赤く腫れていた。

 

 蒲田駅東口の歌広場にて、ライトのリサイタルが始まっていた。ブランキージェットシティの名曲【悪い人たち】やロッソの【千のタンバリン】を歌い上げてなお、勢いはとどまることを知らない。信平はライトの歌声が大好きである。時代さえ違えば、きっと俺たちだって有名になってたはずだ。信平は本気でそう思っていた。この国のロックは死んだ。2000年を境にして目立った大物ロックバンドは現れていない。

「なぁアニキ、ミッシェルガンエレファントも頼むよ」

「ミッシェルか。ブランキー派だからあんまり曲知らねぇな」

「ベタだけど、世界の終わりを頼むよ」

「OK!時間的にもこれがラストだな」

 信平はリモコンを操作してミッシェルガンエレファントの世界の終わりをオーダーした。曲が流れだす間にはライトがMCを挟む。

「今日来てくれたみんな!本当にありがとう!俺たちは愛のために生まれて愛のために死んでいく。人生のほんの僅かな時間を。こうして出会えた仲間たちを。俺は全力で生きて散っていくから、見ててくれ、無様な俺を。愛すべきみんなにこの曲を捧げます」

 信平はライトのMCを聴いて思わず笑いそうになったが、手で口を押えて堪えた。

「世界の終わり」

 信平はレモンサワーを飲み干した。


 カラオケの代金は全てライトが払った。「今日は俺のおごりだ!」と威勢よく言うので、信平は心配したが、ライトの財布には珍しく諭吉が2枚入っていたので、甘えることにした。

 二人がカラオケ屋を出ると、正体不明の煙の臭いで咽た。煙はもくもくとして、視界が遮られる。アスファルトに顔を埋め、煙の正体を探る。向かいの雑居ビルから激しく黒煙が噴出している。逃げ惑う人々、飛び交う叫び声。サイレンが遠くから聞こえる。ライトは痛む腹部を左手で抑えながら、ほふく前進をして必死に逃げようとした。

「し、信平!絶対顔をあげるなよ」

「アニキ!先に逃げてくれ。俺はどの道長くない命だ。最後くらい人助けをして死にたい!」

「馬鹿野郎!何言ってやがるんだ」

 ライトは無謀な行為に及ぼうとしている信平を諫めた。

信平は自動販売機で水を2本買い、それを頭から被った。そして火事場へと向かった。

「馬鹿!こんなちんけな火災程度で死に急ぐ奴があるか!」

 ライトは身をよじり立ち上がろうとした。その時、腹部に電気が走ったような痛みを感じて倒れた。到着した救急隊は真っ先にライトを運びだした。薄れゆく意識の中、アキラへの強い憎しみが脳内を支配していた。

 奇しくも8月の満月スタージョーンムーンという特別な日だった。本来ならば満月は目標達成したことに感謝する日であり、また人にとっては罪が浮き彫りになる日でもある。月の歓喜と狂気の伝説は全世界に数えきれないほど語り継がれている。世の中は全て陰と陽で成り立っている。ライトの悪業を照らし出すように、月は真実の光で照らしていた。


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