第80話 隠された研究室
岩牙の巣の支配領域。
戦闘は終わった。
岩牙隊長も倒した。
昇格もした。
普通なら帰還する場面だった。
だが。
ナイトレイブンウルフは動かなかった。
じっと岩壁を見つめている。
「何かあるのか」
アルベルトが近付く。
ナイトレイブンウルフは小さく鳴いた。
そして。
岩壁の一角を前足で叩く。
コン。
軽い音が返ってきた。
リリスが反応する。
「空洞です」
森護兵将も近付く。
拳を握る。
「壊すか?」
「壊せ」
次の瞬間。
轟音。
岩壁が砕け散った。
土煙が舞う。
その奥。
細い通路が現れる。
全員が顔を見合わせた。
「本当にあったな」
アルベルトが呟く。
ナイトレイブンウルフが少し誇らしげだった。
◇
通路は長くなかった。
数十メートル。
その先に小さな部屋があった。
岩造り。
簡素な空間。
宝物庫ではない。
資源庫でもない。
だが。
アルベルトは部屋へ入った瞬間に違和感を覚えた。
「何だここは」
壁一面に文字が刻まれている。
図。
記録。
魔物の絵。
そして。
大量の名前。
リリスも驚いた。
「これ……」
「知ってるのか」
「研究記録です」
部屋の中央へ向かう。
そこには古びた机があった。
さらに。
一冊の本。
アルベルトが手に取る。
表紙は擦り切れている。
文字は薄い。
しかし読めた。
⸻
魔物観察記録
⸻
リリスが目を見開く。
「研究者ですか」
「配合士じゃないな」
アルベルトも頷く。
内容が違う。
配合記録ではない。
魔物の行動。
生態。
進化。
群れ。
それらを観察した記録だった。
◇
ページをめくる。
そこには岩牙兵についての記録が並んでいた。
⸻
岩牙兵は統率個体の存在によって能力が向上する。
単体性能は高くない。
しかし集団運用時は危険。
⸻
さらに続く。
⸻
岩牙隊長は群れの中枢。
撃破時、群れ全体の戦闘能力低下を確認。
⸻
アルベルトが少し笑った。
「答え合わせだな」
「ですね」
リリスも頷く。
実際に体験した。
隊長を失った後。
岩牙重兵の動きは鈍った。
補給路破壊も効果があった。
全て記録通りだった。
◇
その時だった。
ナイトレイブンウルフが部屋の奥へ向かう。
さらに奥。
机の裏。
小さな箱が置かれていた。
アルベルトが開ける。
中には石板が一枚。
古い。
かなり古い。
だが。
文字は残っていた。
リリスが読む。
そして固まった。
「どうした」
アルベルトが聞く。
リリスは石板を見つめたまま答える。
「これ……」
少し間が空く。
「三十二年前の記録です」
空気が止まった。
アルベルトも目を細める。
三十二年。
長い。
普通のダンジョンなら残っていない年月だった。
石板には短い文章が刻まれていた。
⸻
強い魔物を作るだけでは勝てない。
群れを理解する者が生き残る。
⸻
その下。
署名があった。
名前は削れている。
読めない。
しかし。
最後の一文字だけが残っていた。
⸻
◯◯ルト
⸻
沈黙。
リリスが息を呑む。
アルベルトも石板を見つめる。
偶然かもしれない。
関係ないかもしれない。
だが。
気になる。
非常に気になる。
◇
その時。
新しい通知が表示された。
⸻
特殊発見
研究資料回収
評価上昇
⸻
リリスが頭を抱える。
「また増えましたね」
「何がだ」
「調べることです」
アルベルトは否定しなかった。
実際その通りだった。
947位を倒した。
昇格した。
だが。
新しい謎も増えた。
三十二年前の研究者。
統率型魔物の研究。
そして。
読めなくなっている名前。
ナイトレイブンウルフが石板の前に座る。
満足そうだった。
まるで。
これを見つけるためにここへ来たかのように。
忘れられた洞窟は942位へ到達した。
しかし。
その先に待つのは新たな強敵だけではない。
三十年以上前から続く謎もまた。
少しずつ姿を現し始めていた。




