第9話 研究者の悪い癖
ランキング戦まで残り一日。
ダンジョンコアの前で、アルベルトは腕を組んでいた。
視線の先にはアダプトゴブリン。
そして、その頭上に浮かぶ文字。
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進化可能
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昨日からずっと消えない。
学園の教科書にも載っていない。
研究書にも記録がない。
少なくともアルベルトの知識には存在しない現象だった。
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「寝てませんね?」
背後からリリスの声がした。
アルベルトは振り返らない。
「寝た」
「何時間です?」
「二時間」
「それは仮眠です」
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リリスは呆れた。
昨日の夜からずっとこんな調子だった。
ノートを書き。
考察し。
アダプトゴブリンを観察し。
またノートを書く。
完全に研究モードである。
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「ランキング戦まで一日ですよ?」
「知っている」
「本当に分かってます?」
「分かっている」
「全然そう見えません」
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アルベルトは小さく咳払いした。
少しだけ反省する。
少しだけだ。
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ノートを開く。
昨夜まとめた内容が並んでいる。
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《進化可能について》
仮説①
一定以上の戦闘経験
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仮説②
一定以上の魔力量
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仮説③
特殊環境
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仮説④
追加配合
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リリスが覗き込む。
「全部予想ですね」
「研究とはそういうものだ」
「便利な言葉ですね」
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未知の現象。
まず仮説を立てる。
次に検証する。
それが研究者の仕事だった。
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問題は。
今は時間がないことだ。
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ランキング戦まで一日。
普通なら戦力を整えるべき。
研究している場合ではない。
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「ちなみに聞きますけど」
リリスが言う。
「何だ」
「今、一番やりたいことは?」
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アルベルトは即答した。
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「進化の検証」
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「ですよね!!」
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洞窟にツッコミが響いた。
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「ダメです」
「まだ何もしていない」
「顔がしてます」
「どんな顔だ」
「危険な研究者の顔です」
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否定できなかった。
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実際、アルベルトは興味津々だった。
進化。
未知のシステム。
知らない現象。
研究者として抗えるものではない。
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しかし。
ダンジョンマスターとして考えれば別だ。
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現在の戦力。
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アダプトゴブリン 一体
スライム 二体
リリス 一人
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以上。
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「少ないな」
アルベルトが呟く。
「少ないですね」
「思った以上に少ない」
「今気付きました?」
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リリスは頭を抱えた。
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相手は997位。
こちらより一つ上。
しかし。
普通に考えれば向こうの方が長く運営している。
戦力差はあるはずだ。
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ただし。
どれくらい差があるかは分からない。
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ランキング戦システムが公開している情報は少ない。
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《灰色の穴蔵》
順位997位
タイプ:採掘型
規模:小
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それだけだ。
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モンスター数。
戦力。
ダンジョン構造。
一切公開されない。
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だからこそ偵察した。
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アルベルトは地図を広げる。
昨日作ったメモが並んでいた。
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巡回用の足跡。
採掘痕。
コボルトの毛。
岩盤の削れ方。
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リリスは今でも信じられない。
あれだけの情報から。
ここまで推測しているのだから。
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「やっぱり数が多いと思うんです?」
「恐らくな」
アルベルトが答える。
「採掘型だからか」
「そうだ」
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採掘型ダンジョン。
資源を掘る。
運ぶ。
守る。
作業要員が必要になる。
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つまり。
少数精鋭ではない。
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「数で押してくる?」
「その可能性が高い」
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リリスは少し顔をしかめた。
嫌な相手だ。
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こちらは数が少ない。
向こうは多い。
普通に考えれば不利である。
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だが。
アルベルトは不思議と焦っていなかった。
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「何か考えがあるんです?」
「ある」
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「本当ですか?」
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「多分」
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「その多分やめてください!」
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アルベルトは地図を指差した。
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「相手は採掘型だ」
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「はい」
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「なら採掘に向いた魔物が多い」
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「はい」
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「つまり純戦闘型ではない」
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リリスが目を瞬く。
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なるほど。
言われてみればそうだ。
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採掘が得意な魔物。
戦闘が得意な魔物。
同じではない。
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「数は向こうが上」
アルベルトが続ける。
「だが質は分からない」
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そして。
アダプトゴブリンを見る。
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拳だけで岩を砕く。
傷は再生する。
適応力も高い。
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少なくとも普通のゴブリンではない。
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「勝てそうです?」
リリスが聞いた。
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アルベルトは少し考える。
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そして。
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「分からん」
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「ですよね!」
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即答だった。
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しかし。
次の言葉は違った。
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「だが勝ち筋はある」
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リリスが顔を上げる。
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アルベルトの目が変わっていた。
研究者ではない。
ダンジョンマスターの目だった。
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「勝ち筋?」
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「ああ」
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「どんな?」
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アルベルトは答えない。
代わりにアダプトゴブリンを見る。
そして。
進化可能の文字を見る。
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リリスの背筋が寒くなった。
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嫌な予感がした。
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ものすごく嫌な予感がした。
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「確認します」
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「何だ」
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「その勝ち筋って」
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「ああ」
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「進化じゃないですよね?」
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沈黙。
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「アルベルトさん?」
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さらに沈黙。
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「違いますよね?」
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アルベルトは視線を逸らした。
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「少しだけ」
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「進化ですね!?」
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洞窟中にリリスの叫びが響く。
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ランキング戦まで残り一日。
忘れられた洞窟の命運は。
研究者の悪い癖に託されようとしていた。




