第77話 岩牙隊長
重い足音が近付いてくる。
ドン。
ドン。
ドン。
洞窟全体が震えていた。
忘れられた洞窟の面々は通路の先を見つめる。
やがて。
巨大な影が姿を現した。
岩牙重兵。
その後ろにもう一体。
さらに中央。
一際大きな魔物が立っていた。
まるで岩山そのものが歩いてきたかのような威圧感だった。
灰色の皮膚。
隆起した筋肉。
岩で削り出したような巨大な大剣。
その全身には無数の傷跡が刻まれ、歴戦の戦士であることを物語っている。
そして何より異様だったのは、その存在感だ。
声を発していない。
武器も振るっていない。
それなのに周囲の岩牙重兵達は自然と歩調を合わせ、視線を向け、命令を待っていた。
まるで群れ全体が一つの生き物となり、その中心にこの魔物が立っているかのようだった。
空気が重い。
視線を向けられるだけで圧迫感を覚える。
岩牙隊長。
ただそこに立つだけで戦場を支配する指揮官だった。
アルベルトは情報解析を発動した。
⸻
岩牙隊長
脅威度:高
統率適性:高
戦闘適性:高
⸻
リリスが小さく息を吐く。
「統率型ですか」
「ああ」
予想通りだった。
白骨の墓所。
ホブゴブリンロード。
断鎌の森。
格上のダンジョンは統率型が多い。
個体性能だけでは順位は上がらない。
群れを動かせる者が強い。
それが今まで学んできたことだった。
岩牙隊長が大剣を持ち上げる。
その瞬間。
岩牙重兵二体が左右へ展開した。
まるで事前に打ち合わせていたかのような動きだった。
一瞬の遅れもない。
隊長の意思がそのまま部下へ伝わっている。
綺麗だった。
無駄がない。
隊長を守るための陣形。
それだけではない。
前進経路。
迎撃位置。
援護範囲。
全てが計算されているように見えた。
「嫌な配置ですね」
リリスが呟く。
正面突破を想定した防御陣。
ホブゴブリンロードより洗練されている。
947位は伊達ではなかった。
アダプトロードが前へ出る。
敵を見る。
地形を見る。
味方を見る。
そして。
静かに言った。
「勝てる」
リリスが驚く。
「本当ですか?」
アダプトロードは頷く。
「ただし」
そこで言葉を切った。
「正面は無理」
当然だった。
岩牙重兵二体。
岩牙隊長。
まともにぶつかれば消耗する。
昇格挑戦戦は勝てても、その後が続かない。
アダプトロードは地面へ簡単な図を描く。
岩牙隊長。
護衛二体。
そして。
自分達。
「分断する」
短い一言。
森護兵将が笑った。
「それでいい」
元々正面から殴り合うのは好きだ。
だが。
勝てるなら何でも使う。
それが今の忘れられた洞窟だった。
その時。
ナイトレイブンウルフが唸った。
全員が見る。
幼体。
まだ戦力としては未完成。
だが。
その瞳は岩牙隊長を見つめていた。
そして。
低く鳴く。
「気付いたのか」
アルベルトが呟く。
ナイトレイブンウルフは頷く。
岩牙隊長。
その後方。
補給路。
兵が集まる場所。
群れの流れ。
それを本能的に察知していた。
リリスが驚く。
「凄い感知能力ですね」
以前より明らかに成長している。
伝説級候補。
その片鱗だった。
アダプトロードも理解した。
「なるほど」
そして。
作戦を変更する。
「シャドウリーパー」
影が揺れる。
「補給路を潰せ」
頷く。
即座に消える。
「森護兵将」
「任せろ」
「右の重兵」
森護兵将が笑う。
戦意十分だった。
「俺が止める」
そして。
アダプトロードは最後に自分を指差した。
「隊長」
リリスが固まる。
「え?」
アダプトロードは冷静だった。
「隊長を引き付ける」
「危険です!」
当然だった。
相手は947位の指揮官。
格上。
しかも統率型。
アダプトロードは進化したばかりだ。
だが。
首を振った。
「大丈夫」
不思議な自信があった。
適応共有。
適応指揮。
仲間達の経験が流れ込んでいる。
森護兵将の戦闘経験。
シャドウリーパーの潜入技術。
少しずつだが理解できる。
だから。
やれる。
そう判断していた。
岩牙隊長が前へ出る。
その一歩だけで地面が沈む。
大剣を構える。
周囲の岩牙重兵達も同時に動く。
まるで隊長の呼吸に合わせるように。
そして。
走った。
速い。
巨体とは思えない速度だった。
迫ってくるだけで圧力を感じる。
巨大な岩壁が突進してくるようだった。
アダプトロードも動く。
激突。
金属音が響く。
リリスの顔色が変わる。
強い。
岩牙隊長は本当に強い。
力だけではない。
剣を振るたびに位置取りが変わる。
視線一つで重兵達が動く。
戦いながら戦場全体を支配していた。
だが。
アダプトロードも下がらない。
一撃。
二撃。
三撃。
受け流す。
避ける。
対応する。
まるで戦いながら学んでいるようだった。
「適応してる……」
リリスが呟く。
その時。
遠くで轟音が響いた。
森護兵将だ。
岩牙重兵と激突している。
さらに。
別方向。
影が走る。
シャドウリーパー。
補給路へ到達した。
岩牙の巣。
947位ダンジョン。
その中核へ。
忘れられた洞窟は牙を突き立て始めていた。
そして。
アルベルトの視界では。
配合眼が静かに反応を続けていた。
岩牙重兵。
登録済み。
特殊配合候補。
解析進行中。
まだ条件は見えない。
だが。
確実に何かが近付いている。
アルベルトは戦場を見ながら思った。
この戦い。
勝つだけでは終わらない。
新たな進化への道も。
ここにある。
岩牙隊長が大剣を振り下ろす。
アダプトロードが受ける。
戦いはさらに激しさを増していった。




