第96話 忘れられた研究区画
鋼影狼は配合陣の前に立っていた。
黒霧狼王。
鋼影狼。
成功率八十二%。
第三因子候補あり。
管理室には緊張が漂っている。
森護兵将もいる。
岩牙守護将もいる。
アダプトロードもいる。
全員が見守っていた。
「本当にやるんですか」
リリスが最後の確認をする。
アルベルトは少しだけ考えた。
そして。
配合画面を閉じた。
沈黙。
リリスが固まる。
アダプトロードも珍しく目を見開いた。
「主?」
「やらない」
管理室が静まり返る。
数秒。
誰も反応できなかった。
「え?」
リリスが最初に声を出した。
「やらないんですか?」
「やらない」
「本当に?」
「本当だ」
珍しかった。
配合士が配合を我慢した。
歴史的瞬間だった。
「どういう風の吹き回しです?」
「少し気になった」
アルベルトは別の画面を開く。
黒影樹。
リリス進化。
記録解放。
最近起きた出来事。
全部並べる。
そして。
一つの共通点に辿り着いていた。
「このダンジョンだ」
「忘れられた洞窟?」
「ああ」
最近は配合ばかり見ていた。
魔物ばかり見ていた。
だが。
本当に不自然なのは別だった。
忘れられた洞窟そのもの。
三十年以上存続。
歴代記録。
配合眼。
リリス。
全部が繋がっている。
そんな気がしていた。
その時だった。
リリスが突然頭を押さえる。
「っ!」
強い光。
金色の光。
記録妖精の能力が反応する。
「リリス!」
アルベルトが支える。
リリスの視界に映像が流れ込む。
知らない場所。
広い通路。
石壁。
魔法灯。
そして。
大量の部屋。
今の忘れられた洞窟には存在しない空間。
『第二育成区画』
そんな文字が見えた。
さらに。
『第三実験区画』
『特殊環境区画』
次々と映像が流れる。
そして。
最後。
一枚の地図。
そこで映像が途切れた。
リリスが大きく息を吐く。
管理室が静まり返る。
「見えたか」
アルベルトが聞く。
リリスはゆっくり頷いた。
「ありました」
「何がだ」
「もっと広いんです」
沈黙。
「このダンジョン」
リリスは震える声で続ける。
「今の形じゃありません」
管理室が静まり返る。
「どういう意味です?」
「忘れられた洞窟はもっと大きかったんです」
アルベルトの目が細くなる。
リリスが記憶を整理する。
断片。
映像。
知識。
それらを繋げていく。
「複数階層がありました」
「階層」
「育成区画がありました」
さらに。
「実験区画も」
アダプトロードが反応する。
森護兵将も見る。
岩牙守護将も動きを止めた。
「研究施設か」
アルベルトが呟く。
リリスが頷く。
「多分」
そして。
さらに衝撃的な言葉を口にした。
「忘れられた洞窟は防衛型じゃありません」
「ん?」
「育成型です」
沈黙。
誰も喋らない。
育成型。
聞いたことがない分類だった。
リリスも知らない。
だが。
記録がそう告げている。
「魔物を育てる施設」
「配合を研究する施設」
「特殊環境を作る施設」
「そういうダンジョンでした」
アルベルトが立ち上がる。
面白い。
実に面白い。
三十年前の研究者。
配合眼。
忘れられた洞窟。
全部が少しずつ繋がり始めていた。
その時。
管理室の奥。
今まで誰も気にしていなかった壁。
その壁が光る。
全員が振り向く。
石壁に文字が浮かび上がる。
⸻
記録妖精確認
管理権限照合
適合者確認
⸻
リリスが固まる。
アルベルトも驚く。
壁が動き始めた。
長い年月閉ざされていた石壁。
ゆっくり。
ゆっくりと開いていく。
中から現れたのは。
下へ続く階段だった。
誰も知らない。
誰も見たことがない。
忘れられた洞窟の奥。
完全な未発見区画。
リリスの声が震える。
「ありました……」
アルベルトは笑う。
久しぶりに。
本当に楽しそうに。
「探索だな」
「絶対そう言うと思いました」
リリスは呆れた。
だが。
自分も同じだった。
気になる。
知りたい。
この先に何があるのか。
三十年前に何があったのか。
忘れられた洞窟とは何なのか。
鋼影狼の配合は一旦延期になった。
しかし。
代わりに現れたのは。
それ以上の謎だった。
忘れられた洞窟の本当の歴史。
その扉が、ついに開こうとしていた。




